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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
番外編セット33


 番外編161


 アンリエッタ・マーキュレイ。
 それはエアウォリアーズ第二部隊隊長にして、団内四位の実力を誇る男装の麗人だ。
 顔立ち自体が女性寄りの中性といった感じであり、豊富な知識と経験から滲む知性と相まって同性にモテる。

 基本的に、アンリはその事実を軽く受け止めている。

 同性と知らず告白してくる女性には辟易するし、同性と知って思いを告げてくる女性には頭を抱えもするが、
その特性が情報収集に役立っている面もあり、利益不利益併せて考えれば相殺されるからだ。

 とはいえ、時としてそれが心情的に不利益へ傾く瞬間もある。

(……そ~んなに、女っぽさがないっすかねぇ?)

 自分の胸を見下ろしながら、溜息を吐く。

 男装している為にまっ平らだが、服を変えれば多少は膨らみがある。
 そもそも、ボディラインを隠すような服を着なければ女性寄りの外見。
 体型が出やすいぴっちりした服などを着れば、男と間違える人間はほぼいない。
 それは、この薄暗い森の中でも変わらないだろう。

 にもかかわらず、同僚の一人はこう言うのだ。
 女らしさの欠片もない男女、と。

 実に失礼な話である。
 
 ルミナスにこそ及ばないが、アンリとて女性らしさは持ち合わせているつもりだ。
 料理はそこらの女性よりも出来るし、その他の家事も基本は完璧。

 気遣いも、正直出来すぎるぐらいではないだろうかと思う。
 なんせ毎度毎度自覚なく面倒事を引き起こす馬鹿な同僚の尻拭いも、愚痴りつつきっちりやっているのだ。
 魔物仕留めるつもりが貴族宅の外壁粉砕して、その先に飼われていた希少動物狩っちゃいました、
などという事件すら、少額の賠償金で後腐れなく治めてやったのだ。
 
 苛立ち紛れに、ふかふかした椅子の毛を何本かむしり取る。
 同時に何か聞こえたが、気にする事無く体勢を変え寝そべった。

(ちったぁ、ルミナスさん見習えって言われてもねぇ……ありゃ根本的に場違いな人っすからねぇ)

 指の間にある毛をふっと息で飛ばし、頬杖を突く。

 恩知らずな同僚の気持ちも、まあ分からなくはない。  
 ルミナスは淑女には程遠いが、女性らしさという点では極めて優れている。

 家事全般が完璧な上に、プロ顔負けの料理上手。
 性格も多少手が早い事に目を瞑れば、完全な良妻賢母タイプ。
 家庭の事情さえなければ、傭兵ではなく専業主婦なり料理屋なりをやるべき人間だ。

 敗北宣言のようで癪だが、比較対象が悪すぎる。
 見習えなくはないが、無理が大きくなりすぎるのだ。
  
(つーか、あの人がもう少し打算的な性格ならとっくに傭兵引退して幸せ掴めてるはずなんっすよねぇ。
そういう人だから色々成立してるんでしょうけど……不器用っすよねぇ)  
 
 椅子のふかふかした毛の感触を味わいながら、憂う。

 ルミナスはその美貌と性格と能力ゆえに、これまで多くの男から求婚されているが、
彼女はこれまでそれらを迷う事すらなく、即断で振っている。
 その理由は全て同一で、少々夢見がちじゃなかろうかと言いたくなる内容だ。     

 曰く、付き合って幸せそうにしている自分が思い浮かばない。
 関係を深めた先を想像すると嫌な気分にすらなってくる、と。

 実際の言葉はもっと柔らかいが、内容は同じだ。  
 全て、自分の心が相手に向くとは思えないとすっぱり切り捨てている。
  
 そこで少し妥協出来ていれば、ルミナスはとうに幸せを掴んでいるはずなのだ。
 中には、人格・知力・行動力・財力全てを兼ね備えた人間も何人かいたのだから。
 
 とはいえ、そういう人間だからこそあの曲者揃いの第一部隊をまとめ上げ、
多くの優秀な男から熱烈な求愛を受けているのも事実だ。

 誠実な人格ゆえに人が集まるが、それゆえに幸せを逃してしまう―――なんとも救えない話だった。

(厄介なのは、こういう人ならってのが無いって事なんっすよねぇ。
つまり一般的な条件じゃなく、人格的な相性や言葉に表しにくい要素を求めてるわけで……変な人には引っかからないでしょうけど、
一生結婚できなくてもおかしくないんっすよねー……)

 同僚の未来を想像し、少し涙が出そうになる。

 アンリの持論では、男女の相性は付き合っている過程で併せていく側面が強い。
 政略結婚が一般的な貴族にも、仲睦まじい夫婦はさして珍しくはないように。
 男が女に、女が男に、あるいは互いが合わせていき、相性を良くするものだと考えている。

 最初っから相性バッチリな相手など、いたとしても極めて稀有。
 ましてルミナスが結婚するに値する能力を持つ人間となれば、大海のどこかに沈んだ海賊船の金塊でも探す方がまだ堅実に思える。  
 誰よりも結婚願望が強いのに、誰よりも結婚が遅くなりそうな同僚に、涙を禁じ得ない。

 アンリが物悲しい気分に浸っていると、彼女の下から何やらくぐもった呻き声が聞こえ始めた。

「……むぐー! むぐぐー!」

「椅子は喋らないもんっすよー?」
 
 アンリが軽い言葉と共にトンカチによる重い打撃を椅子に浴びせると、声が聞こえなくなった。
 代わりに、ぶるぶると激しい震えが始まる。

「座り心地悪いっすよー?」

「ぐぶっ……! ……っだあああっ! アンリてめえ! 人が大人しくしてりゃ好き放題やりやがって!」

 アンリにエルボーを叩きこまれた椅子―――ケルヴィンは猿轡を噛み千切ると、アンリを思いっきり真上に払い飛ばした。
 飛ばされたアンリは慌てる事もなく上空で身を翻し、自身に重力魔法をかけてケルヴィンに着地する。  

「ぐぺっ!?」

「好き放題やったのは誰っすかねぇ?
立入禁止されてる森に無断で入った挙句、その原因である希少植物サラダにして食ってやがった大馬鹿野郎っすか?
それとも、それをどうにか庇ってやった人間の説教に逆ギレして男女だの女らしさの欠片もないだのほざいた恩知らずっすか?
あるいは挙句の果てに殴りかかって無様に返り討ちにあい、なんでもしますから丸坊主は勘弁してくださいっつったのに、
たかが一時間椅子になる事も出来ない躾の悪い低能な駄犬っすか?」

「ぐっ……! お、お前だって俺に散々言ったじゃねえか!
看板も読まないなんてマジで子供以下、むしろ子供に失礼とか!
生えてる植物適当に引っこ抜いて皿に入れてサラダなんて料理って言葉に土下座しろとか!
挙句関係ねぇのにこれまでの失恋履歴並べ立てて、そんなんだからモテねえんだとか!
五時間の説教も黙って聞けないなんて、犬未満だとか!
そりゃ我慢だって限界にくるわっ! 殴りかかりもすんだろうがっ!」

「これまで散々世話焼かせやがったくせに、一向に改善の傾向が見られないのは誰っすかね。
ま……そこまで言うならしょーがないっすね」

「……な、なんだよ! やんのかこらぁっ!? 今度は負けねえぞっ!?」

 不気味なほど優しい笑みを浮かべるアンリをケルヴィンが威嚇するが、その腰は引けている。
 この笑みを浮かべた時のアンリが、極めて危険な事を知っているがゆえに。

「以前ガン泣きしてそれだけは勘弁してくれって言ってたんで封印してたんっすけどね。
優しい躾がここまで役に立たないとなれば……使うしかないっすよねぇ?」

 言い終えると、アンリは近くに転がしていた道具袋から物を一つ抜き出した。
 ここ二年ほど全く使っていなかった道具―――乗馬鞭を。

「そ、そそっそそそっそれは!?」

「本来犬の躾に使うもんじゃないっすけどね。
まあ、知能は犬未満でも体はそれより余程頑丈だし、全力でぶっ叩いても問題ないっしょ。
さて、覚悟はできたっすね?」

「ま、ままま待てっ! いや待ってください! お、おおおお俺が、俺が悪かったです! 
ごめんなさい! すみません! 許してくださいお願いしますっ!」   

「遅い。説教の時間は終わり。今度は躾の時間っすよ」

「く、くくくくそったれ! こうなったらやってやる! いつまでも負けっぱなしと思うなよ!?」

 ゆっくりとにじり寄るアンリに、ケルヴィンは愛用の戦斧を構えた。

 この後、この森ではちょっとした噂が広まる事となる。
 夜な夜な森の奥から、泣き声とスパァン、バシィンという鞭の音が響くという噂が。

 泣き声はある者は犬の悲鳴だったと言い、またある者は人間の声だったという。
 原因はかつて飼主の厳しい躾の末に殺された犬の霊、拷問の末に命を落とした敵国間諜の霊、
あるいは単に加虐趣味の人間が鞭で人を調教していた、など色々と想像されたが、次第に音を聞いたという話がなくなり、
最終的には最初に聞いた者達の空耳、ということで落ち着く事となる。  






 番外編162






 質素な安アパートの一室。
 窓を開ければゴミ捨て場の匂いが侵入し、部屋を歩けば妙に危うい感触、
おまけに両隣の薄い壁からは隣人たちの生活音が響き渡る。
 
 ――――そんな部屋が、エミリア・クレアラントの住居だ。

 入居した時に比べれば両隣と懇切丁寧に話をしたおかげで騒音はマシになったが、
それでも劣悪と言う他ないだろう。
 一応エミリアの部屋は綺麗に掃除してあるが、それだけ。
 建物それ自体のオンボロ具合などはどうにもならない。

 もっとも、エミリアにとっては都合が良い。

 ここならば刺客が来ても何の遠慮もなく暴れられる。
 気を遣わねば容易くぶっ壊れる建物は戦術の幅を広げてくれるし、
なにより住人が多く、例外なく麻薬密売人などのろくでなしというのが良い。
 大概の攻撃に対して有効な盾が豊富という事なのだから。
  
 とはいえ、それでも室内に害虫や害獣が侵入しては安眠できない。
 周囲に来た瞬間反射的に叩き潰してしまうので実害はないが、その都度眠りが浅くなる。

 いくらなんでもこれは健康によろしくない、と思って友人に対策グッズを作ってもらったのだが、

「……いったい中身どうなってんのかしらねぇ」

 コンセントに繋ぎっぱなしの物体を見下ろし、唸る。
 
 エミリアの視線の先にあるのは、一見するとお洒落なインテリアだ。
 上品な白い円筒状の物体だが、等間隔に配された銀の円状ラインと、
数カ所あるカラフルなランプの色彩が良いアクセントになっている。 
 この狭い部屋には若干大きめなのだが、細長いせいか不思議と圧迫感を感じない。

 なのだが――――これを置いてから、ピタリと害虫も害獣もいなくなった。

 以前は朝起きると部屋の外にかさかさ動く黒い不快な物体がいたりしたのだが、
まったく見なくなった。
 他の部屋の連中の話を盗み聞きした限りでは、この部屋に限った話ではないらしい。
 どうやら、建物全域からそういった生物が消えているようだ。 
 
 さらに言えば、下のごみ置き場からも不快な臭いが消えている。
 以前は年を重ねこびりつき取れなくなった臭気に耐えられず窓を開けられなかったのだが、  
今は開けてもさほど違和感はない。

 時期的に考えて確実にこのインテリアのおかげなのだが、理由がわからない。
 あの男の事だから害虫害獣を確実に排除し、人間には聞こえない超音波を出している可能性もあるが、
それではゴミ置き場の臭いが消えた事の説明がつかない。

 他にも気になるのは、一日一回入れるように言われている洗剤と水、そして週一回捨てるように言われている排水だ。

 洗剤と水は円筒の一番上の部分に入れればいいだけなので大した手間ではないのだが、理由がわからない。
 加湿機能が付いてるようには見えないし、それにしたって洗剤を入れるのはおかしい。
 排水についてはこれらを何かに使った後に出る物なのだろうが、これもよく分からない。
 中で完結しているはずなのに、その排水は妙に汚れているのだ。
 
 非常に気になるので分解したいところなのだが――――その勇気はなかった。

 なにせ、製作者はあの『白衣の魔王』だ。
 実際は風評とはまるで違う性格なのだが、波乱に富んだ人生ゆえに色々ねじ曲がっている事は事実。
 自分の発明品に分解したら周囲一帯灰燼に帰すような物を仕掛けてわざと盗ませ、とある国家の諜報部に大打撃を与えた事もある。
 
 一応本人からは分解した場合修理も次の製作もしないからな、としか言われていないが、
その言葉の裏に修理も次の製作も必要なくなるから、という意味が含まれていないとは限らない。
 このオンボロアパートごとエミリアが消滅してしまう、そんな可能性も否定はできないのだ。

(……ま、効果はあるんだし気にしない方が良いわね。
折角最近は仲良くなって……うん、最初に比べればはるかに仲良くなってきたんだし)

 ふあ、と欠伸をしてエミリアはベッドに入る。

 明日はまた仕事なのだ。
 しかもなかなかにハードな内容なので、休んでおかねば身が持たない。

 そろそろ仕事を減らそうか、そんな事を思いながら、エミリアは眠りについた。










 エミリアが熟睡して一時間後。

 部屋の片隅にあったインテリアが静かに動き始めていた。
 一切物音を立てず最下段の銀のラインから上が内部から持ち上げられ、
下部だけが静かにスライドして外れていく。
 下部が完全に外れると、上部を持ち上げていたアームが静かにそれを床に下ろした。

 そして、パージされた断面から大量の小型ロボットが這い出た。
 全てが薄平べったく、部屋にある僅かな隙間を自由自在に行き来できる体だ。
 それらは静かに、そして迅速に整列すると、すぐさまエミリアの部屋から出ていった。

 這い出たロボット達は、すぐさまプログラムに従い、分散して移動しながらそれぞれ索敵を開始する。

 程なくして、アパートの壁を這っていた一体が敵を発見した。
 黒く、薄平べったく、時に薬剤にも強い耐性を持つ虫を。

 静かに佇んでいた虫の背後で、ロボットが音もなく武装を開始する。
 武装は、超極細のカッター。細さからは想像できない強度と想像を上回る切れ味を誇る武器だ。
 腹の中に仕込まれたそれを露出させながら、ロボットが敵に迫る。

 とはいえ、虫も野生の生物。
 危険を感じたか、すぐさま前方へと移動を開始する。
 常人では到底追いきれない、途轍もない速度で。 

 ――――が、ロボットはその速度を軽々と上回った。

 逃げる虫との距離をみるみる縮め、そのまま体をまたいで追い抜く。
 逃げていた虫を、頭から真っ二つにしながら。
 無慈悲に両断された虫は、思い出したかのように地面へと落下していく。
 
 それを確認すると、ロボットは次なる標的を求め再び索敵を開始する。





 一方で、別のロボット達が今度はネズミを発見していた。

 今度は図体が大きいため、一体で仕留めきるのは難しい。
 データからそう判断したロボットの人工知能は、すぐにこの場へ数体を集結指令を出した。
 ネズミに気付かれぬよう、あくまでも静かに、かつ遠巻きに。

 数秒後必要十分な数が集まると、ロボット達は即座に敵の殲滅を開始した。
 
 虫の時と同じように気付いたネズミも逃げようとするが、既に遅い。
 一体が、ネズミの背を斬る。ネズミが悲鳴を上げ体勢を崩した瞬間、他のロボットが追撃をかける。
 そして何カ所も切り刻まれたまらず仰け反ったネズミが首を上げた瞬間、ネズミを発見したロボットが首を切り裂いた。
 
 対象の絶命を確認すると、ロボット達は再び動き出した。
 
 多数のロボットが集まり、重なり、巨大化していく。
 やがてロボット達は一つの大きなアームとなり、ネズミの死体を掴んだ。
 そして、それをアパートの外へと放り投げる。

 アームの先のカメラで予定地点に死体が落下した事を確認すると、ロボット達は再び分裂し装備を変えた。
 再び腹が開くが、今度出てきたのは小さな洗剤付き布巾。
 ロボット達はそれでネズミの血を綺麗にふき取ると、解散してまた索敵を開始した。

 






 二時間もすると、アパートの周囲からはあらゆる害虫、害獣の命が消え去っていた。

 が、命は消え去ろうとその名残は消えない。
 具体的には、アパートの外にまき散らされた夥しい数の死体である。
 このままならば、夜が明けて人が通れば大騒ぎだろう。

 殲滅対象がいなくなったことを確認したロボット達は全個体を集結させると、
今度はアームと箒とちり取りになった。
 そのままアパートの周囲を回り全ての死骸を回収すると、近くにあったゴミ箱の中へまとめて放り込む。
 ついでに、そのあたりに落ちていたゴミもアームが拾い上げ、その上に捨てていく。
 仕上げに内蔵されている消臭剤を一帯に撒くと、ロボット達はエミリアの部屋へと帰投し、
待機施設でその全身を洗浄し、翌日の戦いに備える。
 
 ――――昨日までは、そうであった。

 が、今日はロボット達が帰投すべき部屋に何やら不審な人間二人が立っている。

 センサーで調べると、どちらも懐と腰に金属反応。銃とナイフと判断。 
 ロボット達がすぐさま待機施設兼最終防衛装置に合図を出すと、そちらはすかさずエミリアの就寝を確認。

 エミリアに敵対する者達と判断し、最終防衛装置は変形を始めた。

 下部からローラー付きの両足が、上部側面からは海人開発のカッター付きの両腕が生え、
またほかの箇所からは幾つかの小型の火器が生え、ドアへと向けられていた。
 そしてロボットは内部に蓄えられた薬剤を加熱し、ガス漏れのような臭いを発生させる。

「っ!? って、ええっ!?」

 危険な臭いにエミリアが跳ね起きると、部屋の片隅に佇む物体を見て間抜けな声を上げる。
 それと同時にロボットの火器が火を噴き、ドアへと突撃していく。

「な、なんだこれあがあああああああああっ!?」

 位置の悪かった男がドア越しにハチの巣にされ、カッターで切り刻まれる。
 脳を撃ち抜いているにもかかわらず頸動脈も切り裂く、実に念入りな殺しっぷりだ。

「ハンクッ!? よくぎゃあああああああああああっ!?」

 すかさず武器を抜こうとした相方の男だったが、相手が悪すぎた。

 ロボットはなんとカッターごと腕を飛ばし、男の首を貫いたのだ。
 近距離、それも武器を引き抜こうとした状態でそんな事をされて反応できるはずもない。
 男は銃に手を伸ばした体勢のまま、目を見開いて絶命した。

「……なるほど、こーいう装置か。となると掃除は小型ロボットかしらね……あいつ好きそうだもんねー……げっ!?」

 エミリアが友人の物騒すぎる遊び心に感心しながら外を確認すると、銃弾が飛んできた。

 一瞬しか見えなかったが、十人近い男が銃をこちらに構えていた。
 見間違いでなければ、背後にはバズーカ砲なんて代物まであった。

 念のため手鏡で窓の外を確認すると、そちらにも武装した男たちがいる。

「こーなると、最終手段かしらねぇ……博打って嫌いなんだけど」

「エミリア・クレアラントの危機と思しき発言を確認。
脱出手段の持ち合わせはございますか?」

 エミリアのぼやきに、ロボットが人工音声で反応する。
 人間そのものとしか思えない自然な応答に驚く事もなく、エミリアは答えた。

「あるにはあるわよー? 海人からもらった脱出ロケットが。
タイミングトチると狙い撃ちにされるだろうけど」

「想定状況78番と認定。合図と同時に脱出ロケットで真上に飛んでください。
その間に、当機が敵をまとめて殲滅いたします」

「……ま、海人の作品なら信頼していいわよね。んじゃ、合図よろしく」

 言いながら手近な荷物をまとめると、エミリアは脱出ロケットを背負いヘルメットを被った。

 普通ならここで真上に飛ぶと確実に死ねるが、このアパートなら問題ない。
 オンボロすぎて、いつ天井が崩れてもおかしくない造りなのだ。
 海人製のヘルメットを被っていれば、余裕だろう。

「はい。では当機はこれより3秒で自爆スイッチを入れます。
0と同時に脱出を願います。カウントダウン開始。3……2」

「へ? 自ば……いいいっ!?」

「1……0」

「うにゃあああああああああああああああああああっ!?」

 脱出ロケットで上に飛んだエミリアは、直後さらに上空へと押し上げられた。
 ロボットの自爆による火力が凄まじく、余波が飛んできたのだ。

 錐揉み回転しながら、エミリアは思った。
 あの馬鹿、火力の加減間違えやがった、と。

 


   
 





 二週間ぶりに鳴った屋敷の呼び鈴の音を聞き、海人は首を傾げた。

 この屋敷の呼び鈴を鳴らす物好きなど、エミリアぐらいだ。
 他は大体不法侵入して命からがら逃げ帰るか、土に還る者達である。

 が、彼女は現在海外で一仕事終え、自分の拠点に帰っているはずだった。
 
 また何か頼み事か、と溜息を吐きながら門を開け屋敷に入れたのだが、
 
「だから拠点が跡形もなくなっちゃったからしばらく泊めてって言ってんの!」

「金は稼いでるんだからホテルでもどこでも泊まれる所はあるだろうが! なんでわざわざここに泊まる!?」

 唐突な押しかけに、海人は徹夜明けにもかかわらず猛抗議する羽目になった。

「ここが世界で一番安全だからに決まってんでしょうが!
あんだけ迎撃しやすい拠点なんてそうそう見つからないし、たまには気兼ねなくぐっすり寝たいのよ!
私がここに泊まるのにそれ以上の理由が必要かしら!?」

「私の都合どこ行った!? つーか話聞く限り私のおかげで命助かったようなもんだろうが! 少しは遠慮しろ!」

「確かにあんたのおかげで助かったわけだけどね! あんたのせいで死にかかりもしたのよ!
私だったから良かったようなものの、他の人間だったら爆発の余波に巻き込まれついでにどっかに激突してトマトジュースだったわよ!?」

「ぬ……? ああ、そうか。そういえば君にやった脱出ロケットは一つ前の型だったな。
となると、爆風に巻き込まれるのも当然……ちっ、確かに私の落ち度だな」

「そーでしょう、そーでしょう―――――泊めてくれるわね?」

「仕方あるまい。だが、条件付きだ。家事は君がやる事。それと期限は一月、それ以上は認めん」

 断固たる口調で、宣言する。

 これは海人の都合もあるが、エミリアの為でもあった。
 一月なら各国情報部をごまかす事など造作もないが、それ以上となると怪しくなり始める。
 海人の屋敷に長期滞在を許される人間などと知れれば、エミリアが狙われる頻度は桁が変わってしまう。

 海人としては、手は貸しても進んで守ってやるつもりまではないのでこれが最善だった。

「ん~……うん、十分。そんじゃ、一月よろしくね」

「ああ、よろしく。部屋は好きに使ってくれ。私は今から寝る」

 後ろ手を振ると、海人は自室へ戻っていった。
 自分が少しだけ浮き足立っている、そんな自覚はないままに。
 




 
 番外編163






 

 海人の屋敷の厨房にて、雫は鼻歌を歌いながら調理に取り掛かっていた。

 作っているのは、天ざる。
 揚げたて熱々の天ぷらに、冷たくキリッとした味わいのざる蕎麦。
 定番で陳腐と言えば陳腐だが、それだけに味は折り紙付きだ。

 天ぷらの具材は山菜を主体とした五種の野菜に海老が三匹。
 海老は昨日カナールで買ってきた物だがまだまだ美味そう、
野菜は海人が作り置きした物だが、山菜だけはつい先ほど海人におねだりして作ってもらったものだ。
 野菜もだが、やはり山菜はとれたて新鮮な物が一番なのである。

 それに、蕎麦と蕎麦つゆ。
 ここしばらくですっかり食べ慣れてしまったが、これも凄い。
 どちらも海人の世界の名店の物、それも彼が行った事のある店の中で一番雫の好みに合った物なのだ。
 かつてヒノクニの名店で蕎麦を食べた事もあるのだが、それですら及ばない味である。
 
(ああ、なんて贅沢……! でも気は抜けない……揚げ具合、茹で加減、調理の難度は高いんだから)

 緩む頬を引き締め、雫は眼前に広がる食材を見据えた。

 素晴らしい食材だが、極上の食事に仕上げるには相応の調理が必要となる。
 天ぷらはつける衣の濃度、油の温度、揚げる時間、蕎麦は茹でるお湯の量や茹で時間といった具合に。
 どこか一つしくじれば、折角の食材がただの美味しい料理になってしまう。

 幸いにして正しい手順、適切な調理方法自体は手元にある。
 かつて海人が天ぷらや蕎麦の名店を見学した際にある程度分析したという技術。
 それを元に様々な環境に合わせた調理手順を記したノートが、雫の手元にあるのだ。
 本人から言わせればまだまだなレベルらしいが、それでも雫が数瞬忘我する程度には美味な天ざるを作れる。

 雫は気温と湿度をチェックすると、該当ページを開いて頭に叩き込んでいく。
 ノートを読みながらでは、手際が悪くなってしまうからだ。

「……よし、やるぞー!」

 むん、と気合を入れると、雫はさっそく調理に取り掛かった。

 適温に温まった油に、衣をつけた具材をゆっくりと投入していく。
 シャアァァ、と静かな音が響き、じっくりと揚がり始める。
 
 それをまんじりと眺めながら、雫は指定された揚げ時間が満ちるのを待つ。

「……ここっ!」

 記載された揚げ時間よりも数瞬早く、雫はタネを油から引き上げた。

 これまで何度も天ぷらを揚げたが、指定された揚げ時間はあくまで目安。
 最近発見した事だが、それをただ守るだけよりももっと美味しく仕上げられる工夫がある。

 それが、揚がる音の変化による判断を加える事。
 時間を数えているより正確な頃合がつかみやすいためか、動きがスムーズになる。
 違いとしては誤差レベルだが、味にはかなり影響が大きいのだ。
 
 雫は余分に揚げた海老を味見してそれを再確認し、満足そうに頷いた。 

「揚っげ揚げ~♪ 美味し~天ぷら揚っげ揚げ~♪」 

 鼻歌を歌いながら、次々に天ぷらを揚げていく。

 揚げる合間に、適温に沸いたお湯へ蕎麦を投入する。
 たっぷりのお湯の中で蕎麦が優雅に踊り、次第に茹で上がっていく。
 
 そしてまずは天ぷらが全て揚がったのだが、雫は軽く顔をしかめた。

「あうう……しくったぁ」 

 茹で上がった蕎麦を冷水で洗いながら、嘆く。
 
 天ぷらの揚げ具合自体は完璧だったし、蕎麦の茹で具合も頃合。
 それぞれは上手くいったのだが、出来上がる時間の誤差が少し大きくなってしまった。
 天ぷらの方が若干早すぎたため、蕎麦を冷やしている間に食感が損なわれてしまう。
 
 蕎麦を茹でるのがもっと早ければ、完璧だったはず。
 それが分かるだけに、悔しかった。

「……ん? 出来上がったか?」

「あ、はい。海人さんは天ぷらだけでよかったんですよね?」

 調理台を背もたれにして仮眠を取っていた主君に、確認する。
 
「流石にこの時間で蕎麦まではな。ふむ、美味そうだ」

「天ぷらは自信作ですよ~」

「……良い味だ。腕を上げたなぁ」

 タラの芽の天ぷらを味見して、しみじみ呟く。 

 目が覚めるような鮮烈な香りと少し強めの苦み。
 これらを薄い衣が程良く和らげ、味わい深いものへと変えている。
 衣の食感も最初はさっくり、次はふんわりと実に心地よい。 
 味付けは塩を軽く振っただけでにもかかわらず、なんとも豊穣な味だ。

 海人が作ったノートだけでは、ここまでの味にはならない。

「えっへっへ……そりゃあ日々頑張ってますからねぇ」

 出来上がった天ざるを盛り付け、雫も食べ始めた。

 まずは何もつけず、そのまま蕎麦を2本ほど味わう。
 蕎麦の柔らかな甘みと心地よい食感が口に広がり、これでも十分に美味い。

 それを堪能したところで辛めのつゆに蕎麦を半分ほど浸し、すすった。
 辛めのつゆの味が蕎麦の甘みをさらに引き立て、それが同時につゆの旨みを引き立てる。
 互いが互いを引き立てる、まさに理想の組み合わせだ。

 そしておもむろに、天ぷらに箸を伸ばす。
 まずは海老の天ぷらを、そのままかじる。
 ふんわりさっくりとした衣とぷりぷりした海老の食感の対比が素晴らしい。
 海老の甘みと旨みが衣と塩で引き出され、香りと相まって思わず恍惚としてしまう。

 天ぷらの余韻が残っているところで、再び蕎麦をたぐる。
 先程も美味かったが、僅かな油が加わる事でさらに美味くなった。
 辛つゆの強い刺激が油で程良く和らぎ、食べやすくもなっている。
 
 総合すれば天ざるの味わいは時間調整のミスを忘れる程に上出来で、
雫は最後まで上機嫌で平らげる事となった。
 ほぼ同時に、海人も天ぷらを平らげる。

「御馳走様。しかし雫、君はそんなにしっかり食べて大丈夫なのか?」

「御心配なく。毎朝の鍛錬で体力消耗しまくってますから、まだまだ余裕で食べられます。
もし今日のお姉ちゃんのお昼ご飯が真っ当な物であっても」

 雫の言葉に、海人は思わず唸ってしまう。 

 今日の昼食の担当は、刹那だ。
 と言っても、最近は努力の甲斐あって料理の腕は向上している。
 飛び上がるほど美味いわけではないが、味覚の鋭い海人からも苦情は出ない程度に。

 ではなぜ唸ったかといえば、今朝の海人の迂闊な発言に起因する。
 そういえばこの世界の山菜や野草の類はあまり食べた事がないな、という発言に。

 その言葉に反応した刹那が、では昼食用に取ってきますと止める間もなく裏の森へ駆け出して行ったのだ。 

「……雫、毒物の比率はどれぐらいだと思う?」

「4割ってとこじゃないですか?」

「いや、刹那も色々勉強したし、3割ぐらいでおさまるんじゃないか?」 

「常識的には、ですね。でもお姉ちゃんですからねぇ……」

 主従揃って、深々と溜息を吐く。

 以前に比べれば、刹那の知識は増えた。
 海人が教えた毒草については、ほぼ完全に覚えている。
 そしてその毒草の種類自体多いので、そうそう毒物を摘んでくることはありえない。
 普通なら。

 だが、採取するのは刹那。
 食用の植物を探すと高確率で毒物を引き当てるという、はた迷惑な特技を持つ彼女なのだ。
 いかなる天運か、その特技は時にその地域に生息していないはずの毒草まで探し当てる。
 
 知識が増えたからと楽観できるほど、生温い相手ではないのだ。

「……まあ、毒物は排除すればいいだけだから実害はないか」

「そうですね。海人さんなら見分けられますし」

 あっはっは、と二人揃って朗らかに笑いあう。
 
 ――――この後、二人は刹那を侮っていた事を思い知る。

 海人の教育の甲斐あって、刹那はしっかりと習った毒物は避けたのだ。
 それでいて食べられる物もちゃんと集め、とここまでは問題なかった。   

 が、なんだか分からないが一応海人に確認してもらおう、と摘んできた物の数々。

 海人の知識にすらなかったそれらは、例外なく猛毒であり―――総量の実に8割を占めていたという。
  



   
 
 番外編164






 雫は思う。武の道とは険しいものだと。

 毎日毎日鍛錬を繰り返し、それでやっとこ力が伸びる。
 その鍛錬も、同じ内容を惰性で続けているだけでは力は伸びない。
 適度に内容を変化させ、それに慣れ始めた頃合で再び変える必要がある。
 それでいて一日サボるだけでも衰え、それを取り戻すのに三倍もの時間はかかるのだ。
 
 全ての人間に共通するであろう事柄だけでも、これ。 
 実際にはこれに指導者や才能の違いが加わる為、個々の伸びは違ってくる。

(……あたしは幸運なんだよねぇ)

 空高く打ち上げられる女性を眺めながら、そんな感想を抱く。

 雫の指導者は、主に姉である刹那。
 かつては母に小太刀二刀を習っていたが、彼女の技術全てを継承してからはそうなっている。
 得物が違う為理想的とは言い難いが、それでも雫よりはるか高みにいる武人なので、得るものは多い。
 妹が泣き叫んでも手を止めない鬼だが、手加減は上手いので上々の指導者と言えるだろう。
 
 そして雫の武才は、一般的には天賦と呼ばれる域だ。
 姉がさらに上をいく天才なので目立たなかったが、それでも幼い頃同年代に敵はなかった。
 最近では多種多様な高レベルの武人との交流が増えた為、それを存分に伸ばしている。

 最近では悪癖も落ち着いている為、その気になればどの国でも高待遇で士官できるだろう。
 もっとも、今の居場所が心地良すぎる為そんな気は毛頭ないが。  
 
(……うん、幸運だ。間違いなく超幸運だ。だからこれから不運が起きるなんてありえない。
今までのツケがまとめてふりかかってくるとか、そんな馬鹿な話あるわけがない)

 うんうんと頷き、雫はゆっくりと立ち上がる。
 自分とは違い、不運な女性が今度は壁に叩きつけられる音を聞きながら。

「どこへ行く、雫」
 
 歩き出そうとした妹の肩を掴み、刹那が止める。
 
「あっはっは、ちょっとお花を摘みにいくだけだよ」

「ならば拙者も付き合おう」

「いやー、お姉ちゃんと一緒に行くのはちょっと恥ずかしいかなー」

「どんな口実をつけようと勝手だが―――逃がすと思うか?」

「いやあああああああっ! 帰るぅぅぅぅっ! おうち帰るぅぅぅぅっ!」

 凄味のある姉の笑顔を見て、雫は思いっきり暴れ始めた。
 この場から一刻も早く離れたいが、姉の指が肩に食い込んで逃げられないのだ。
 
「馬鹿な事を。お前が言ったんだろう? 他ならもっと穏やかな鍛錬のはずだと」

「悪かったから! あたしが悪かったから許してぇぇぇぇっ!」

 自分の発言を心底後悔しながら、雫は叫んだ。

 事の発端は、昨日の朝食後。
 いつにもまして厳しかった生かさず殺さずの鍛錬を雫が愚痴った事だ。
 他ならもっと穏やかな鍛錬のはずだ、と。

 これが、前日夜なべして妹用の鍛錬メニューを考えていた刹那の怒りに触れた。
 ならば他を一度体験してみるがいい、と。

 そうして刹那が出かけて話をつけてきたのが――――シェリスの屋敷。
 
 まあ、当然の事だ。
 刹那の人脈などたかが知れている。
 まして雫に鍛錬をつけられる人間がいる場所となれば、ここ以外にはありえない。

 とはいえ、雫は当初楽観していた。
 地獄のメニューとは聞いているが、姉のそれと大差はあるまいと。

 そしてその認識は、決して間違ってはいなかった―――普段であれば。
   
 今日は、月に一度のローラとの組手が行われる日だった。
 慢心を戒め高みを知るという目的で行われるそれは、まさに地獄。
 生かさず殺さずどころか、生かされず殺してもらえずとでも言うべき蹂躙。

 抗わねば立っている事すら叶わないが、抗っても長く立っている事は出来ない。
 防御は全て容易く貫かれ、回避はそもそも不可能、ならばと攻撃しても無為に終わる。
 手が止まる事はほぼなく、それでいて意識は失えず激痛をひたすらに味わい続けるという、この世の地獄。
 
 そこに、雫は放り込まれる事になったのだ。

 ひょっとしたら話程ではないかもしれない、と一縷の望みを託して観戦していたが、
そこで繰り広げられたのは言葉では言い表せない圧倒的蹂躙。
 姉の指導が赤子の躾に思えてくる程、苛烈で容赦がなかった。
 
 あんなものを体験するなど、冗談ではない。
 そう思っての抵抗だったのだが、それも潰えた。 

「なるほど……昨日伺った通り、シズク様はいささか精神的に脆いようですね」

「……あ、あの、シャロンさんは……?」

 いつの間にか背後に立っていたローラを、雫はプルプルと震えながら振り返った。
 いつもと変わらぬ美しい無表情だが、それが恐怖をさらに強める。

「先程までと同じように、あそこに転がしております」   
 
 そう言ってローラが指差した先には、ぐったりとして動かない彼女の部下達の姿。

 数百では足りないほどの打撃を受けたにもかかわらず、なぜか打撲痕はない。
 服も乱れ汚れてはいるが破れはなく、あれだけの蹂躙の後としては綺麗なものだ。
 白目をむいて泡を吹いて痙攣してさえいなければ、遊び疲れて寝ているようにも見えたかもしれない。

 それを見た雫はすぐさま姉を引きずりながら逃げるつもりで駆けだし、

「逃げようという反応自体は悪くありませんが、体力の無駄です」 

 すかさず回り込んだローラに、足を払われ引き倒された。

「ではローラ殿、よろしくお願いいたします。容赦は不要ですので」

「承知いたしました」

「――――ええいっ! こうなりゃ自棄だ! やられる前にやってやるっ!」

「その思い切りの良さは部下にも見習わせたいところですね―――では、存分に抵抗なさってください」

 優雅に礼をすると、ローラは襲い掛かってきた雫の腕を掴み、地面に叩きつけた。

 ――――この日、雫は痛い程痛感する事となる。

 刹那の鍛錬がどれほど慈愛に満ち、緩いものであったのか。
 厳しく鬼のようではあっても、人道的ではあったのだと。
 月一で地獄巡りを強制される人々の事を考えれば、文句を言っては罰が当たる。 

 それを思い知り、以後は刹那の鍛錬に文句を言う頻度がかなり減ったという。 
 
  

 
  


 番外編165






 ゼオード・グラウクスは、しばしば偉人と称される。

 武において彼に勝る者はなく、知においても軍師いらず。
 その能力は戦場においていかんなく発揮され、初陣からこれまで常勝不敗。
 ひとたび彼が戦場に赴けば味方には至上の安堵を、敵にはどん底の絶望を与えるという。

 それでありながら、人格は清廉そのもの。
 敵であろうと無闇に命は奪わず、むしろ戦い終われば手を差し伸べる。
 弱き者を虐げる者あれば味方であろうとその武で誅し、道を正す。
 通常人の噂は善悪入り乱れるが、彼に関しては悪の噂が全て事実無根であるがゆえに出た端から消えていく。
 あまりに清廉すぎる人格ゆえか、側によるだけで悪人はたちどころに改心し、正しき道に戻るという。
 
 彼こそまさしくナーテアの申し子。
 苦しみ多きこの地上に遣わされた人類の希望。
 ナーテアが降臨するその日まで人々を守り続ける、永劫の戦士。
 ナーテアに与えられし使命を全うする為、全ての欲を切り捨てた世界の奉仕者。

 ―――――そんな噂に、ゼオードは頭を抱えていた。

(過大評価が過ぎるし、明らかにおかしい話が混ざりすぎてるでしょ!?)

 自室で一人悶え苦しむゼオード。

 確かにナーテア教徒として、なるべく清廉であろうとは心がけている。
 恥じる所あれば人助けにも迷いが生じるし、そこが弱みになりかねない。
 だから裏表なく日々人助けに邁進し、誰に馬鹿と言われようとひたすら突き進んでいるのだ。
 人々の笑顔が好きなのは事実なので、偽善者と言われようと気にもならない。 
 
 ――――が、清廉であろうとしているだけで、清廉というわけではない。

 鍛錬直後は腹が減るので、つまみ食いの常習犯。
 書類仕事が増えすぎて辛くなったら悲鳴を上げる部下達にプレゼント。
 仕事で狩った中位ドラゴンの鱗をちょろまかしたりもしている。

 つまみ食いは皆への差し入れを食堂に持っていき、そのドサクサ紛れにバレない程度の少量、
書類押し付けは彼らの将来の為と詭弁を弄し、鱗のちょろまかしはわざとかすり傷を負ってこの記憶を忘れぬ戒めにする為
として堂々と行うなどで全てごまかしているが、あくまでもごまかしているだけだ。

 堂々としていれば意外に悪事もバレないものだなぁ、とゼオードは他人事のように思っていた。

(そもそも全ての欲を切り捨てたってなにさ!? 僕程欲に塗れた人間いないよ!?
部下の綺麗どころとかつい目が行きそうになるし、ってか胸大きい子だと一瞬行っちゃうし!
槍術の腕が悪かったらとっくに女性団員から袋叩きだよ僕!?)

 一番現実から遠い噂に、身悶えする。

 当然だが、ゼオードにも欲望はあった。
 金や権力にはさしたる興味はないが、美女は大好きなのだ。
 神官戦士団の制服が意外にボディラインを際立たせるため、日々戦いなのである。
 長年取り繕っている甲斐あって鋭い女性にも易々と視線を見破られはしないが、巨乳の美女は危険だ。
 教練中についつい視線が吸い寄せられ、固定されそうになる。

 バレそうになった時は真面目くさった顔で脇の締め方や動きの制御が甘い事を指摘してごまかしているだけだ。
 正直取り繕い方としては雑だとは思うのだが、不思議とこれまでバレた事がない。
 ゼオードがこれまで積み上げてきた実績と指摘の正しさによって、相手が自分の勘違いだと思ってくれるのだ。

(多分告白全部蹴ってるせいなんだろうけど……僕だって綺麗な女性と付き合いたいよ。
メルとシリルの事考えたら、とても今は誰とも付き合えないってだけで)  
 
 はあ、と溜息を吐く。

 セオードとて人並みに恋をしたいという思いはあるが、今は出来ない。
 最愛の妹二人。あの二人が本来あるべき姿になるまでは、恋にうつつは抜かせない。

 全ての元凶は、両親。
 家名を、そして己の名誉を高める事にしか関心のない二人は、控えめに言っても親失格。
 メルヴィナの時の教育は酷かったし、ゼオードも五歳で足を折られている。
 あんな人間に妹の教育を任せるなど、できるはずがない。
 
 しかしゼオードが優秀だった事、そして彼に教育されたメルヴィナがそれには及ばなかったせいで、
二人は自分の教育法に自信を持ってしまった。
 
 それによる害を防ぐ為シリルの教育はメルヴィナが厳しい鞭役を、
ゼオードが甘い飴役を担う事になったのだが、そのせいでゼオードの妹二人の仲はあまり好ましくない状況になっている。

(……メルが一番シリルに愛情かけてるのになぁ)

 不器用な妹を思い、嘆く。

 シリルにとっては鬼のような姉だろうが、ゼオードから見ればメルヴィナの愛情は凄まじい。
 この間ゼオードへの誕生日プレゼントの花を取りに行った時など、誰もシリルの居場所の見当がつかなかった中、
一人魔物が跋扈する山中に突撃し、見事見つけ出していた。 
 聞けば、一週間ほど前にシリルが兄への誕生日プレゼントに悩みながら花を調べていた事を思い出し、
希少性諸々考えれば該当箇所はそこしかないと突撃していったらしい。
 強化訓練明けで疲労困憊だったはずだというのに。

 そこで叱りつつも無事でよかったと抱きしめてやれるような人間ならよかったのだが、
メルヴィナは無言で拳骨を叩きこみ、すでにボロボロだった妹をひたすらに叱り飛ばしただけだったという。
 しかもその後普段と何ら変わりなく兄の誕生祝をして自室に戻り、鍵をかけてぶっ倒れたのだから意地っ張りここに極まれりだ。

 一事が万事この調子だから、シリルはすっかり姉が怖いものだと思っている。
 実際は、この世で一番彼女を愛し守ろうとしている人間だというのに。

(……まあ、無意識には気付いてるんだろうけど) 
 
 山から帰ってきた二人の姿を思い出し、苦笑する。

 槍を片手に帰ってきた二人の手は、しっかりと繋がれていた。
 それもぶら下げられているメルヴィナの手を、シリルが握る形で。
 怖くても守ってくれる人だと、無意識では勘づいているのだろう。

 いずれはきっと、二人はあるべき姿になるはずだ。
 シリルに、あの両親の理不尽を弾き返す力がついた暁には、必ず。 

(とはいえ、それを座して待つだけでは兄の名が廃る、と)

 ベッドから起き上がり、ゼオードはクローゼットに向かった。
 そしてクローゼットを持ち上げると、その下に隠していた箱を取り出す。

「……まだ、足りないよなぁ」

 箱の中身を見て、溜息を吐く。

 そこには、これまでくすねたドラゴンの鱗がぎっしりと詰められている。
 下位ドラゴンの物が大半だが、中には中位、一枚だけだが上位の物も収められていた。
 この箱一つ売り飛ばせば相当な大金が入ってくるが、それでもゼオードの目標には足りない。

 ――――妹二人をこのイナテアから逃れさせ、生活させる為の資金には。

 ゼオードとは違い、妹二人はナーテア教を信じていなかった。
 どちらも、イナテアで普通に生きていくための方便として信仰しているだけ。
 ならば、無理にここにいる必要はない。
 
 近年のナーテア教の腐敗は、目に余る。

 ナーテア教の権力を握る教皇や枢機卿は、実質世襲だ。
 枢機卿の中から教皇が選ばれるが、その枢機卿がほぼ世襲なのだから誰が選ばれても予定調和でしかない。
 それでも地位に相応しい人物ならば問題ないのだが、ここ数十年の状況を見る限り絶対に違う。
 彼らに逆らった者に背神者の烙印を押して始末するなんて非道も、ざらに聞くのだ。
    
 ゼオードはこの状況をなんとかしようと色々試みているが、どれも芳しくない。
 教皇や枢機卿の地位が生まれて久しいが、その間にすっかり定着してしまい、
信徒の多くが彼らに逆らう事はナーテアに背く事と勘違いしている。
 全ての信徒は等しくナーテアの愛し子であり、そこに優劣はないというのに。
 
 皮肉にもゼオードの評判が上がる事でゆくゆくは彼を枢機卿、教皇にという声も生まれ始め、
突破口らしきものが出来つつあるが、実現するのは至難の業だし、できたとしても時間がかかる。

 そんな宗教団体の総本山で暮らすなど、良い事ではない。
 町の人々は良い人ばかりだが、それでも教皇達の影響は大きい。
 彼らが誰かを背神者と決めつければ、考えもせず石を投げそうなほどに。
 しかもこれからしばらくは悪化していく事が確実なのだ。
 
 ならばいっそ、早々に二人をこのイナテアから逃がすべき。
 メルヴィナは既に神官戦士団で頭角を現し始めているし、シリルの槍術の才はゼオードすら凌駕する。
 あの両親が本格的に利用しようと考え始めたら、相当面倒な事になってしまう。

 とはいえ、二人ともイナテアでの生活が染みついている為、外で生活を成り立たせるのは難しい。
 幼いシリルは勿論メルヴィナも神官戦士団で給料をもらっているので、金の稼ぎ方には疎いのだ。
 
 だからこそ、資金として十分な額を手渡してやりたいのだが――――足りない。

 一年二年で食い潰せる額では、安心できない。
 最低で五年、欲を言えば十年分は欲しいところだ。
 二人なら一年もあれば収入を安定させるだろうが、それでも不測の事態というものがある。
 病になるかもしれない、何かの事故で手足を失うかもしれない、寝たきりになるかもしれない。
 あらゆる事態を想定し、それに備えられるだけの金額なくしては、安心して妹達を送り出せないのだ。

(……そうだな、あと二年ちょい……うん、それぐらいあればなんとかなる。
ちょろまかす機会増やす為に出撃の機会も増やす必要があるけど……)

 これまでの貯蓄ペースから計算し、ゼオードはそう見積もる。

 あと二年と少し、それだけあればきっと妹達を逃がせると。
 二人が名を変え、逃亡できるようにする為の手配は、いつでもできる状態にしてある。
 後は資金さえ溜めれば問題ない、と。

「……ナーテア様。どうかメルとシリルを、僕の妹達をお守りください」

 見え始めた二人の妹との別れを思いながら、ゼオードは神に祈る。
 どうかこれからの二人に幸あれかし、と。

 ―――――二年後、自分に訪れる未来など知る由もなく。


     
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