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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
番外編セット32


 

 番外編156
 
 


 シェリスは、自室のベッドで横になりながら物憂げに天井を見上げていた。
 
 思い出されるのは、つい先日王城で開かれた宴。
 国王の誕生祝いとして催されたそれは、なんとも豪華だった。

 料理はこの国で手に入る最高の素材を活かした逸品揃い。
 場を彩る演奏も、確かな技量と入念に組み立てた構成による見事な旋律。
 その場にいる出席者も良い職人に誂えさせた衣服や煌びやかな装飾品で着飾り、実に絢爛豪華。

 それは、別に構わない。
 あの場には、他国から祝いを届けに来た使者も多くいた。
 彼らにああいったこの国の最高水準の文化を見せる事は、十分な意味がある。
 実際、料理に使われていた素材を輸入できないか、貴族が纏っている衣服や装飾品の職人がいかなる者か、
色々と探りを入れていた者は多かった。
 あの様子なら、遠からず収益に繋がるだろう。
 出席者の中には無駄な見栄を張っているだけの者も多かったのが残念ではあるが、
この国の貴族にさして高望みはしていないシェリスとしては、今更気にするほどの事ではない。

 ――――問題は、警備についていた騎士の質。

 態度は、合格点だった。
 あくまでも目立たぬように、会場をつぶさに観察する視線。
 時間交代以外で持ち場を離れなければならない時も、アイコンタクトで周囲と連携して綺麗に穴を埋めていた。
 以前ローラが作ったマニュアルに従っているだけではあるが、十分な合格点だ。
 
 が、果てしなくどうしようもなく、かつ致命的すぎる点が一つ。
 警備マニュアルの良さも、実直な勤務姿勢も粉砕してあまりある欠点があった。

(あまりに、弱すぎるっ……!)

 ギリッ、と歯を食いしばる。

 確かに騎士達は真面目だったのだが、実力が根本的に話にならなかった。
 一応最低ラインでもそこらの盗賊程度なら難なく片付ける程度の実力はありそうだったが、それもせいぜい二人か三人が限度。
 その気になれば大半はシェリス一人でも皆殺しに出来てしまう程度。
 他国の要人も出席するような宴の警備としては失格としか言いようがない。

 国王の近くに待機していた近衛騎士達はまだマシだったが、それでも不足。
 シェリスが三人もいれば、全ての騎士と出席者を逃さず血の海に沈められただろう。 
 
 なにより最悪なのは、見る目がなかった事だ。
 念の為シェリスの部下を数人給仕として紛れ込ませていたのだが、その異質に誰一人として気付かなかった。
 無論給仕としては完璧なのだが、実力はシェリスより格上の超人達。
 素性も知らぬままあれを目にしてなんら危険を感じないなど、レベルが低すぎる。
 あれでは腕の立つ刺客一人送り込まれれば、盾にもなれないだろう。
  
(……折角ローラが組んでくれた訓練プランをかなり骨抜きにした結果があれ、と。本気で笑えないわね)

 目に殺意すら滲ませ、シェリスは王都の方角を睨み付ける。

 この国の軍部の脆弱さは、前々からの課題だった。
 かつて精強を誇ったという騎士達の力は、世代を越えた今では見る影もない。
 他国との戦いの回数が圧倒的に減り、訓練も生温くなっていれば当然だろう。

 それをどうにかする手始めとしてローラに訓練プランを組んでもらい、
有力貴族に指示させて王都の騎士達に実行させようとしたのだが、見事に失敗した。

 というのも、騎士団長が強硬に反対したからだ。
 ここまでやらずとも十分な力を付けられると。
 とはいえ今より厳しくする必要はあるだろう、とかなり骨抜きにしたプランに変えたのだ。
 
 ――――その報告を受けた時、正直シェリスは騎士団長を直々に殺しに行こうかと思った。

 そもそも、当初のプランでさえ既に十分骨抜きだったのだ。
 試しにシャロンに見せたら、王都の騎士に転職したいですね、と涙を流されたほどに。
 そこからさらに軽くしただけでも許しがたいというのに、その軽減の度合いは悲しくなるほど大きかった。

 だがまあ、とりあえずやらせてみようと一年待った結果があれだ。
 一応この国最強の騎士という事になっている老戦士の顔を立ててやった結果が。

 この場に騎士団長がいたら、素手で首をねじ切ってやりたい気分だ。 

「……やはり、一度現実を突きつけるべきかしら。
でも、まだ私たちが表に出るわけにはいかないし……」

 ぬう、と重々しく唸る。

 手段さえ選ばなければ、騎士団の訓練プランを当初の予定通りに変える事は可能だ。
 騎士団長は頭が固い男だが、話を理解できない馬鹿というわけではない。
 自分が手塩にかけた部下たちが可憐な女性に成す術なく蹂躙される様を見れば、考えも変わるだろう。

 が、それをやるのは当然シェリスの部下以外にはありえない。

 そこらのちょっと腕が立つ女冒険者程度では流石に無理だろうし、
名の通った人間では例外だと開き直られてしまう恐れがある。
 
 現段階ではシェリスの保有戦力は伏せておきたいので、大っぴらに誰かと戦わせる事は避けたいのだが、
騎士団の戦力向上はそのリスクを負うのもやむなしなレベルの急務だ。

 シェリスはなにか上手い解決手段はないか数瞬考え、

「……あ、この手があったわね」   

 有効な打開策を思いつき、満足げに頷いた。















 シュッツブルグ王国近衛騎士団。
 国王直属の騎士団であり、同時に国内最強の騎士団でもある。
 その役目は国王を守る最後の盾なので、人格は勿論高い実力なくしては任命されないのだ。

 ゆえに、彼らは自負心も強かった。
 自分達こそは国内の全騎士から選び抜かれた最精鋭。
 ゆえに負ける事など許されず、また負ける事などあり得ないと。

 ――――そんな自負が、今まさに粉々に打ち砕かれていた。 

「ちょいさー」

 やる気のなさそうな軽い声と共に、回し蹴りが放たれる。
 その軌道上にいた近衛騎士が、玩具のように飛んでいく。

 口調とは裏腹に、その蹴撃はまさしく鬼神の一撃だ。
 速度は鍛えぬいた近衛騎士たちの反応速度を軽々上回り、
威力は彼らの武器と防具を打ち砕いても止まらず一撃で彼らを行動不能にする。

 何より恐ろしいのは、あくまで一時的な行動不能にとどまるという事。
 相手の踏み込み速度が速かろうが遅かろうが、五分以内には回復する程度なのだ。

 これが意味するのは―――目の前の女性が思いっきり手加減をしているという事。

 近衛騎士団の実に半数でかかっているのに、余裕が有り余っている。
 そうでなければ、今頃怪我人の山が出来ていただろう。

「あのー、騎士団長さ~ん。遠くから見てるだけじゃ痛くも痒くもないですよ~?」

「くっ……!」

 困ったような声に、悔し気な声を漏らす騎士団長―――ジャン・レオニック。

 あの挑発じみた言葉に言い返したいのは山々だが、現在の最善はこの遠方からの観察だ。
 確かにこの女の攻撃の速度や威力は桁外れだが、真価はそこではない。

 一番恐ろしいのは、剣で斬ろうが槍で突こうが弓で射ようがことごとく無傷で捌く防御技法。
 迂闊に攻撃しようものなら、攻撃を無効化しつつ必倒の一撃を叩きこまれることになる。
 どこかに隙を見出す、あるいは攻撃に繋げられるだけの隙に繋げられる小さな隙を見つけてからでなければ無駄に倒されてしまう。
 
 ゆえに先程から観察に徹しているのだが、隙が全く見当たらない。
 自然体で立っている時どころか、気だるげに欠伸をしている時でさえも。
 
 ―――――ここしばらくの間に戦った十人の女達の時と、まるで同じだ。

 どれもこれも年齢も容姿も全然違い戦い方も違ったが、共通するのは素手での異常な強さ。
 国内最強の騎士である自分が、部下達と共に戦ってなお到底届かぬ化物達だった。
 少なくとも、今のところ自分たちが地に伏す以外の結末は見れていない。 
 
(ぬうぅ……よもや在野にこれほどの戦士達がこんなに潜んでいようとは……)

 ジャンは、思わず愛剣を握りしめていた。

 信じがたく、またあってはならぬ事実だが、認める他ない。
 今日まで戦った者達にその気があれば、国王暗殺は容易かった。
 つまり、自分たちは近衛騎士としての役目をまったく果たせない役立たずだという事になる。

(……陛下は、ご存じだったのだな。今の我らの力では到底国の盾なりえぬと)

 思わず、自嘲する。

 今日まで戦った女たちは、全て国王の命令で立ち合った者達。
 たまには在野の戦士と戦う事も良い刺激になるだろう、そう言われ立ち合ったのだ。
 彼女らを手配した貴族によると、領地内で路銀稼ぎに魔物を倒していた旅人らしいが、
それは流石に嘘だろうと思う。
 こんな化物共がゴロゴロしていたら、とっくに魔物の数は激減している。

 が、顔も名も戦い方も心当たりが全くない凄腕の戦士達が、一人の貴族の手配で集まったのは事実。
 彼に謀反を起こす気があれば、この王城は確実に血の海に沈んでいた。

「ん~……睨み合いも飽きたんで、こっちから行きますね~」

 どこまでも軽い言葉が終わると同時に、女の姿がジャンの視界から消える。

 思わず周囲を見渡したジャンが次の瞬間見たものは、自分の背後から飛んでくるハイキック。
 直後凄まじい衝撃がジャンの頭を貫き、ぐわんぐわんと脳を揺らされる。
 気力で立ってはいるが、崩れ落ちるのも時間の問題だ。

 朦朧とする意識の中、ジャンは強く決意した。
  
(……力を、つけねばならぬ……! だが、今までの適度な訓練では一生かけようとこの高みには届かん……!
例え命がけになろうと、近衛騎士団として、否! この国の騎士として敗北は許され、ぬ……) 

 どさり、と地面に崩れ落ちたジャン。
 だがその表情には、紛れもない闘志があふれ出ていた。
 
 




 

   


 同日夜、シェリスの屋敷。
 
「ってなわけで、御命令通り近衛騎士ボコってきました」

「ご苦労様、レザリア」

 レザリアからの報告を聞き、シェリスは満足げに頷いた。

 これでジャンは危機感を感じ、度合いはともかく訓練の密度は向上するだろう。
 というか、これで何の変化も見られなければ暗殺も考えなければならない。  

 まあ、騙したような形になったのは悪い気もする。
 
 十人もの手練れというのは、実際にはレザリア一人。
 変装術で姿形を変え、ついでに素手の型まで使い分けて演じきったのだ。
 手配したという設定になっている貴族は、実際にはそんな人脈は持っていない。

 とはいえ、この屋敷にはレザリアが到底届かない超人も多数いるのでまるっきり騙したとも言えない。
 ジャンが知らない化物達は、確実に国内に存在するのだから。

「とりあえず、あの様子ならシェリス様の期待通りに動くでしょう。
最後に倒れる時はなかなか闘争心が溢れた顔でしたから」

「そう願いたいわね……しかし今更だけど、なんであんな温い訓練すら却下したのかしらね?
騎士団長、人格的にはむしろ生真面目なはずなのに」

(シェリス様の感覚が色々おかしくなってるだけですよ~)

 不思議そうに首を傾げる主に、レザリアは心でこっそり反論する。

 実のところ、この国の騎士団の訓練は特別ぬるいわけではない。
 ガーナブレストの騎士などのそれに比べれば劣るが、大陸全土でみれば平均かそれより若干下程度だ。
 実力も、決して高くはないが低いとまでは言えない。

 ではなぜシェリスがそれを理解していないのかというと、この屋敷の環境がイカレてるからだ。

 ローラによる、肉体的に動ければ精神的には死んでいても問題ないと言わんばかりの訓練メニュー。
 組み手で相手取る事になる、手も足も出ない化物集団。
 なにより自分と同様に成長していく周囲。       

 これだけの要素が揃ってしまっている為、自己評価が低くなってしまうのだ。
 また他の仕事もしている自分がこれぐらいはできるのだから、近衛騎士なら、という思いも加わるたのだろう。

 ――――実際のシェリスの強さは、ガーナブレストの騎士団にいても極端におかしくはないレベルだというのに。

(というか、気付きましょうよシェリス様。中位の魔物が跋扈する森のど真ん中に一人放り込まれて、
魔物の肉を大量のお土産にして普通に帰ってこれる段階で色々おかしいでしょうが) 
  
 自覚なく超人達の領域に足を踏み入れさせられている主に、レザリアは軽く同情した。
 これからがもっと辛くなるんだけど、などと思いつつ。 
  






 番外編157









 海人の屋敷の中庭で、ルミナスは難しい顔で唸っていた。

 周囲を見渡せば、緑豊かな風景。
 華やかさにはいささか欠けるが、その分落ち着きがあり心を和ませてくれる。
 今日のように日差しが暖かい日なら、日向ぼっこするにはもってこいだ。

 すぐ横には、お盆に乗った緑茶と茶菓子。
 緑茶は若干甘さが弱く苦みが強いが、茶菓子である大福との相性が良い。
 軽やかでありながら強い甘みが、程良い苦みに流されていくのだ。
 固形の餡がさらさらと茶で解けていく食感も、実に心地よい。
 
 が、どちらも今のルミナスの気分には何ら影響を与えられなかった。

 周囲の風景で目を楽しませる余裕などなく、せっかくのお茶と茶菓子もゆっくり味わうのではなく、
苛立ちを紛れさせるかの如く豪快に飲み干し、かぶりつく。

 普段のルミナスならまず考えられない光景だが、今日ばかりは無理もなかった。

(ぬぅぅうおぁぁぁぁああああああああああああああっ!
なんで!? なんでこうなんの!? やっと自覚したってのにいきなりこの窮地!?
私のこれまでの無自覚の罰っつっても、これは流石に惨すぎんじゃないの!?)

 もっきゅもっきゅと大福を豪快に頬張りながら、心の中で絶叫する。

 海人への想いを自覚した。
 これは、良かったと言うべきだろう。
 これまで心で燻っていたもやもやした何かが、理由が明確になった事で消えたのだ。
 今までの自分への後悔やら、理由が明確になった事で厳しすぎる道程が見えた事による苦悩やら色々あるが、
総合的に見れば利点の方が大きい、そう思える。

 しかし――――そう、しかし、だ。

 その競争相手にローラ・クリスティアが現れた、というのはいくらなんでも惨すぎる。
 なにせ、単純なスペック比較ならどう逆立ちしても足元にも及ばない完璧超人。
 唯一勝ち目が見えるとすれば性格ぐらいだが、それも海人はやたらと気に入っている節がある。
 
 接触時間の長さなら勝てるだろうが、自分と海人の接触時間が延びるという事は仕事がないか少ないという事。
 つまりはそれだけ傭兵引退が遠のくという事であり、スタートラインに並ぶ前に勝負が終わる可能性が高まってしまうという事だ。

 それに加え、海人の周囲は潜在的な競争相手も油断ならない。

 例えば、雫。
 まだまだ色気より食い気な少女だが、それが逆転した時が怖い。
 控えめに言っても、海人は狙えるならば狙わぬ理由がないほどの優良物件。
 色に目覚めた少女が彼を意識しない可能性は極めて低く、そうなった時は手強すぎる。
 そもそもあの二人は兄と妹的な極端に親愛に偏った関係ではあるものの、現段階でもやたら仲が良い。
 だからこそ関係の変化が難しくもあるが、どんな切っ掛けで大化けするか全くわからない相手でもあるのだ。
 
 あるいは、刹那。
 生真面目さと忠誠心ゆえに自ら主従の一線を越える事は考えにくいが、その気になった時が怖すぎる。
 彼女はほぼ常時海人に張り付いているし、なにより雫と同じく強い親愛を抱かれながらも女性として扱われている。
 無論恋愛対象的な意味ではなく、ルミナス同様年頃の女性との節度ある距離感程度の意味ではあるが、これは地味に大きい。
 もし刹那が男女の関係を望めば、受け入れるかどうかはさておき、そういう対象として捉えてもらえる可能性が高いのだ。
 また彼女は年齢的にも海人との釣り合いが取れ、美人で気立ても良く家事能力も最近は改善されてきている。
 これから先どんどん危険度が増していくのは間違いなく、そのせいか想いを自覚してから妙に彼女が恐ろしく感じるぐらいだ。
   
 正直、恋が叶う可能性は0に限りなく近づいていると言わざるをえない。
   
(でもこんだけ絶望的な状況なのに諦められないぃぃぃぃっ!)

 熱々の緑茶を一気に飲み下しながら、懊悩する。

 ここまで活路を潰された状態、普通ならさっさと見切りをつけている。
 仕事で例えるなら、単身でガーナブレスト全軍の包囲を受けたような状況。
 さっさと無抵抗をアピールして降伏するのが賢い選択だろう。
 
 ――――が、今回ばかりは諦めなど一瞬とてよぎりはしない。
 
 自分が想像した、海人との幸福な未来。
 現在よりもさらに踏み込み、進展させたその情景。
 あれが現実になるのであれば、その可能性が0でないのであれば。

 例えどんなに苦しくとも、諦める事など出来はしない。 

「つっても現状稼ぐ他なし、ってのも事実……なら、稼ぐっきゃないわね」 

 うっし、と気合を入れ、ルミナスは立ち上がる。

 どんなに悩み苦しもうが、現状やれる事はただ一つ。
 一刻も早くスタートラインに並ぶ為に、傭兵引退の時期を早める。
 その為に資金をきっちり稼いでいく、それだけだ。

 結論さえ出てしまえば、ルミナスの行動は速い。

「シリル~! 私ちょっとカナールに行って仕事探してくるわ~!」

 庭の片隅でピクピクと痙攣しているシリルに、大声で伝える。
 そろそろ意識は戻っている頃だろう、そう思っての行動だったが、

「うぐぐぐ……お、お待ちくださいませ……私も、御供、いたしますわ……ごふっ」

 シリルはプルプルと震える足で立ち上がり、ルミナスの元へ歩みよった。
 その顔色は、控えめに言っても病的に青白い。

「……悪い、集中力落ちてたせいで加減間違えたわね」

 きまり悪そうに、ルミナスは自分の頬を掻いた。

 シリルがこうなっている原因は、他ならぬルミナス。
 中庭に来た段階で食前の気晴らしにと組手に誘われたのだが、その際若干手加減を誤った。
 普段なら綺麗に気絶させ、目が覚めたらすぐに起き上がれるようにしつつ打撲の痕も残さないのだが、
今日は意識が戻っても打撃の衝撃の余韻が残っているらしく、打撲の痕も三ヵ所ほど残っている。

 とはいえ、シリルにもまったく非がないわけでもない。

 気晴らしも兼ねているのだから全力で、と申し出た事。
 普段の組手でどれだけルミナスが神経を使って手加減しているか、把握しきれていなかった事。
 そしてなにより、その時のルミナスがどれほど精神的に追い詰められていたのかを甘く見ていた事。  

 それらが相まって、この結果である。

「ふ、ご、御心配なく……このシリル・メルティ、愛する人の為であれば地獄の底からでも這いあがって見せますわ。
お、お仕事でしたわね……ええ、大丈夫です。近接戦は少しばかり厳しいかもですが、弓での援護なら問題ありませんわ」

「いや、膝ががっくんがっくん揺れてるその状況じゃ無理でしょ。
カイト達に伝言してくれりゃそれでいいってば」

「……加減間違える程集中力を落とされたお姉さまを御一人になど出来ませんわ。
意地でも付いていきますので、諦めて下さいまし」      

「……分かったわよ。ありがと」

 心優しい副官に礼を言うと、ルミナスは屋敷の中の気配を探り始めた。
 出かける旨を、誰かに伝える為に。
 
   
 



 番外編158






 新年初日の昼。
 海人の屋敷の地下室で、海人は護衛姉妹の姿を見ながら苦笑していた。
 二人とも幸福という言葉を体現したかのような様子なのだ。

 まず雫だが、ゲームに興じている。
 やっているのは、シューティングゲーム。
 難度としては並で、これまで海人製作の鬼畜難度ゲームをクリアしてきた雫にとってはぬるい。
 ただ、グラフィックが綺麗なのでやっていて見応えがあるゲームだ。
 彼女はそんなゲームをのんびりと楽しみながら、時折美味しそうに蜜柑を頬張っている。
 

 そして刹那だが――――普段の面影が全くなかった。

 普段の凛とした表情はどこへやら、表情を緩め心地良さそうに微睡んでいる。
 一応雫のプレイを眺めてはいるようだが、あまり興味はなさそうだ。
 ただ夢と現の境界を綱渡りしながら、胡乱な気分を楽しんでいる。

 試しに海人が剥いた蜜柑を口元に運ぶと、ゆっくりと口を開きぱくりと頬張った。
 もみゅもみゅと口を動かし飲み込むと、ふ~らふ~らと頭が再び舟をこぎ始める。
 もう一度口元に蜜柑を運んでやると、億劫そうに口を開き、海人の指ごと口に含んだ。
 なんとなく海人が指をそのままにしておくと、刹那は舌で蜜柑を潰し、海人の指を噛まぬよう器用に味わった。
 そして蜜柑を飲み込むと、付着した果汁を舐めとるように海人の指をペロペロと舐め始める。
 海人が指を引き抜いてみると、刹那はペロリと己の唇を艶めかしく舐め、再び舟をこぎ始めた。

 雫はともかく、刹那は何があったと聞きたくなる変貌ぶりだ。

(……炬燵に入るだけでここまで変わるとはなぁ。
ま、普段が生真面目すぎるしたまにはこれぐらい気を抜いた方が良かろうが)

 刹那の唾液にまみれた指をティッシュで拭いながら、海人はそんな感想を抱く。

 そう、炬燵である。
 冬場最強にして最悪の暖房器具。
 その快適性のあまり、一度入れば一歩外へ出る事すら厭わせる魔性の道具。
 人を堕落へ誘いあらゆる活力を消滅させる、悪魔の発明だ。

 今日は冷えていたので海人が試しに作ってみたのだが、刹那は炬燵の美点を認めつつも頑なに入りたがらなかった。
 最終的に海人が主君命令という強権を発動して入らせたのだが、今の刹那の姿を見ると理由はよく分かった。
 日頃しゃんとしている彼女にとって、こんな姿を晒すのは相当恥ずかしいのだろう、と。

「……うーん、思いっきりだらけきってますねぇ」
 
 ゲームをクリアした雫が、コントローラーを置きながらそんな感想をこぼす。

 舟をこいでいるのが嫌になったのか、今の刹那はくてっと炬燵の上に頭を乗せ身を丸めていた。
 呼吸のリズムからして寝てはいないようだが、いつそうなってもおかしくない。

「ま、昼の鍛錬は終わっているんだろう? たまにはゆっくりさせてやっても良かろう」

「そりゃそうなんですけどね……ちょっと悪戯されても仕方ないと思いません?」

 そう言って雫は愉し気に笑い、刹那の顔にサインペンで落書きを、

「うおあったぁああぁああーーーーーっ!?」

 しようとした瞬間、悲鳴を上げて炬燵から転げ出た。
 何やら涙目で膝を押さえながら、床を転げまわっている。

「どうした?」

「こ、この鬼姉、踵を膝に叩きこんできました!
しかも一番痛い点ピンポイントでっ!」

「ふむ、害意には反応して自動で迎撃するわけか。
流石刹那、気が緩みきっていても侮れんな」

「感心する前にあたしの心配してください! まったくもあだぁぁあっ!?」

 気を取り直して炬燵に入ろうとした瞬間、雫が再び悲鳴を上げて床を転げまわった。
 足を入れて座ろうとした瞬間、刹那の踵に足の甲を潰されたのだ。
 
「……寒い空気を入れられるのが嫌、というわけではなさそうだな。
となると、広がった場所を取られるのが嫌なのか、一度害意を発した対象は自動迎撃になるのか、どっちだろうな?」

 炬燵の布団をまくりながら、首を傾げる海人。
 その表情の中には、今回も雫に対する心配は見受けられない。

「冷静に分析しないでください! ってかあたしが炬燵入れないじゃないですか!」

「そうだな……折角だし、ちょっと試してみるか」

 海人はそう呟くと、創造魔法で色々と物を作り出した。
 ただし、その中に炬燵はない。

「海人さ~ん? 意図は分かりますけど、
それとは別に炬燵も作ってくれたってよかったんじゃないですか~?」

「いいから、君はそれを起動させてこっちに構えててくれ」

 恨めし気な雫の抗議をばっさり切り捨てると、海人は肉体強化した親指の爪で強化していない右人差し指を軽く切った。
 小さな傷から徐々に血が滲み始め、それは次第に大きな粒となる。
 その粒を乗せたまま、海人は切った人差し指を刹那の口元に差し出した。

 すると刹那はペロリと海人の指先を舐め、そのまま第二関節まで一気に口に含んだ。
 
「ん……んちゅ……んん……」

 艶めかしい声を出しながら、丹念に海人の指を舐め始める刹那。
 海人としてはそろそろ引き抜きたかったが、刹那の歯が指の骨を拘束し引き抜けない。
 
 海人は仕方なく軽く擽って力が抜けた隙に指を抜いたのだが、

「……流石にこれは予想外だったな」

 再び刹那の口の中に入れられた人差し指を見て、海人は呆れたような声を出す。

 海人が指を引き抜いた瞬間、刹那の左腕が海人の右腕を掴んだ。
 そしてそのまま、腕を引っ張り再び人差し指を口に含んだのである。

 驚くべきことに、これら全てを刹那は微睡みながら行っていた。
 その証拠に、刹那の頬っぺたは炬燵の天板に押し付けられたままである。

「大丈夫ですかー?」

「問題ない。人差し指を軽く切っただけだからな。そっちは?」

「ばっちりです。お姉ちゃんが起きた時が楽しみですねぇ~♪」

 けけけっ、と楽しげに嗤う雫。
 その笑顔は、控えめに言っても邪この上なかった。

 ――――この後、目覚めた刹那が一部始終を記録した動画を見せられ狂乱する一幕があったりもしたが、それはまた別の話。







 番外編159







 後悔先に立たず、そんな言葉がある。
 終わってしまった事をいくら悔やんだところで取り返しがつかない、そんな意味だ。
 転じて、何かをやる時は十分に注意してから実行しろ、そんな意味も含まれている。

 現在の海人の心境は、まさにそれだった。

「ずえりゃあああああああああああっ!!」

「ぬうえりゃああああああああああああっ!!」

 凄まじい怒号と共に、武器を交える二人の女性。

 両者の得物は、共にハルバード。
 重量の大きな長物であるがゆえに、その威力は凄まじい。
 しかも振るっているのはどちらも日夜凄まじい修練を強いられている人物。

 武器がぶつかるたび空気が震え、轟音が鳴り響く。
 打撃が当たるたび、人間がスーパーボールの如く軽やかに吹っ飛ぶ。
 そんな応酬を繰り返しながら、両者共に服が汚れた以外の被害は見当たらない。

 こんな感じの物騒極まりないやり取りが、海人の視界のあちこちで繰り広げられている。
 
 これが海人に無関係な話であれば、爆弾で吹っ飛ばすなりなんなりで処理すればすむのだが、
生憎彼女らは大事な生徒であるし、そもそもこうなった原因は海人にあるのだ。
 
(………軽い気持ちで変な事を言うものではないな)

 自分の手元でぴらぴらとはためく二枚のチケットを眺め、溜息を吐く。

 事の発端は、現在カナールで行われている福引。
 カナールでの支払千ルンにつき一回分のチケットが貰えるそれ。
 海人達が色々と買い出しをしていたら、なんだかんだで百枚以上集まり、
折角なのでと海人が引いたら、見事に一等が当たったのだ。

 一等の景品は、再来月王都で行われる人気劇団の公演の特等席二人分。
 相当人気があるらしく、海人が当てた瞬間周囲が一気に騒然となった。

 それほど人気なら試しに行ってみてもいいか、海人はそんな事を思ってその場を後にしたのだが、
冷静に考えればチケットは二人分。
 現在屋敷には海人達主従三人しかいないが、それでも一人あぶれてしまう。
 
 海人は大して興味があったわけではないので、刹那と雫に行くように言ったのだが、
主をほっぽりだして観劇など出来るはずがない、と刹那が固辞し、
雫も姉を除け者にして主君と観劇は微妙に気が引け、海人もどちらかを除け者にするというのは気が進まなかった。

 結局、それなら行きたがってる誰かにあげてはどうだろうという事になったのだが、
それを決めた日がまずかった。

 翌日が―――つまりは今日なのだが、シェリスのメイド達への授業の日だったのだ。

 海人が彼女らの昼食休憩にお邪魔して、軽い調子でそのチケットの話を持ち出したのだが、
彼女らの反応は海人の予想を超えて劇的だった。

 まず、その場の全員の視線が海人の手に向いた。
 次に、確かめるようにその手にあるチケットを凝視。 
 そして飢えた獣のような眼差しで、我先にとチケットを求め名乗りを上げた。

(最初は、平和的だったのになぁ……)

 憂うように、空を見上げる。

 別に、彼女らとて最初からこんな戦いをしていたわけではない。
 まずは話し合いで、と各々のスケジュールを提示して、行けるか否かを協議したのだ。
 その結果全員予定を空ける事が可能だったので、次の段階に移行したわけだが、
そこでもまだ対話を続けていた。
 各々の貸し借りを持ち出し、その大小を比較し、手を引く人間を決めようとしたのだ。

 が、余程チケットが魅力的だったらしく、それも成果なく終了。

 その後も話し合いを続け――――最後に全員が武器を取った。
  
(……もう少ししっかり考えるべきだったな、まったく)

 次々に倒れ伏していく生徒達を見ながら、反省する。

 今にして思えば、ヒントはあった。

 例えば、二等は二名様ガーナブレスト名料理店巡りの旅と書かれていた。
 しかも宿泊する宿は安全安心超快適の高級ホテルばかり。
 いくら特等席とはいえ、普通なら観劇のチケット二枚がそれの上に来るはずはない。

 あるいは、当てた瞬間の周囲の反応。
 刹那と雫が威圧したら収まったらしいが、殺気が漏れていた人間が多数いたとの事だった。
 チケットを渡す人間の手も、思い出せばかなり震えていたのだ。
 
 それらからこのチケットの価値に気付いていれば、生徒同士が潰しあうこの悲しい光景は見ずに済んだだろう。

 そんな事を思っていると、いつのまにか立っている人間が二人になっていた。
 ようやく終わったか、そう思い海人が安堵の息を吐いた瞬間、

『おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』

 魂を振り絞らんばかりの気勢を上げ、二人が武器を構え、相手に突進した。

 あまりに予想外な光景に、海人は思わず硬直した。
 チケットは2枚、人間も2人、もはや潰しあう理由などないはずだ。
 それなのに、眼前では2人がこれで最後とばかりに全力で衝突しようとしている。
 ひょっとすると、自分たちだけしか残っていない事に気付いていないのかもしれない。

 止めるタイミングを逸した海人の手が空しく伸ばされ、

「――――そこまでよ」

 唐突な乱入者に、最後に残っていた二人が同時に吹っ飛ばされた。
 二人の持っていた武器が宙を舞い、一拍おいて勢いよく地面に突き刺さる。

「ロ、ローラ女士……?」

「はい。部下達が出た後ミラージュ劇団のチケットの件を伺いまして……まあ、こうなっているだろうと思ったのです。
皆さまの性格と部下たちの性格と、チケットの価値からして」

「んなに価値があるのか、このチケット」

「カイト様が当てたと聞いた瞬間、シェリス様に眠っていただく必要があった程度には」

「……なんで必要もないのにそんなもんが当たるのやら」

 思わず頭を抱える海人。

 観劇が嫌いなわけではないが、さしたる興味もない。
 王都まで足を延ばすとなればそれだけで行く気が失せる、その程度の執着だ。
 今回も刹那と雫なら喜ぶかもしれないと思って提案しただけで、
二人がいなければそのまま近くにいた人間に渡していた可能性さえある。

 そんな人間の手にこんな希少なチケットが手に入るなど、運命の悪戯と言う他ない。

「私には何とも。ところで、一つ提案がございます」

「なんだ?」

「今回、おそらく最終手段として武力解決に到ったはずです。
そして今立っているのは私一人、つまり私に権利があると言えるでしょう」

「途中からの乱入で不意打ちかけて、どの口がそういう事をほざくのやら」

 しれっと無茶苦茶をほざくローラに、冷たく突っ込みを入れる。
 が、その程度で堪える相手ではない。

「お望みでしたら、全員が起きたところで改めて部下達を打倒しても構いませんが?
無論、私の参加を認めさせたうえで」

「気の毒すぎるからやめてやれ。んで、君にチケットを渡せという事か?」

「ええ。それが一番後腐れがありませんし、有効に活用できます」

「……私は構わんがな。散々話し合い、殴り合い、
そしてようやく結果が出るところで上司に掻っ攫われるなんぞ、君の部下達が気の毒すぎるぞ」

「元より降って湧いたような幸運です。同じような不運で帳消しになる事もあります。
その程度の事は常々教育しておりますので、問題ありません」

「本気で大変だな、彼女らも。
まあいい、チケットは持っていけ。多少だが、穴埋めはしておく。
珍しい美味い物でも食べれば、少しは不満も紛れるだろう」

 ローラにチケットを手渡しながら、メイド達が目覚めた後の事を考える。

 通り魔の如くやってきた上司に掻っ攫われたと知ればさぞ嘆くだろうが、世の中の残酷さは散々知っている女性達だ。
 多少なりとも埋め合わせがあれば、それで気を取り直せるだろう。

 そんな事を考えている海人に、ローラの表情が常人には分からぬ程度に緩む。

「ありがとうございます。それと、チケットの代金は相場の二割増しで御用意いたしましたので、お納めください」

「いらん。降って湧いたようなチケットだ。風に吹かれてどっかに飛んでくこともあるだろう」

「そこまで甘えるわけには―――」

「いいから甘えておけ。君らは私と違ってどこでどれだけ金が必要になるか分かったものではあるまい。
必要な時に君らの金が足りなければ、回り回って私も困る」

「……では、お言葉に甘えさせていただきます」

 なんでもなさそうに言う海人に、ローラは静かに頷いた。
 ほんの一瞬だけ、チケットと海人の顔に視線を移しながら。







 
 番外編160






 シェリス・テオドシア・フォルンは思う。
 世の中実に不公平だ、と。

「シェリス様~? 寝るにはちょっと早いわよ~?」

 少し離れたところから、そんな能天気な声が飛んでくる。

 今しがた間合いを詰めようとしたシェリスの機先を制して右手を引っ叩き、
そのついでとばかりに顎に一撃叩きこんだ人物。
 さらには仰け反りながら意識を飛ばしかけたシェリスを、
腹に風魔法の砲弾をぶち込む事で叩き起こした人物でもある。 

 狸寝入りしていたいのは山々だが、シェリスの経験上それをやると追撃されるだけだ。

 軽めの時は、下から掬い上げるような一撃で宙を舞うだけ。
 普通の時は、宙を舞った直後、再び一撃で叩き落とす。
 重めの時は、宙を舞っている間に連撃を叩きこまれ、最後には捕らえられギリギリ意識を失えない程度に地面に突撃させられる。
 そんな具合に、彼女の親友ほどではないものの、なかなかに容赦のない追撃を叩きこむ。

 ゆえに、さっさと起きる以外に道はない。

「……さ、三年もあったのに、ここまで差が詰まってないなんて、ねぇ……?」

 立ち上がりながら、下手人―――メイベルを睨み付ける。

 三年、そう三年だ。
 三年もの長きにわたり、シェリスは鍛錬を積んできた。
 メイベルが本格的な鍛錬を行えなかったであろう、その期間に。
 ローラという、地獄巡りを対価に最高効率で力を成長させる教官の元で。

 にもかかわらず、三年前と戦闘力の差はほとんど詰まっていなかった。
 
 先程から幾度も挑んでいるが、間合いすら碌に詰められない。
 メイベルの使う鞭の射程に入った途端射程外に叩きだされている。
 その間、最長で三十秒。泣きたくなる時間だ。
 
 小細工なしにシェリスの最高速で突っ込むと、足を絡めとられ投げ飛ばされる。  
 ただ突っ込むのではなく、鞭を回避したり払ったりもしているのだが、大体三手耐えられない。
 逆にゆっくりと鞭の動きを見極めながら距離を詰めると、十八手までは耐えられるが、
耐えている間に間合を広げられる為、意味がない。
 攻撃魔法や投げナイフによる牽制と突撃の合わせ技も試したが、魔法は軽々避けられ、
ナイフは鞭に弾き飛ばされ、シェリス本体もついでに体のどこかを捕らえられて投げ飛ばされる。
 
 今のところ牽制と突撃の合わせ技が一番肉薄できたが、シェリスのナイフの間合には程遠く、
また何度か試している間に投げナイフが尽きた。
 戦いながら回収しようとしたのだが、何度もあと一歩のところで鞭に阻まれた挙句、
おちょくるように鞭の軌道内に落ちていたナイフ全てを軌道外に叩きだされ、
諦めざるをえなかった。

 メイベルにその気があれば、とうにシェリスは息絶えていただろう。

「そりゃー、怖~い人がいるもの。
潜入任務だろうが何だろうが、成長してなきゃ何されることやら」

「……そーよねー」

 クスクスと妖艶に笑う部下に、げんなりとした声を返す。
 それで成長できるなら苦労はしない、と心で反論しながら。
 おしゃべりはここまで、とばかりに飛んできた鞭を払いつつ。 

 メイベル達の潜入先は様々だったが、彼女は特に監視が厳しい事が予想される場所だった。
 そこへ実力をまったく悟られずに潜り込むだけでも凄まじいのに、その上で鍛錬まで行うなど人間業とは思えない。
 まして、実力をさらに伸ばすようなレベルのものなど。

(……まったく、世の中不公平だわ)

 凄まじい速度で飛んでくる鞭の乱舞をどうにか回避しながら、そんな事を思う。

 年齢が違うとはいえ、それでも十は離れていない。
 ついでに言えば、シェリスとて一応は幼い頃から貴族の義務として戦闘訓練は受けていた。
 今にして思えば子供の遊戯と呼ぶのも空しいレベルだが、一応の基礎らしきものぐらいはあったのだ。
 対してメイベルは、平民出身で戦闘訓練も十を過ぎてからだという。

 その後の過酷極まりない戦闘経験あってこその現在の差だとは思うが、
やはりそもそもの素質に大きな差があるとしか思えない。

「はいはい、気が抜けてるわよ~?」

「わきゃあああああああああああああっ!?」

 暢気な声と共に飛んできた鞭の連撃を、どうにか捌いていく。

 上から飛んできた鞭を横に回避し、すぐさま軌道を変えて追いかけてきたそれを飛んで避け、
再び軌道を変えたそれを風魔法で強引に後ろに飛んで回避する。
 すぐさまメイベルから間合いを詰めて追撃に来たが、そのタイミングに合わせ残りの投げナイフを投擲。
 それを払っている隙に、再び最高速で間合いを詰めていく。
 当然のようにメイベルの元へと戻っていく鞭が行きがけの駄賃とばかりにシェリスの後頭部を襲うが、
それも身を伏せて避けつつ足に力をため、頭上を鞭が通り過ぎたその瞬間、一気に飛ぶ。

 そのまま次の鞭が飛んでくる前にメイベルをナイフの射程に収め、
 
「うん、本日一番の成績ね。最後の最後で頑張ったじゃない」

 軽い言葉と共に襲ってきた蹴りを胸にぶち込まれ、意識が飛び始めた。

 シェリスとて、素手による攻撃は警戒していた。
 メイベルなら鞭が間に合わずとも、迷いなくそれで迎撃するからだ。
 だから、一番狙われやすそうな胸の前に左腕を構えていたのである。  
 
 が、いかんせんメイベルの蹴りは見事すぎた。
 
 初動が、シェリスの死角となる絶好の位置。
 速度が、シェリスの予想を軽く上回る超高速。
 威力が、シェリスの腕ごしにとんでもない衝撃を叩きこむ域。

 ゆえに、当然の帰結としてシェリスの体は玩具のように吹っ飛んでいった。

 各々の鍛錬を終えた最古参のメイド達や、
たまたま果物などを届けに来たのであろう海人達主従、
そんな自分では到底届かない怪物たちを視界の端に納めながら。   
 
 ――――薄れゆく意識の中シェリスは思う。 

 本当に世の中つくづく不公平にできていると。

(……これだけの人材が、私なんかの元に集ってくれているの、だも、の、ね……)

 最後の力を振り絞り受け身を取って地面に衝突すると、シェリスはそのまま意識を失った。    
 

 
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