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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄3
 寒々しく空が曇り、朝だというのに部屋に日差しも差し込んでいなかった。
 普段なら外から微妙にうるさい鳥の声が聞こえてくるのだが、今日は聞こえてこない。
 なんとも寂しい風景ではあるが、ある意味静寂に守られた安らかな朝ともいえる。

「おっはよ~っ!!」

 そんな静寂などお構い無しとばかりに、バタンと大きな音を立てて、ルミナスは海人の部屋に乱入した。
 時刻はまだ早朝だったが、彼女は気持ち良さそうに寝ていた海人を激しく揺り起こす。

「んむ……もう朝か……おはよう」

 海人はムクリと起き上がって欠伸をこらえながら返事を返す。
 まだ眠気が覚めきってはいないのか目をゴシゴシと擦っている。

 彼は寝巻きが無かったためシャツを着たまま眠っていたのだが、服に見苦しい皺ができていない。
 アイロンをかけたばかりの如くパリッと、とまではいかないものの、着たまま寝たとはとても思えない。

 このシャツも彼の発明品で、以前徹夜明けに人前に出なければならなくなった時に思いついて開発した物だ。
 よほどグッチャグチャに折り畳みでもしない限りは皺が残らないトンデモ発明品である。

「ほらほら早く起きなさいって。今日は魔力判別所行くんでしょ?」
「ああ、そうだが……少し待ってくれ」

 海人は布団を引っぺがそうとするルミナスに対して静かに抵抗する。
 上半身だけはしっかり起き上がっていることからすると、二度寝したいというわけではなさそうだが、
 その抵抗は静かでありながらも非常に強固だった。

 まるで今起きたら命に関わるとでも言わんばかりに。

「なんでよ?」

「……そこの椅子にかけてある物を見てもらえれば分かると思うんだが」

「椅子? あっ!? あははっ、し、失礼しました~、は、早く着替えてね……?」

 指で示された方向に目をやり、ルミナスは頬を軽く染めながら慌てる。
 そしてごまかすように笑い、赤い顔のまま静かに部屋を出て行った。

 それを見届け、海人はベッドから出て椅子にかけてあったスラックスを履いた。

 そのまま白衣を羽織って部屋の外に出ると、ルミナスが頬をまだ紅潮させたまま待っていた。
 傭兵という職業のイメージとは裏腹に、意外に彼女は純情なようだ。

「わ、悪かったわね。でも今日はちょっと急ぎたいから、すぐに行くわよ。
朝食はこれ。ハムとチーズのサンドイッチ作ったから、行く途中で食べてちょうだい。
あと、水はここで飲んでって」

「わかった」

 ルミナスからサンドイッチと水の入ったグラスを受け取り、リビングに向かいながら水を咽ない程度に急いで飲む。
 外に出る前に台所の流しにグラスを置き、先に外に出て待っているルミナスの元に急ぐ。

「待たせたな。時間は大丈夫か?」

「そこまで神経質にならなくても大丈夫よ。そんじゃ、行くわよ」

 ルミナスは海人の脇を抱えながら地面を蹴り、その黒い翼で空へ舞い上がった。

 正面から時折吹いてくる心地よい風に目を細めながら、空を滑るように飛んでいく。
 稀に旋回したり高度を変えたりと、海人を抱えながらでも存分に空の散歩を楽しんでいるようだ。

 抱えられている海人としては、自分の命綱が脇を抱えている2本の腕のみという状況で、急な動きの変化があると落ち着かないのだが、まさか背中に乗るわけにもいかず、さりとて楽しそうなルミナスの邪魔をするのも気が引けた。
 仕方なく目を閉じて下を見ないようにすることで、空にいるという恐怖感を薄れさせていたが、
急な動きの変化による一瞬の浮遊感などの恐怖はその分増大した。

 ――――当然、ルミナスがわざわざ作ってくれたサンドイッチを食べる余裕などない。

「あれ? カイト、食べないの?」

 手を付けられていないサンドイッチに気付いたルミナスが、不思議そうに問いかける。
 彼女に悪気は一切ない。むしろ彼を心配する善意に満ち溢れている。

「……いや、慣れていないので空の上というのは落ち着かなくてな」

 心配しているルミナスに、彼女の行動のせいで食べる余裕がないなどとはさすがに言えなかった。
 それに、仮にも恩人が楽しんでいるのに、それを邪魔するというのは彼の主義に反する。
 弱音を吐きたいのをこらえ、この時間が早く終わる事を祈りながらただひたすらに耐え続けた。

 結局その後一時間以上にわたって、彼は悲鳴をこらえるために全精力を注ぎ込んだ。











 魔力判別所フォレスティア西支局。

 魔力判別所は魔力分析協会という組織が運営しているもので、大概の国には最低一都市に一箇所は存在する。
 かなり儲かっている組織なので、他の支部の大半の建物はそこそこ綺麗な外観を保っているが、ここはかなりぼろっちい。
 三階建ての木造建築だが、白く塗られた外壁の木材は一部剥がれ落ち、建物全体が今日の強風に煽られてギシギシと悲鳴を上げている。
 しかも入り口へと続く階段の途中には踏み抜かれてしまった跡があり、大きな穴が開いている箇所がいくつかある。
 嫌がらせで左遷するのであれば、これ以上最適な場所はないのではないかと思えるほどにボロい外観だった。

「はい、魔力判別所にとうちゃ~~く♪」

「よ……ようやく着いたか……」

 楽しそうに目の前の肝試しに使えそうな建物を紹介するルミナスとは対照的に、海人は消耗しきっていた。
 肉体的にはそれほど疲れていないが、生身でパラシュート無しで一時間以上空を飛ぶというのは精神的にきつい。
 もしも抱えている彼女の手が滑って、落っこちでもしたらと思うと生きた心地がしなかった。

「はいはい、さっさと行くわよ」

「いや、そんな引きずらんでも立てるんだがっ!?」

 海人は白衣の襟首を捕まえて引きずっていくルミナスに抗議の声を上げる。
 長く頑丈すぎる白衣のおかげで一本しかないスラックスがボロボロになることは避けられたが、痛いことには変わりが無い。

「立てるまで待つの面倒だもん」

 ルミナスは抗議の声を気にするでもなく、そのまま入り口へと入っていく。

 判別所の内部は外観とは裏腹に、比較的綺麗な状態だ。
 古びてはいるし良い材料を使っている様子も無いが、目立つ所は丁寧に補修されており、
ソファーや机の配置などで巧みに醜い部分を隠してある。
 外観を修理しないのは何か深い理由があるのではないかと思わせるほどの手の込みようだ。

「いらっしゃいませ。魔力判別所へようこそ」

 二人が入ってきた事に気がついた若い女性が立ち上がり、笑顔で声をかけてきた。
 女性は些細な仕草一つとっても相当な気品を感じさせ、この建物の古びたちゃちな内装とはとてもそぐわない。
 よく手入れされた日当たりの良い庭で侍女をはべらせながら紅茶でも飲んでいる方が自然だと思わせる雰囲気を纏っている。
 言い方は悪いが、まさに掃き溜めに鶴である。

「って……あら、ルミナスさんでしたか」

「なによ、なんか文句あるの?」

「いえ、ありませんけど。たまには違う顔も見たいって思うだけですよ。
それでその引きずっている方は?」

「うちの居候になった、カイトよ」

「初めまして、シェリス・テオドシア・フォルンと申します」

 シェリスは海人に向かってにこやかに微笑んだ。

 彼女の容姿は軽いウェーブのかかった長く輝くような金髪に加え、
全体的に細身ながら体型も芸術的にバランスが取れていて非常に美しい。
 さらに愛らしいとさえいえる、ややおっとりとした顔立ちが見る者を和ませる。
 服装も少々シンプルながらも気品があり、良い生地を使っていると容易に想像できる。

 まさに男にとって理想的な深窓の令嬢というべき女性である。

「初めまして、天地 海人と申します」

 が、海人は大して気にも留めず、どもることもなく普通に挨拶を返した。
 横ではルミナスが少し呆れている。

「あら、ルミナスさんが名字で人を呼ぶなんて珍しいですね?」

「ああ、こいつカイトが名前なんだってさ。
言い忘れてたけど、この国じゃその名乗り方やめといた方がいいわよ」

「ん? なぜだ?」

「家名を先に名乗って、後に自分の名前ってのは自分に自信がないってみなされるのよ。
自分の名より家の名の方が価値が高いと思ってるから先に家名を名乗るんだ、ってね。
私は他の国の習俗も多少知ってるから、そうとは限らないと思ってるけど……」

 ま、この国の大半の連中には嘗められるからやめといた方が賢明よ、と付け加えてルミナスは言葉を切った。

「……なるほど。そう思われては不愉快極まりないな。
では改めまして……海人 天地と申します。以後よろしく、シェリス嬢」

「あ、はいこちらこそよろしくお願いします」

恭しく一礼する海人に、シェリスは洗練されたお辞儀で応えた。

「それじゃシェリス、今日はこいつの属性調査と魔力量測定、それに私の魔力量測定頼むわ」

 ルミナスは財布から10000ルン紙幣を取り出し、手渡した。
 丁寧にそれを受け取ったシェリスから返ってきたお釣りは、お札はピン札、小銭も汚れが見当たらない物だった。

「相変わらずしっかりしてるわね。こんなとこに来る客がいちいち気にするわけないと思うんだけど?」

「お客様が気になさるかどうかではなく、こちら側の心構えの問題なんですよ。
こうやって細かいところで気をつけていれば、自然手落ちも少なくなりますから。
では、測定室へご案内いたします」

 シェリスは笑顔のままルミナスに答えると、二人を二階の個室へと案内していった。









 海人達が案内された測定室は質素といえば質素な場所だった。
 測定に使われる機材以外は木製の机が二つと椅子が四つあるだけで、飾り気がない。
 貧相ではないが、殺風景な部屋だった。

「それではカイトさん、そこに立って魔力を出してください」

 海人は軽く頷くと指示された場所に立ち、魔力を出す。
 昨夜覚えたばかりにもかかわらず、ほとんど淀みない動作だ。

「はい、それでは始めますね……なに、この色? しかも他の色がない……?」

 シェリスが映写機のような機械越しに海人の魔力の色を見て軽く首をかしげた。
 彼女に見えている色は輝くような純白。他の色は塵ほども見当たらない。

 通常、魔力の属性を示す色は六色の色が現れ、その分量の多寡が僅かずつではあるが常に変化している。
 得意属性というのはその中で最も強く現れている色の属性のことなのだ。
 例外として何色か欠ける事が稀にあるが、それも最大三色までである。
 なにより六色の中に純白は含まれておらず、その六色はどう混ざっても白に見える事はない。

「すみません、測り直してみますね……あら、変わらない?」

 シェリスは機械の間違いを疑い、カチャカチャといじってからやり直すが変化はなかった。
 不可思議な現象に首を傾げ、もう一度機材を調べるが特に異常は見当たらない。

 一番の要である魔力の属性色を見ることの出来る数枚のレンズにはなんら異常はなく、各レンズの間の隙間にも汚れ一つない。
 レンズに罅が入っていると見える色がおかしくなったりする事があるのだが、この様子ではその可能性は低そうだ。

「ん~……ルミナスさんの属性を調べさせていただけますか? 故障の可能性があるので……」

「いいわよ」

 ルミナスの了承を得て彼女の魔力の色を見ると、様々な色が混ざり合い、混沌とした魔力の色が見えた。
 一番多く出ているのは緑系の色―――風の属性色で、以前測ったルミナスの得意属性と一致する。
 その他の色も通常の属性色だった。

「正常ではあるみたいですね。あと可能性として考えられるのは……!? まさか……いえ、確かめるべきですね。
申し訳ありません、少し心当たりがありますので、失礼させていただきます。すぐに戻りますので」

ふと、極めて低確率の可能性に思い当たったシェリスは、海人たちに断りを入れ、廊下を駆けて行った。










 しばらくして、息を切らせながらシェリスが巨大な本と大きな分厚い封筒をいくつか抱えて戻ってきた。

 本は閉じた状態でも枕ほどのサイズの本で、皮製の背表紙が薄汚れて擦り切れている。
 それだけでなく、変色した紙の色や毛羽立ちから判断しても、相当に古い本だと推測できる。

 封筒の大きさも全て本と同じぐらいのサイズであり、封筒に入れるより紐で縛っておいた方が良さそうなほどに分厚かった。
 本と同じく古びているがこちらの方がより古そうで、封筒のあちこちに破れがあり、いつ中身がこぼれてもおかしくない有様である。

 それら全てを机の上に置き、シェリスは深々と海人に頭を下げた。

「すいません、お待たせしました。さて『城塞王』の記述は……っと」

「シェリス。『城塞王』ってことは、まさか……」

 シェリスの呟きを聞き、退屈そうにしていたルミナスの顔が一気に引き締まった。
 『城塞王』とはこの近隣諸国の歴史を語る上で、外せない人物だ。
 その彼を語る上で欠かせないのが、彼が使ったとされる魔法である。
 当時の世界情勢すら左右したその魔法は、もし現代に甦れば良くも悪くも世界に多大な影響が出る。
 可能性とはいえ、のんびりと聞き流せる話ではなかった。

「はい。故障でない以上、可能性は十分あります。
それに、たしか以前この文献を読んだときに見た記述に……あ、ここですね。
『その属性色は見紛いようもなき単一色。それは一切の曇りなき純白……』
やはり合致しました……ね。おそらくカイトさんの属性は《創造》です」

シェリスの重々しい言葉に、ルミナスが息を呑んだ。
そんな彼女の深刻な面持ちを眺めながら、海人がシェリスに確認する。

「念の為聞くが……何かの間違いという可能性は?」

「測りなおしてもまったく同じ結果が出ていますから、間違いではないと思います。
あなたは数百年に一度の稀少極まりない人間だと言うことでしょう。
しかし普通は子供の時の属性調査で判明しているはずなのですが……」

 シェリスは訝しげに海人を見た。

 彼女の知る限りでは、今まで後天的に魔力の属性が特殊属性に変化したという記録は存在しない。
 だが《創造》属性の魔力を持つ者が現れたという話も聞いたことがなかったのだ。

 そしてこの世界では一般的にどこの国でも子供の内に1回は魔力測定を受ける。
 協会の方針で8歳までの子供は魔力測定も属性調査も無料という事になっているので、例え孤児であっても大概の場合は受けている。

 受けていないとすれば本当に人里どころか人界から離れた僻地に住んでいたか、
戦災孤児で生き抜く事に専念するうちに、今の年齢になってしまったかぐらいである。
 どちらも海人の雰囲気や立ち居振る舞いからしてありそうにない。

「自慢ではないが、今まで私は魔法とは無縁な所にいたのでな。魔力測定など今回が初めてだ」

「……どんなド田舎に住んでいたんですか?」

「まあ気にしないでくれ。で、その伝説の魔法とやらは具体的に何が出来るんだ?」

「あ、はい。《創造》属性の魔法は一度見た物を作り出す魔法と言われています。
先程言った《城塞王》などは自分の城塞をいくつもコピーし、一日で10の城塞を築いたそうです。
他にも限りなく武具や食料を作り出し、自軍に無限の補給を行ったとも言われていますね」

「要は一度見さえすれば、魔力の続く限り、いくらでも物を作り出せるということか!?」

 海人は思わず興奮して目を輝かせた。

 シェリスの言を信じるならば創造魔法を覚えれば、彼が今まで見た事のある物が全て作成できるということになる。
 彼の研究室においてあった道具全て、屋敷にあったもの全て、それらが労なく手に入るのだ。
 住む場所さえ確保できれば、発明品なり開発品なりを使って自分の身はほぼ確実に守れる。

 金を稼ぐことも一気に楽になる。
 道具を作らずとも食料を作れば食費は要らず、しかもそれを売るだけでも間違いなく利益になる。
 今まで培った知識がほとんど役に立たないと思っていた彼にとって、この話はまさに天恵であった。

「そうなりますね。少なくとも飢え死にの心配だけはなくなります」

「素晴らし……いや、待て。そんな数百年に一度などというドマイナーな魔法の術式が現存してるのか?」

 ここで海人はふと冷静になる。
 数百年間で一人だけ存在したらしい人間が使っていた魔法の術式など残っているものか、と。
 が、とりあえず彼の心配は杞憂であった。
 
「はい。この紙の束に魔法の概要を含めて記載されています。記されている術式は全部で三つです。
閲覧許可は取っておきますので、暇を見て覚えに来ればよろしいかと」

 シェリスは本と一緒に持ってきた全ての分厚い封筒から大量の紙の束を取り出して渡した。
 一つ一つの束の厚さ自体は相当なものだが、よく見ると十数枚折り畳んだ紙が混ざっているため、
 記されている内容自体は見た目ほど大量ではなさそうに見える。

「気持ちはありがたいが、術式三つしか載っていないなら……?」

 一つ目の術式が記された紙を開き、海人は眼を見張った。

 たしかに渡された物には合計三つしか術式が記載されていない。
 しかも各魔法の効果の違いは最大でどの程度の大きさの物を作り出せるかのみ。
 そのうえ術式が記された紙とは別の紙に書いてある創造魔法についての説明によれば、一番簡単な術式でも大きな本棚サイズの体積の物が作り出せるし、一番複雑な術式だと大規模な城が作り出せてしまう。

 これならそもそも全ての術式を覚える必要はないともいえる。
 だが、一点だけかなり致命的な問題があった。

「たしかにそうですが、その術式は非常に複雑です。いくらなんでもこの場で覚えるのは不可能だと思いますよ?」

 シェリスの言うとおり、ここに描かれている創造魔法の術式は非常に複雑である。
 簡単な術式でも大きめの枕ほどのサイズの紙にぎっしりと図形、文字、数字などが所狭しと描かれている。
 複雑な物だと書かれている紙が何十枚かに分割されており、全て繋げるとキングサイズのベッド三つ分程の大きさになる。
 しかも同じように術式がびっしりと描かれているという、覚えることが可能なのかどうか本気で怪しいシロモノである。

「こんなもん覚えきれるわけないじゃない!」

 全ての紙を横から覗き込んでいたルミナスが思わず叫ぶ。 

 創造魔法の術式は彼女が今まで見た中で一番複雑……というか一番ぶっ飛んでいた。
 描かれている中で一番簡単な術式でさえ、他の上位魔法級かそれ以上に精密、下手をすれば最上位級の構成。
 難しい術式にいたっては、最上位魔法何個分だか考える気にもならないほど、巨大かつ複雑精緻だった。 
 見ているだけで頭痛や吐き気すら誘発するその術式から、ルミナスは嫌そうに顔を背けてしまう。

 そんな彼女を尻目に海人はひたすらに紙に目を通していた。

「世界を構成する全元素に命ず」

 何度か全ての紙に目を通し終わると、ゆっくりと目を閉じて魔法の詠唱を始める。
 それと共に彼の体を純白の光が覆う。
 そして彼は前にルミナスに説明されたとおり、術式の図を頭の中に作成し、その中に魔力を流し込んでいくイメージを作る。
 そのイメージが鮮明になるにつれ、彼の体を覆う白い魔力の輝きが強くなり始めた。

「我が意に応え我が望みを顕現せよ! 《クリエイション》!!」

 海人が詠唱を終えた瞬間、纏っていた魔力の光は消え、空中から白衣が突如出現した。
 それを床に落ちる前に掴むと、海人は着ている白衣を脱ぎ、慣れた動きで魔法で作成した白衣を羽織った。

「……ふむ、とりあえずは成功か? 肌触りにも違いはなさそうだが……少なくとも私の属性が《創造》というのは確定か」

 呆然としている二人に構うことなく、着ていた物と違いが無いかを確認する。
 丈、色、着心地その他諸々先程まで着ていた物と区別が付かないことに、満足そうに頷いた。

「あんたもう覚えたの!? っていうかあんなもんホントに覚えたの!?」

「一番簡単な物だけだがな。他の物はさすがにじっくり覚えていかんと無理だ。
しかし、こうも手軽に物が作れるなら大概の望みは叶ってしまうな」

「……念の為言っとくけど、私の複製作ってエッチな事とかしないでよ?」

「いや、やろうとしてもそれは不可能らしい」

ジト目で睨むルミナスに、海人は軽く肩を竦めてあっさりと答えた。

「へっ? 不可能?」

「ああ。ほれ、この一番簡単な術式の紙の裏に、いくつか注意書きがあるだろう。
その中の一つに《創造魔法は非生命体ならばほぼ例外なく作成できるが、生命体は植物以外作成できない》と書いてある、ここだ」

そう言って海人は紙の一箇所を指差してルミナスに見せる。

「あ、ほんとだ」

「大体、仮に出来たとしても魔法を使うなぞ私の美学に反する。
身も心も美しい女性と出会い、口説き落として生涯を添い遂げてこそ真に価値があるだろう」

「へえ、結構真面目なのね」

「たわけ。真面目もくそも、それをやらん、やれんというのは、自分に自信がないと公言するようなものだろうが。
多少なりともプライドがあれば当然のことだ。まあ、例外としては口説くに値する女性との出会いがない場合があるが」

「待った。ひょっとしてあたしが口説かれてないってのは、あんたの眼鏡にかなってないってこと?」

 若干頬を引きつらせながら、にじり寄って彼を問い詰める。
 別に海人に気があるわけではないが、彼女としては歯牙にもかけられてないというのはプライドに触るらしい。

「いや、間違いなく君は魅力的だと思うぞ。
ただ、少し事情があってな……当分、どんな魅力的な女性も本気で口説く気にはなれんだけだ」

「……そ、ならいいけどさ」

 ルミナスは一瞬海人の顔に差した深い影に顔を顰めた。海人もそんな彼女から気まずげに顔を逸らしている。
 そんな二人を見ていたシェリスが、重くなった空気を吹き飛ばそうと口を開いた。

「そ、そういえば魔力の測定まだでしたね。ちゃっちゃとやっちゃいましょう。
ルミナスさんは魔力が多いから、大型測定器っと……」

 シェリスはやたら明るい口調で話しながら、机の上に置いてある20個ほどのカメラのような機材の内、
四番目に大きな機材を手に取ってなにやらいじくり始めた。

「それではルミナスさんから……魔力値おおよそ163万強、多分163万3000ぐらいです。
一ヶ月前よりも2万近く増えましたね。流石としか言いようがありません」

 シェリスはレンズの中に写る目盛りを見てルミナスの魔力量を測定し、告げた。
 彼女が使っている測定器は魔力値100万から250万までの測定を行う物で、一万ごとに一目盛りとなっている。
 目盛りで判断するため細かい数字は出ないが、これはこれほどの魔力量になると千以下の端数はほとんど意味がないためだ。

「魔力が増えてるのは嬉しいんだけど……術式がね」

「一応中位までは一通り覚えてるじゃないですか。上位も幾つか覚えてるでしょう?」

「そりゃ覚えてるけどさ。もっとこう、最上級魔法で敵軍を一網打尽ってのも出来るようになりたいのよ」

「それなら頑張って覚えるしかないじゃないですか。さて、次はカイトさんの魔力量ですね。
それじゃそこに立ってください……あれ? ちょ、ちょっと待ってくださいね」

 シェリスはなにやら慌てながら測定器を元の場所に戻し、替わりに一回りサイズの大きい測定器を使って再び測定する。
 それを見て海人の横にいるルミナスの顔がかなり引きつった。

「う、嘘……!? す、すいません、もう1回」

 再び目盛りを見た途端、シェリスは目を見開き慌てて次の測定器を用意した。
 ルミナスの海人を見る目が、もはや化け物でも見るかのようなそれになった。

「こ、今度こ……そ……あ、あの……魔力値700万ちょうど……です」

 震える声でなんとか測定結果を伝える。その結果を聞きルミナスも呆然としていた。

 ありえない数字とまでは言わないが、彼女が知る限りでは人間の中では最大の数値。
 一般人の平均の百倍をゆうに超える、あまりにも莫大な、常識外れの魔力量である。

「あ~……高いのか?」

「高いって言葉じゃ私らの驚きを表現できないぐらいにね……」

「この数字ですらさっき使った魔法で魔力が減ってるんですよね……すいません、もう一回さっきと同じように白衣作ってもらえます?
もはやこれ以上だと計る意味もない気がしますが、一応最大値は正確に把握しておくべきだと思いますので」

 己の異常さの自覚がない男に女性二人が疲れたように肩を落とす。
 が、シェリスはプロ根性を発揮し、ちゃんと仕事をこなそうと努めた。
 それでも言葉がやや投げやり気味になるのは避けられなかったようだが。

「構わんよ。世界を構成する全元素に命ず、我が意に応え我が望みを顕現せよ!《クリエイション》!!」

「それじゃ、もう一回計りますね……は? 魔力値625万!?
あ、あのすいません……もう一回だけ魔法使ってもらえます?」

 分かった、と短く答えて海人は再び魔法で白衣を作った。
 魔法を続けて使ったせいか軽い脱力感を覚えたが、立てなくなるほどではなかった。
 その横でシェリスは紙に計算式を書き、魔力量の計算を行っている。

「魔力値549万強ですから、え~っと……一万弱の違い。でも全体からすれば多分誤差範囲。
つまり先程のは計り間違いではないわけで……元の魔力値は775万……なぜでしょう、馬鹿馬鹿しくなってきました」

「気持ちはよく分かるわ……でも、とんでもない魔力量だけど、創造魔法の消費はそれ以上にいかれてるわね。
並の魔力量じゃ一回も使えないじゃない」

「一回で75万の消費というのはそんなに多いのか?」

「一流って呼ばれてる魔法使いで総魔力量がせいぜい100万弱って言えば分かる?
一応魔力量だけなら私もそこらの一流魔法使いよりはるか上なのよ?」

「……よく分かった。ところで試したいことがあるんだが、もう一回魔法を使うから、また計ってもらえるか?」

 海人は自分の言葉にシェリスが頷いたのを確認し、再び魔法を唱えた。
 今度彼が作成したのは白衣を2枚に、大きなマンゴーと果物ナイフを一つずつ、それに磁器の皿とフォークを三つずつ。
 先程までに比べて作成した量が格段に多い。

「え~っと……減少魔力量は、ほぼ同じです。75万弱……なるほど、どうやら何をどれだけ作っても魔力消費は変わらないようですね。
これの確認がしたかったんですね?」

「ああ、それともう一つ、念の為の確認をな」

 そう言うと海人は作成したマンゴーの皮をナイフで剥き始めた。
 そして手際よく皮を剥き終わると種を除き、果肉の一部を切り分けて皿に盛って一口だけ食べた。

「ふむ、美味いな。前食べたのと味も変わらんようだ」

 海人はよく味わった後に飲み下し、自身に何の異常も起きて無い事を確認し、ほっと安堵の息をついた。
 彼が行いたかったのは味の確認だ。もしも作成した物の味が彼の記憶と違った場合は、成分が違うという事になる。
 その場合、食料を作ったはずが、中身は猛毒入りという可能性すら考えられる。
 先程シェリスから『城塞王』が、食料を作って供給していたと聞かされてはいたが、
 それが間違っていた場合、真剣に命に関わるため、海人は確認せずにはいられなかった。

 無論、この方法は最悪の場合、食べた段階で命を落とす危険性もあったわけだが、
 成分の分析に使う機器もない場所では、これ以外の確認法は思いつかなかった。
 結果は彼の杞憂だったわけだが。

「ね、ねえ。一口だけ私にもくれない?」

 先程皮を剥いた瞬間から放たれ始めた甘い香りにルミナスは堪えきれなくなっていた。
 実は彼女は甘い物が大好物なのだが、その中でもフルーツ系には特に目がないのである。
 目の前にこれだけ良い香りのする果物があって、我慢しろというのは酷な話であった。

「ああ構わんぞ。というか、そのためにフォークも皿も複数出したのだが……」

 海人は残りの果肉を切り分けて別の皿に盛り、フォークと一緒に二人に手渡した。

「……お、お、お、美味しい~~~~~っ!!
何これ!? この甘みの濃密さ、口の中に広がる良い香り、こんな美味しい果物初めて食べるわよ!?」

 ルミナスは感動で身を震わせ、目を輝かせて次を食べ始める。
 量自体はそれほど多くないため、今度はじっくりと噛締めながらよく味わって食べる。

 まあ当然だろう、と海人は思う。

 なんせ彼が作ったマンゴーは、彼の世界で市販されている果物としては間違いなく最高の物の一つである。
 海人は本来は多大な手間がかかっているのに、こんな簡単に作れていいのだろうか、と悩まざるをえなかった。

「ああ、もうなくなってしまいました!?」

 一方シェリスは思わず夢中で一気に食べてしまったため、すでに皿が空になっていた。
 もっと味わって食べればよかった、というような表情で涙を流している。

「よかったら私の分を食べるか? 正直私は甘い物はそれほど好きではないから、一口食べれば十分なんだ」

「いいんですか!?」

「ちょっと待ったぁ!!」

 歓喜に目を輝かせて手を伸ばしたシェリスを、ルミナスの怒声が押し止めた。
 上手く隠してはいるがいまだ口の中にマンゴーが少し残っていて、今のルミナスはいささか下品に見える。

「ちょっとカイト、順序が違うんじゃない? 普通はお世話になってる家主に先に聞くのが筋でしょうが!」

「いや、君の皿はまだ残ってるようだし……」

「そ、そうですよ! ここは譲ってください!」

「譲らない、譲れはしないわ……これを逃したら、次はいつこんな美味しいものが食べられるか……!」

 ルミナスは2人から視線を逸らさずに自分の皿の果物を平らげた。
 最後に皿を少し傾け、残った果汁も残さず飲み干す。

「単に私が作ればいいだけなんだから、いつでも食えるだろう?」

 海人はジリジリと近寄ってくるルミナスに若干腰が引けながらも努めて冷静に語りかける。
 ホーンタイガーに遭遇したときもこんな気分だったな、と心の中で呟きながら。

「それも急に仕事が入ったらアウトなのよっ! 
下手したら二度と食えなくなる可能性だって十分にあるわ……!
だいたい最近の仕事の過酷さは異常なのよ……半年前のガグラール盗賊団の殲滅を皮切りに、
五ヶ月前は全滅した国境警備隊の代わりにグランベルズ第三軍の足留め一ヶ月……この前なんかルクガイアの第二軍と正面衝突よ!?
このペースで過酷になってったら、次こそ間違いなく死ぬわよっ!! 団長と副団長の馬鹿あああああああああああああっ!!」

「あ、あはは……相変わらず《エアウォリアーズ》は無茶やってますよねえ……並の傭兵団だったら、とうの昔に全滅してますよ」

 突如起こったルミナスの魂の叫びにシェリスが冷や汗を流す。

 なにせガグラール盗賊団は隣国エルガルドの騎士団の手におえなかった筋金入りの武闘派盗賊団、
 グランベルズ帝国第三軍は帝国の中でも個々の実力こそ下位の軍ではあるが、そこらの国の軍の数倍の数を誇る。
 ルクガイア王国の第二軍は数こそ少ないものの、個々の実力が一騎当千とまではいかないものの、一騎で二十は相手取れる精鋭軍。

 どれもこれもとんでもない連中で、本来一介の傭兵団が相手取れるような相手ではない。
 彼女の言うように、このペースでいくと次は全滅する――――というより、いまだに全滅していない事が不思議だ。

「自慢じゃないけど、私たちってマジで凄いと思うわ……ふふ、次は死ぬだろうけどね……」

「いまいちよく分からんが……まあ、強く生きろ」

「ええ、生きるわよ! 生きて見せますとも!! だからそれちょうだ……い?」

 ルミナスは海人の手にある皿を見て唖然とした。いつの間にか皿の上に何もなくなっていたのだ。

「もう食べちゃいました」

 テヘッ、と可愛らしく舌を出す。
 どうやらルミナスが呆けている隙に食べ尽くしていたようだ。彼女はごめんなさい、とちょこんと頭を下げる。
 その姿は大概の男は……否、女性であっても母性本能が強ければ思わず許してしまいそうな程可愛らしかった。

「……で、遺言は?」

 が、残念ながらルミナスはそのどちらでもなかった。
 ゆっくりと腰の剣を引き抜き、軽やかな殺意に満ちた素敵な笑顔で尋ねる。

「え~っと……ごちそうさまでしたっ!!!」

 シェリスは瞬時に身を翻しダッ、と駆け出す。ドアを手早く開け、廊下に躍り出てそのまま出口へと向かう。

「逃すかああああああああああああっ!!」

 無論ルミナスとてそれを黙って見逃すはずはない。
 ドアを開けるなどとまだるっこしいことはせずに蹴破り、逃げるシェリスを追撃する。

「う~む、こうなるのなら余分に作っておけばよかったか」

 部屋の外からは2人以外の人間の悲鳴も聞こえる。
 海人はおそらく出口に先回りされたシェリスが建物の内部を逃げ回っているのだろう、
と2人が部屋から出て行くときの速度の差を思い返して予測する。

 ちなみにこの男、外の惨状を予測はしていても部屋からは動こうとしていない。
 しばらくすれば落ち着くかもな、などと思いながら先程渡された紙の束に目を通している。
 外から若い女性の断末魔っぽい悲鳴が聞こえても一切気に留めることなく、記された内容に目を通し続ける。

 なかなか薄情な男である。













 しばらくしてシェリスを右手にぶら下げ、ルミナスが戻ってきた。
 シェリスはまるで鹿煎餅を持って鹿の群れに突っ込んで行ったかのようにボロボロで、力なく項垂れている。

「おや、おかえり」

 海人は床に広げていた紙をまとめながら、二人に視線を移した。
 手際よく紙を拾い集め、手慣れた動きで全てを元入っていた封筒に戻していく。

「助けてくれてもよかったのでは……」

 ぷ~らぷ~ら、と揺れながら、シェリスは最後まで我関せずを貫いた男に恨み言を言う。

「自慢ではないが私は貧弱なんだ。ああまで怒り狂ったルミナスを止めに入ったところで一瞬で蹴散らされて終わりだよ。
ならば私という被害を加えぬことが私にできる最善ではないかね?」

「うう、たしかにその通りですが……」

 恨みがましい目で海人を見つつも、シェリスは反論できなかった。
 真意はどうあれ、彼の言ってる事はなんら間違っていないのだ。

「……にしても先程の果物はそんなに美味かったのか?」

 海人は少し不思議そうな顔で尋ねる。
 彼も美味いとは思っているが、元々甘い物が好きなわけではないために女性陣の反応が今一つ理解できなかったようだ。

「当然でしょ! あんなの王宮の晩餐会でも食べたことないわよ!」
「あの味であれば王室の方々にも御満足いただけると思いますよ」

 取り方によっては罰当たりとも言える発言に2人が即座に反応した。

「ん? シェリス嬢はまだしも、実はルミナスも貴族か何かか?」

「ああ、違いますよ。ルミナスさんの所属してる傭兵団は世界的にも有名で、
今までこの国でも多大な功績を挙げているので、王宮に招待された事が何度かあるんです」

「ちなみにシェリスは本当に貴族のお嬢様ね。しかも国内最大規模の有力者の一人娘」

「一人娘といっても兄が5人いますから家を継ぐ事はまずありませんけどね。
ただ、家の関係で王宮に招いていただく事はしばしばあります。その私が保証しましょう。
先程の果物は間違いなく王室の方々でさえ召し上がった事がないと思えるほどの美味でした」

「ふむ、そうか。どのぐらいの値段で売れると思うかね?」

「そうですね……おそらく我が家で買い上げるとしても、一個2万ルンは堅いでしょう。
この果物はこれだけで完成した極上の料理とさえ言えますから」

 シェリスが真剣な表情で高級レストランでも一人ではそうそう払わない額をつける。
 その金額がどれほどのものかは、目を剥いて固まっているルミナスを見ればよく分かる。

「ちなみにルミナス、君の一ヶ月の食費はどれくらいだ? 一応の基準として聞きたいんだが」

「……言わなきゃ駄目?」

「頼む」

 なぜか尋ねられた瞬間に自分から目を逸らしたルミナスに、海人は真摯に頭を下げた。

「8万ルンよ。早まっちゃだめよ、カイト。そんな値段のもん買うのは上流階級か大商人ぐらいなんだから。
どちらも鼻持ちならないやつの方が多いから、商売上でも毎回付き合うのは面倒よ?
それよりは安い値段で数多い普通の人たちに食べてもらう方がいいと思うわよ、うん」

「何寝ぼけたこと言ってるんですか。こんな物を安い価格で食べようなどと、そんな罰当たりなことは私が許しません。
高品質な商品はそれに見合った値段を出して買うのが当然です。
そうでなければ、努力して良い商品を生み出そうという者がいなくなってしまう危険性さえあるんですよ?」

 なんとか安い値で手に入れられるよう海人を説得しようとするルミナスを、シェリスが冷たい口調で窘めた。
 落ち着いた口調ではあるが、ルミナスを見る目は非常に厳しい。

「たしかにその通りだが……これに関しては私はほとんど努力をしとらんのだよなあ……」

 自分がした努力は術式を覚えたことのみ――そう考えると海人には高い値段を取るのは気が引けた。
 儲けた金の一部を、彼が食べたマンゴーの生産農家に渡せるのであれば、素直に納得もできたかもしれないのだが。

「そうかもしれませんが、そもそもこんな果物を安く流通させられては、高級果実を作っている他の生産農家が大打撃を受けます。
考えてみてください。どう考えてもこの果物より美味しい物はないのに、この果物のほうが安いなどとなったら……」

「種類が多くあっても買ってはくれなくなるか、少なくとも売り上げは確実に減少するだろうな。
競争によってより良い物が生み出される可能性もあるが、最悪の場合その前にほとんどが破産する危険性もある、か」

「ご理解いただけて何よりです」

「ふむ……となると、他のさくらんぼだの柿だのもやめておいた方がいいか」

「カイトさん、まさか、他にもこれと同等に上質な果物が作れるのですか?」

 海人の呟きに、即座にシェリスが反応した。彼女はにんまりと笑い、言い逃れを許さない迫力で言葉の意味を確認する。

「ああ、これと同等かは分からんが、良い品質の果物が数十種類ほど作れるはずだ」

「もし魔力を使い果たして昏睡に陥っても私が責任を持って世話をしますので、一通り作って下さいません?」

「う……それは……いや、わかった」

 海人は一昨日の魔力を放出しすぎた時の脱力感を思い出して躊躇するが、シェリスの強烈な迫力に早々に諦めることにした。

 実際のところ一昨日の脱力感は、短時間で際限なく魔力を放出し続けてしまったがゆえのもので、
魔法で消費する分には全魔力を使い切りでもしない限りはあまり実害は無い。

 が、それを知らない海人は無駄に緊張したまま魔法を使い始める。
 知らぬが仏、という言葉もあるがこの場合は知らぬが故に無駄な気苦労をする羽目になっていた。

 膨大な魔力を持つ伝説の魔法の使い手という、いかにも凄そうな人間なのにどうにも締まらない男である。




 出された果物を食べ終え、ルミナスはおいしかった~、と満足そうにお腹を撫で、シェリスは神に感謝して祈りを捧げていた。
 なんとなく育ちの差が分かる光景である。

「よく飽きなかったな」

「これほど多様な果物で、これほどの質で、飽きるなどありえません。
カイトさん、是非私の屋敷に果物を卸していただきたいのですが……」

「ふむ、価格と条件次第だな」

「価格は御満足いただける額を用意できると思います。ですが、条件とは?」

「私が創造魔法を使えることを他人に漏らさないでほしい」

 予想外の海人の言葉を聞き、シェリスの呼吸が一瞬止まる。
 が、瞬時に気を取り直し、自然に不思議そうな表情を作って理由を尋ねた。

「何故です? それこそ私が王室に進言すれば確実に宮廷魔術師クラスの給金……
いえ、それどころか叶わぬ望みはほとんど無くなりますよ?」
 
 創造魔法に限った話ではなく、特殊属性というのは全てがこの世界の人間にとって特別な意味がある。
 今まで歴史上に現れた特殊属性の人間は、全てが稀代の英雄・勇者・覇王・聖人などとして偉大な功績を残している。
 そういう可能性のある人間を召抱えているという事実は、国家にとって非常に大きな意味を持つ。

 さらに過去の事例による期待というだけでなく、創造魔法は軍事的にも政治的にも大きな価値がある。
 創造魔法は戦争の際の物資の補給などに限らず、平時の食糧難の回避や飢饉に見舞われた国への食料輸出など、
 戦時に限らずどんな状況下でも活躍できる魔法なのだ。

 言い換えればど国家にとって絶対に手放すわけにはいかない人材。
 給金一つとっても交渉すれば確実に天井知らずに上がり続け、その他の望みも国家が全力で叶えるために尽力するだろう。

 普通の人間であれば魔法の公開を躊躇うほどの理由は無いはずだった。

「他に道がないのならばそれも仕方ないのだがな。極力私は権力者とは関わりたくないんだ。
大体が厄介事に巻き込まれるし、しがらみが多くなる。確実にろくでもない事になる」

「たしかにそうですけど、まったく魔法を使わないのであればともかく、
使うのであればいずれは誰かに知られ、広まっていきます。問題の先送りにしかならないと思いますよ?」

 そう言いつつも内心シェリスは、正確にデメリットを把握していた海人に感心していた。
 たしかに特殊属性の魔法を公開することはメリットも大きいが、他者の妬みを買い、暗殺の危険なども多くはらむ事になる。
 わざと彼女がメリットだけを強調して説明したにもかかわらず、危険性を頭から離さなかった事は評価できた。

「だが先延ばしにする間に力を蓄え、大概の厄介事に対処できるようにすることはできる。
下手に手出しができないようにすることもな」

「なるほど……そういうことならば、私は口を閉ざしましょう」

「感謝する。ルミナスも黙っててくれるか?」

「週一回、食後のデザート用のフルーツ一個で手を打つわ」

「了解。しかし意外に条件が緩いな?」

 毎日3食一個づつと言われるぐらいは覚悟していたのでやや拍子抜けする。
 そんな海人を見ながら、ルミナスは意地悪げに笑った。
 ひっかかった♪ と楽しげな声が聞こえてきそうなイイ笑顔である。

「ふふん、カイト。創造魔法はたしかに凄いけど、何か重要な事を忘れてない?」

「重要な……ああ、なるほど。だが、本当に使えないかどうかは実際に試してみんと分からんな。
シェリス嬢、空を飛ぶための術式が書かれた物はどこかにないのか?」

「あ、なるほど。伝承通りなら飛翔魔法が使えないんですね。
ちょっと待ってください……はい、一番単純な飛翔魔法ならこれに載ってますよ」

 シェリスは机の上に置いてあったパンフレットを持ってきて海人に差し出した。
 これはここで無料配布している物で、主に子供向けの初歩の魔法の術式が載っている。

「貸してくれ。よし、覚えた」

 海人は受け取って該当ページを眺め、即座に覚えた。所要時間数秒。化物である。

 と言っても先程覚えたものとは違ってかなり単純な図形で、文字や数字はほとんど描かれていなかった。
 先程覚えた時の速度を考えれば当然と言えば当然である。 

「汝は空を踊るための靴、汝は我を包む風の抱擁! 《フライ》!」

 先程と同じように術式の中に魔力を流し込むイメージを構築する。体を魔力の光が包むのも同様だった。
 しかし今度は、ボンッ!! という音と共に軽い爆発が起き、彼の体が壁に叩きつけられた。

「っつう~~……術式を覚えられていなかったのか?」

「……いえ、あれは術式と魔力が適合しないときに起こる反応です。
覚えていようがいまいが、あの反応が出た以上は少なくとも風属性の魔法は使えないはずです。
術式が不完全なせいで使えない場合は魔力が霧散するだけで、何も起こりません」

「そうか……ん? ちょっと待て。特殊属性以外の者なら誰でも基本属性の魔法は全て使えるんじゃなかったか?」

 術式と魔力が適合していない、と詳しく話している以上前例があるという事になる。
 つまり特殊属性の者に関する詳しい記録が残っているか、特殊属性以外の者でも基本属性の魔法が使えなくなる事があるということだ。

「いえ、稀にですが、属性特化といって一つの属性の魔法の効果が飛躍的に高くなる代わりに、
それと相反する属性の魔法が使えなくなる人がいます。その時も使おうとするとああいう反応が起きるんです」

「つまり、私は少なくとも風の魔法は使えんということか……ならば仕方ない。ルミナス、私の運搬に関してはどんな条件を?」

 シェリスの言葉に軽く肩を竦めて、海人はルミナスに条件を問うた。
 作ろうと思えば空を飛ぶ道具など一人乗りの小型ヘリだろうが、マッドサイエンティスト定番の脱出ロケットだろうが作れるはずだが、
目立ちすぎるのが明白なため、素直に頼む事にした。

「口止めと合わせてデザート週二でどう?」

「分かった」

「交渉成立♪ ん~、これからの生活が楽しみだわ」

「人一人の運搬なんて大した手間でもないでしょうに。ルミナスさんもちゃっかりしてますね」

 子供のように喜ぶルミナスに、シェリスが呆れたように笑った。

「あんたと違って私は金持ちじゃないのよ。……あ、カイト。今思ったんだけど、昨日の武器作ってみたら?
シェリスなら下手な武器屋に売るより高値で買い取ってくれるかもよ」

「あら、武器ですか。どのような物でしょう?」

「……ふむ、まあ構わんか。念の為発電機も作っておくとしよう」

 海人は少し考え、魔法を唱えて自作のスタンガンと発電機、それに木材と工具その他一式を作成した。
 発電機はエアロバイク型の効率の悪そうなタイプだが、中身は彼が極限まで改良……というか改造した物で、異常な発電効率を誇る。
 これならば、いかに莫大な消費電力のスタンガンでも短時間で充電できる。

「さて、実験実験、と。ルミナス、この木材を魔法で浮かせるか?」

 任せて、と返事を返し、ルミナスは風の魔法を使って木材を宙に浮かせた。
 海人は浮いた木材にスタンガンを押し当て、スイッチを押し……難しい顔になった。
 彼はすかさず工具を引っ張り出し、数秒でスタンガンをバラバラに分解すると、溜息をついた。

「中身に異常はないな。つまり、創造魔法は大量の電気までは再現できんということか。
念の為、充電できるか試してみるとしよう」

 二つのスタンガンの電池と発電機を繋げると、海人は必死でペダルを漕ぎ続けた。
 なにやってんだこいつ、という哀れみすら混じった二人の視線を受け流しつつ、充電が完了するまで漕ぎきる。
 そして再びルミナスに頼み、木材を宙に浮かせてスイッチを押す――――その瞬間、木材がバラバラに弾けとんだ。
 その残骸からは薄く煙が漂い、ほのかに焦げ臭い匂いがしている。まるで落雷にでも打たれたかのように。
 先程まで苦笑いしていた二人の顔がそのまま凍りついた。

「うむ、成功だな。充電さえすれば問題なく使える」

「……あの、その武器はいったい?」

「これはスタンガンと言ってな。相手に電流を流し込む武器だ。使い方はここを相手に押し付けてこのスイッチを押すだけ。
密着させんと使えんのと、もしも相手に自分もくっついていたら巻き添えをくうのが難点だが、威力は落雷の直撃かそれ以上だ。
ただし、使用回数は二回まで。さて、いくらで買い取ってくれるかね?」

「……今すぐは決めかねます。できれば、決まるまで他人に漏らさないでいただけますか?
期間は……最長二週間後という事でいかがでしょう」

「ま、仕方ないな。とりあえず、これは消しておくとしよう」

 海人はシェリスの言葉を受け入れつつ、作り出した物に目を向けた。
 すると、彼が魔法で作り出した物の姿が一瞬歪み、まるで幻のように消え去る。
 その場に残ったのは、元々彼が持っていたスタンガン一つだけだった。

「創造魔法ってそんなことまでできるわけ?」

「ああ、作り出した物は消えろと念じれば消すことができるらしい」

「……考えてみれば、場合によっては暗殺者もできますね?」

 シェリスの目がスッと少し鋭く細められ、探るように海人を見る。

「どんなに警戒が厳重でも、生身で行ってボディチェックの後凶器を作れるからな。
が、自慢ではないが私の武術の心得は触り程度だからな、まともな護衛がいればもし暗殺に成功したところで確実に捕まる事になる」

「あれ? あんた多少でも武術かじったことあるの? まったくそんなふうには見えないけど……」

「だから触り程度だ。受身は一応とれるという程度のものだよ」

 ペタペタと海人の筋肉を確かめるように触り始めたルミナスに、苦笑しながら念を押す。
 彼は多少の護身術は使えるが、ルミナスのような本職からすれば、使えないも同然のレベルだという事は自覚していた。
 思ったよりは引き締まってるわね、などとルミナスが評価しているとシェリスが思い出したように口を開いた。

「そうそうカイトさん、魔法を隠しておきたいのなら、一つ提案があるのですが」

「提案?」

「はい。ここでいつでもその文献を閲覧できるようにするのは簡単ですが、大勢の人がいるので横から見られる可能性は高く、
それであなたの魔法がバレてしまうことは十分考えられます」

「ここ自体あまり人が出入りしているようには見えんが?」

「実はここの職員の大半は本の管理のために地下書庫にいるんですよ。
それに閲覧は有料ですが、地下書庫には魔法関係の本が数多く収められているので、利用者もそれなりに多いんです」

「あ~、そういえばそうね。多い時はあの埃臭い部屋に密集状態になる事もあるし……」

 ルミナスは以前利用していた時の地下書庫の様子を思い出し、シェリスの言葉に納得する。

 最近は利用していないが、一時期は彼女も頻繁にここの地下書庫を使っていた。
 ここの地下書庫はそれほど広いわけでも多様な本があるわけでもないが、中級と上級の魔法に関する本は比較的揃っている。
 そのためある程度の腕の傭兵や冒険者などはここを利用する事が多いのだ。
 目当ての本を誰が持っているのか確認するために、こっそり横から本を覗き込む人間もそれほど珍しくは無い。

「その通りです。そこで、私の屋敷の図書室を用いてはどうかと思ったのです。
あの文献は稀少ですが、元は私の所有物ですので持って帰ってもどこからも文句が出ませんし、
あそこなら私の許可が無ければ誰も入れませんのでうってつけです」

「私としてはありがたいが、いいのか?」

「もちろんです」

「ならばお言葉に甘えさせていただこう。すまないな」

 ペコリと頭を下げて海人は感謝を示した。
 姿勢が良く、なかなか様になっている御辞儀であった。

「いえいえ、お気になさらず。ところで、お二人ともこの後のご予定は?
もし何もないのでしたら果物のお礼を兼ねて、とっておきの紅茶を淹れようと思うのですけど」

「う……凄い心惹かれるけど、今日はもう食材がないから買い物しなきゃいけないのよ。
惜しいけど、カナールに食料の買出し行ってから帰るわ。カイト、荷物持ちお願いね」

「わかった……っと、そうだ。シェリス嬢、果物はいつから卸せばいいんだ?」

「できれば明日の朝からが。とりあえず柿という果物を40個届けてください。使用人たちには話を通しておきますので」

 海人がルミナスに窺うような視線を向けると、彼女は苦笑しながら頷いた。

「では、明日の朝に柿を四十個。確かに承った」

「はい。では、よろしくお願いします」

「そんじゃ、そろそろ行こっか。また明日会いましょ、シェリス」

「はい。お二人ともお気をつけて」

 シェリスは部屋を出て行く二人をドアの外まで見送り、二人の姿が階段に消えるまで見届けた。
 
 ――――そして彼女は二人の姿が見えなくなると同時に、すかさず近くの窓から建物の裏手の枯井戸の近くに飛び降りた。
 見事な体捌きで着地した後、近くの木に向かって話しかける。

「シャロン、ルミナスさんと一緒にいる男性を尾行し、その行動を後で報告書にまとめなさい。
尾行はカナールの街を出るまででかまわないわ。ルミナスさんに気付かれないようしっかり距離を保ってね」

「はっ!」

 主の命に木の陰に隠れていた女性が姿を現し、ルミナスたちの去って行った方向へと駆ける。
 視界の悪さなどものともせずに、地上から尾行対象を捉え続けるべく息も切らさず森の中を走り抜けていく。

「……とりあえず人柄を見極めないとね」

 シェリスは自分の部下が走り去った方向に視線を向け、呟いた。

 彼女は海人の能力は極めて危険性が高いと判断していた。創造魔法に加えて得体の知れない、未知の武器。
 密着させなければ使えないとはいえ、あの武器に見えない形状も、触れさせるだけで殺害できるという点も非常に暗殺向きだ。
 知られてさえいなければ、歴戦の将軍ですらやり方次第で簡単に暗殺できてしまう。
 しかもあの武器を躊躇いもなく見せた事からすれば、まだ奥の手を……否、あれですら可愛く見えるほどの武器を作れる可能性がある。
 はっきり言って、シェリスからすれば海人は危険極まりない人物だった。

 が、それは言い換えれば上手く自分の味方につける事さえできれば、この上なく心強くなるという事でもある。
 もしもスタンガンが彼の作れる最大の武器であったとしても、それはそれで問題ない。
 創造魔法を使えるという段階で十二分に極上な人材なのだ。

 彼女としてはぜひとも海人を自分の味方に引き込みたい。そのために何が必要かといえば、まずは人格の見極めだった。

 善人であれば大義名分、奇麗事、情、それらを上手く利用する事で味方につけやすくなる。
 悪人であれば味方につく事によって得られる利益、あるいは純粋に金、酒、女などの娯楽で釣る事が可能。
 流石に快楽殺人鬼や完全な狂人では味方につけるのは至難だが、海人を見る限りではその可能性は低そうだった。
 ならば、自分の動き次第で極めて凶悪な手札が手に入れられる。

 シェリスは穏やかな顔とは裏腹に、最善の手を考えるため己の思考を獲物を狙う狩人の如く研ぎ澄ましていった。
 









テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

コメント

うーん、カイトが落ち着いてますね。
たしかに張り合って、ヘリを出そうとしたり、バイクをかっ飛ばしたりというのは違う気もしますが、そんな違和感もなかったんですが。
かえって、話が平坦になった気がします。
[2009/07/08 01:26] URL | ぼるてっかー #zqzDpW.M [ 編集 ]

管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2009/07/08 18:52] | # [ 編集 ]


そもそも、シャロンがそばで控えてるんなら、創造魔法ばれてるやん
[2011/02/22 02:13] URL | みほ #- [ 編集 ]


1-3 誤字報告
「いらっしゃませ。魔力判別所へようこそ」
   ↓
「いらっしゃいませ。魔力判別所へようこそ」

シャロンっていつも多忙で死にそうなのに最新話とかでもまだ判別所で働いてるのかなー読み直すたびに思ってしまうw




[2017/07/21 06:36] URL | ムク #- [ 編集 ]


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