FC2ブログ
ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄24
 翌早朝、海人は屋敷の地下室――より正確には地下室から繋がる隠し扉の先の広大な隠し部屋にいた。

 現在、ここは改装中であった。
 海人の使う道具は、おおよそこの世界ではオーバーテクノロジーにも限度があると言いたくなる様な品々ばかり。
 が、元の世界で行っていた研究を続けるためにせよ、己の安全を確保するための研究を進めるにせよ、どうしても研究室と設備が必要。
 となれば、海人以外誰も入れないような仕組みを構築する必要があり、そのための改装であった。

 具体的には、この隠し部屋の最奥部の三分の一の区画を区切り、網膜認証、指紋認証、
そしてパスワードによる声紋認証の全てをクリアした時にのみ横滑りに開く、分厚い壁にしか見えないドアを設置する事にした。
 その過程でどうしても部屋が狭くなるので、地下室の拡張・補強工事も平行して行っている。
 
 無論、これはあくまで第一段階であり、最終的には工事中区画を含めて部屋を三つに区切り、
それぞれの入り口に――と言ってもこの隠し部屋の隠しドアはそのまま再利用するつもりなため、
実質もう一つだけ、簡単には見破られないドアを設置する予定である。

 ちなみに研究において必要となる電源については、定期的に水力発電を使って充電した蓄電器を取り替える事で賄う事にした。
 面倒ではあるが、部屋の性質上コードを使うわけにもいかないがゆえの措置である。 

 とはいえ、それを差し引いてもかなりの大工事、海人一人で行うのではどれだけ時間がかかるか分かりはしないし、途轍もない重労働だ。
 が、現在彼は暢気に腕組などしながら、勝手に進んでいく改装工事を眺めていた。 

「うむ、改装作業ははかどっているな」

 部屋の中を駆動音を立てながら忙しなく動き回るロボット群を見て、海人は満足そうに頷いた。
 元の世界では彼が住んでいた屋敷の改装作業をしようにも、専門業者は使うに使えなかった。
 以前一度それに暗殺者が紛れ込んでいた事があり、危うく殺されかけたのである。
 
 そこで開発したのが今動き回っているロボット。
 部屋の間取りや使うべき材料などといった一通りのデータを入力すれば全自動で建築作業を行ってくれる優れ物だ。
 欠点は莫大な製造費とデータを入力しなければならない関係上木材などの個別差が激しい自然素材は使えないという点だが、
前者は創造魔法であっさりと解決、後者も今回は部屋の堅牢さを最優先にしているため、自然素材の入る隙間は無い。
 
 唯一の難点は材料を創造魔法による調達に頼る事になるため、海人の魔力が足りるかどうかであったが、
ここ数日連日で限界まで魔法を使い続ける事で、どうにか間に合わせる事が出来た。
 本音を言えば一気に材料を作って一気に工事を終わらせたいところではあったが、
海人の莫大な魔力を持ってしても、全ての材料を揃えるには時間がかかる。
 なので、急ぎ必要な部分だけを終わらせる事にしたのである。
 
 が、材料は毎日こつこつ作り溜めていけば済む話であるし、働いているロボットは人間と違い電力さえあれば休憩時間は不要。
 さらに、今回は地下室の改装なので、天候にも左右されずにすむ。
 その効率の良さを示すかのように、一昨日の段階で既に工事の音を遮断するための防音工事は終わっている。 
 
 真の意味での己の城の完成が見えてきた事を確認し、海人は満足そうな笑みを浮かべた。

 ひとしきり粛々と進んでいく改装工事を眺め終えると、海人は足元に転がっている道具に目を移した。
 そこにあるのは昨日己の浅慮を悔やみながら作り上げた、各種釣り――もとい漁用具。
 中に元の物から威力を減らした手榴弾や、スイッチを押さずとも水に接触した瞬間に全電力を放出するスタンガンなど、
明らかに元の世界では法律違反だったりする物も混ざっているのだが、彼に気にする様子は無い。

 大人気ない、やりすぎ、自重しろ、などの理性の声を悉く無視し、海人は暗い笑みを浮かべながら地下室を出た。

 





 川に着くなり、早速海人は用意した手段のうち一番穏便で平和的な道具を手に取った。
 ムキになってはいるが、一応騒ぎが起こさないよう心がける程度の理性は残っているらしい。
 それを川に放りこみ、待つ事数秒。早速、彼の手に伝わる手応えが重くなった。

「かかった!」

 力強くはあるが、引き上げられない事は無い手応えに、海人は会心の笑みを浮かべた。
 川の中へと伸びた特殊合金で編まれたロープを思いっきり引っ張り、その先にある物を獲物ごと引っ張り上げる。
 重い水音と共に大きな金属製の籠が勢いよく水中から現れ、海人の真横に着地した。

「三匹か。まずまずだな」

 籠の中を見下ろしつつ、海人は満足気に頷いた。
 魚は地上に打ち上げられてなお元気良く飛び跳ね、籠から飛び出そうとするが、籠自体が大きいため、僅かに飛距離が足りず出られない。
 さらには、活力の源たる水が底から漏れてしまうため、徐々に大人しくなっていく。

「流石に鉄格子までは食い破れんようだな」

 大人しくなった魚を絞めながら、笑みを浮かべる。
 今回海人が使用した道具はいたって単純。
 彼開発の特殊合金を加工して籠を作り、底を分厚い格子状にしただけである。
 いくら化物じみた魚であっても、一瞬にして分厚い金属を食い千切る事は不可能だろうとの判断からだ。
 
 とりあえず昨日の雪辱を果たした海人は、駄目だった時用のガチンコ漁法用手榴弾などの色々と物騒な道具の片付けを行う。
 とはいえ、前もって開けておいた川に面した部屋の窓からポイポイと道具を放り込むだけではあるが。

 全ての道具を屋敷に放り込み、最後に自分も中に入ると、とりあえず海人は使わなかった道具を消した。
 多少改造はしてあるが、元が彼の魔法で作った物なので意思一つで消す事が出来るのである。

 水で濡れた床を軽く拭き終えると、海人は廊下に出た。
 天井が高く広々とした通路に、屋敷唯一の住人の足音が響く。
 決して陰気な造りの屋敷ではなく、むしろこの手の屋敷としては軽快感を感じさせるような内装なのだが、
やはり人の気配が無い事は致命的な寒々しさを作り出している。
 せっかく窓から眩しく爽快な朝の日差しが差し込んでいるというのに、あまりにも生気に欠ける屋敷の空気と相殺されてしまっていた。

 そんな寂しくはあるが静かで落ち着く廊下を歩いているうちに、海人は厨房に辿り着いた。
 本来であれば十人単位の人間が働く事が前提になっているであろうそこは、一人暮らしの海人には無駄に広く、まるで活用されていない。
 彼は入り口に入ってすぐの流しで魚を捌くと、すぐさま横に置いてある七輪にポケットのライターで火を着けて焼き始め、味噌汁も作り始めた。
 
 程なくして典型的な和の朝食が完成し、近くの椅子に腰掛けていざ手を合わせようとしたところで、海人の動きが止まった。
 
 周囲を見渡せば、照明一つ無い寒々しく薄暗い石造りの光景。
 誰一人いない、その広く空虚な空間は出来立ての朝食を食べる場としてはあまりに物悲しい。
 そして厨房からそれほど離れていない場所には雅な庭があり、今日は天気も良い。 

 海人は食事をお盆に乗せ、庭へ向かう事にした。
 料理が冷めないうちにという思いからか、心なしか早足である。
 
 が、後数歩で庭へと繋がるドア、というところで――外から唐突に、ごわぁぁぁん、という音が響き渡った。
 
 それから間を置かず、海人の耳に填められたイヤホンから軽やかなチャイム音が鳴り響く。
 どちらも彼が来客用に設置した呼び鈴の音である。
 そして、この屋敷に訪ねてくるような客は極めて限られる。

 海人は溜息を一つ吐くと、出来立ての朝食を名残惜しげに見やりながら、門へと向かった。











 時は少し遡り、とある緑豊かな森に囲まれた瀟洒な屋敷。
 その一室で、屋敷の主たる貴族の御令嬢シェリス・テオドシア・フォルンは浮ついていた。
 原因は彼女の眼前の光景。机の上に積まれた書類の山の高さが、普段より目に見えて低いのだ。
 この量であれば、昨日までより最低一時間は多く自由な時間が作れる。
 それが、今日から毎日続くのだ。
 今、彼女は数日前まで続いていた落ち込みから何から全て吹っ飛ばしてしまうほどに幸福だった。
 
 珍しく鼻歌など歌い始めた主に対し、部下――シャロン・ラグナマイトから安堵の声が漏れた。

「元気になられたようで何よりです。ですが、本当に大丈夫なんでしょうか?」

「心配しなくても、カイトさんは人に情報漏らすような方ではないわ。
それに、知られたところでさして問題の無い物だけを選んでるんだから」

「いえ、そうではなく――正直私がやれと命じられたら即座に首を括りたくなるような、
あのトチ狂った量を終わらせる事が可能なんでしょうか?」

 主に問いかけるシャロンの顔はかなり引き攣っていた。

 少なくとも、今朝方運ばれていった書類の量を見る限り、自分であれば終わるまで徹夜を続けても十日はかかる。
 答えを書き写せと言われれば平常業務の一環として行っても、主が指定した期限の半分の時間があれば可能だが、
計算しなければならない以上、検算の事まで考えれば期日を守る事はどう足掻いても不可能。 

 そんな常識的な見地に立ったシャロンの考えは、あっさりと否定された。
    
「ああ、そっちも大丈夫よ。私やローラでも比較に値しないレベルの計算速度だから」

「……お二人の能力を知ってる身としては正直、信じ難いのですが」

「貴女は見てなかったものねえ。まあ、大丈夫よ。念の為誰かに途中経過を見に行かせるつもりだし。
間に合いそうになければ少しこっちに引き上げて持って来ればいいだけよ」

「ならばいいのですが――それにしても、総隊長自ら書類を運ぶなんて、どういう風の吹き回しなんでしょう?」

 ほんの少し前、大量の書類入りの木箱を抱えて出かけていった上司を思い、思案を巡らせる。

 普段から多忙を極める人間であるため、他の人間で代用出来る事を自分からやる事はまず無い。
 礼儀として相応の人間が行かねばならないというのは頷けそうだが、必要であれば主であるシェリスが直々に出向くだろう。
 一つだけ可能性があり、それを信じてもよさそうな根拠もあるのだが、まだ確定ではない。
 
 その疑問の答えは、主からあっさりと返ってきた。 

「ああ、それね。ビーフジャーキーの肉が切れたから取りに行きたいんだそうよ」

「へ? って、それじゃ、今日は総隊長お休みなんですか!?」

「違うわよ。届けに行くついでに、早めに狩って帰ってくるんですって。
遅くとも昼までには帰るそうだし、それを前提に今日までのスケジュール組んだって言ってたわよ?」

「……どーりでここ数日微妙に仕事が増えた気がしてたわけですね。
はあ……負けちゃったかぁ……一万ルンが……」

「何が?」

「いえ、手土産にって総隊長がケーキ焼いてたものですから――まあ、色っぽい話なのかなあ、と」

「なるほど、それで賭けをしてた、と。よくそんな賭けが成立したわねえ」

 がっくりと肩を落とした部下を眺めながら、不思議に思う。

 現在話題に上っている女性は、どんなに贔屓目に見ても色恋沙汰とは縁が無いとしか言いようが無い。
 屋敷で一番忙しくそんな暇が無いというのがその最たる理由だが、それ以外の要因も大きい。
 
 なにせ、町や王宮でどんな色男に声をかけられても一言で撃沈、
しかもしつこく食い下がればその男は何が起こったかも分からぬまま顔面を殴られて宙を舞う。
 さらに、身体能力から容姿からおおよそありとあらゆる能力が規格外すぎて、釣り合う男が想像できない。
 もしも付き合ったとしても相手の劣等感で長持ちはしないと断言できるような女性だ。
 
 性格上の問題もあり、彼女とある程度付き合いがある人間ならまず色恋沙汰という発想は浮かばない。
 そして、屋敷の人間は全員が良くも悪くも彼女と最低三年以上は付き合っている。
 ついでに言えばシャロンはかなり堅実な人間なので、賭けをするにしても大穴狙いはまず無い。
 
 あれこれとシェリスが若干楽しみつつ憶測を浮かべていると、シャロンがヒントを出した。
  
「実は焼いてたケーキが、年に一度も見れないアレだったんです」

「すぐにカイトさんの屋敷に向かうわよ! なんとしてもご相伴に与らないと!」

 即座に立ち上がり、外出着に着替えるべく自分の部屋へ戻ろうとするシェリス。
 余程気が急いているのか、彼女はいつでも着替えられるよう服の留め金を外し始めていた。
 そんな反応が早すぎる主を、シャロンが慌てて止める。 

「駄目ですよ! 午前総隊長が抜けるだけでも大変なのに、シェリス様まで出かけられたらどうにもなりません!
それに今日はドレイク卿の面会が最初に入っているじゃないですか!」

「主目的はこの間の失敗をネチネチ責め立てて憂さ晴らしする事なんだから構わないわよ!」

「このクソ忙しい中になんてつまらない理由で面会入れてるんですか!?
大体、総隊長と鉢合わせたらどう言い訳するんですか!? 仕事ほっぽり出してきたなんて言ったら訓練倍じゃすみませんよ!?」

「甘んじて受けてあげるわよ! 放しなさい! 私はなんとしてでもあれを食べるのよぉぉぉっ!」

 必死で止めようとする部下を押し切り、シェリスは部屋の出口へと向かう。
 が、当然ながらこれだけぎゃーぎゃーとかしましく騒いでいれば他の部屋にいる人間も気付く。
 
 結局、部屋を出てから始まったシェリスと使用人十人との激しい攻防は、本日最初の来客が来るまで続いた。
 
 























 門にたどり着く少し前で、海人は客の正体に気づいた。
 少し離れた距離からでも明確に分かる銀の髪、微動だにしない直立不動の佇まい、
黄金比をこれ以上無いほどに体現したプロポーション、そしてなにより、この世に二つと存在しえないであろう絶世の美貌。

 気配を常時殺していなければ主を霞ませてしまう使用人――ローラ・クリスティアがそこにいた。
 
「どうやら、シリル嬢はちゃんと連絡をしてくれたようだな」

 ローラの背後にある、ロープでまとめて括られた大量の木箱に目をやりながら、軽く頷く。
 本来であれば引越しの際には直々に挨拶に行きたかったのだが、荷物を抱えて空を飛ぶ距離は短い方が良い、とシリルに却下されてしまったのだ。
 そして、仕方なく海人はシリルに伝令を頼んだのである。

「はい。これが今日の依頼分になります。期日は三日後までという事でお願いいたします。
無論、早ければ早いに越した事はございませんが」

「承知した。で、なんでわざわざ君が来たんだ? 忙しいだろうに」

「先日のお詫びのためです。あの時は大変失礼をいたしました。
よもやルミナス様達が立ち聞きなさっておられたとは思いませんでしたので」

 ペコリ、と腰を直角に曲げて頭を下げる。

 少し前、彼女はルミナス達と海人の仲を引き裂きかねない事をしてしまった。
 悪意があっての事ではなかったが、間違いなく海人の気分を害した失態。
 
 日頃の激務のせいで調整が付かず、今日まで先延ばしになってしまったが、早急に謝罪したいと思っていたのだ。

「なんだ、その事か。そもそも不可抗力だし、結果としては良い方向に働いたから気にしなくていいんだがな」

「はい、先日シリル様から伺いました。見当違いにも程がある、と。
慕われてらっしゃるようで、なんとも羨ましい限りです」

「いや、そこまで言われるほどには慕われてないと思うんだが……」

 ポリポリと頬を掻く海人に、ローラは微かな苦笑を浮かべた。

 先日シリルはやってきた時、見送りのために屋敷の門でローラと二人きりになった際に、
彼女が仕出かしてしまった事の結果を伝えた。
 その際に見せた表情がなんとも自信に満ちており、嫌う事などありえない、と明確に宣言していた。
 おおよそルミナス以外にはそれと分かるほどの親愛を向ける事の無い彼女が。
 シリルであれならば、ルミナスはもっと思いが強いであろう事は容易に想像がつく。
 
 どれほど自分が大事に思われているか自覚の薄い男に若干の嫉妬を抱きつつも、
ローラは淡々と話を続けた。

「いずれにせよ、失態は失態です。
自戒の意味も兼ねておりますので、これを受け取っていただけると助かります」

 そう言って、背後から木箱を取り出す。
 その箱は実に素っ気無く、飾り気がないが、見栄えは良かった。
 安物ではなく、贈答用として作られた事が分かる高級感があった。
 
「おや、今度はケーキか」

 木箱を開け、海人は軽く目を見開いた。
 中に収められていたのはタルト生地のチーズケーキ。
 飾りつけはシュガーパウダーのみと、実にシンプルだ。 
 美味そうではあるが、今まで彼女に貰った物は全てビーフジャーキーだったため、海人は些か意表を突かれた。 

「お嫌いでしたでしょうか?」

「いや、楽しみだ。こちらの瓶は?」

 ケーキの横に添えられていた小瓶を取り出す。
 中身は濃い紫。試しにコルク栓を開けると、フルーティーな香りがほのかに漂う。
 コルク栓の底には元となった果実の名残と思わしき顆粒が付着している。
 
「ブルーベリーソースです。
お召し上がりの際はそれをかけていただくと、より美味しくなります」

「では、ありがたくいただいて――そういえば、この時間で朝食を食べる暇はあったのか?」

「ありませんでしたが、それが何か?」

「いや、朝食の途中だったんでな。良ければ少し食べていくか?」

「よろしいのですか?」

「どうもルミナス達との生活に慣れてしまったせいか、一人の食卓が侘しくてな。
パンは無いが、米と焼き魚で良ければ――まあ、君の腹を満たすには足りんだろうが、ある」

 以前分厚いステーキ用の肉を一日あたり十枚とパンを二斤平らげた武勇伝を持つ女性を眺めながら、苦笑する。
 そこそこ多めに炊いた米ではあるが、流石にそんな人間を満腹にさせるほどの量はなかった。

「米、ですか。一度食べてみたいと思っていましたので、ご相伴に与れるなら嬉しい限りです。
とはいえ、ただ御馳走になるのも何ですので、裏の森から肉を調達して参りましょう。
十分ほどお待ちいただけますか?」

「ああ、構わんよ。食事が今から一時間後で良ければ追加で米を炊くが?」

「一時間ですか?」

「ああ、炊くには少し時間がかかるんでな」

「――なるほど、ならばその間に用事を済ませられますね」

「用事?」

「はい。丁度先日差し上げましたビーフジャーキーの材料を狩ろうと思っておりましたので。
これを運び終えましたらすぐに向かいます。たっぷりと良い肉を持ち帰りますので、ご期待ください」

 そう言うとローラは一気に背後の木箱を積み上げ、屋敷の中に運び込み始めた。
 そのあまりに軽々とした動きに、海人は手伝いを申し出る暇もなかった。 















 






 リトルハピネスは、早朝にもかかわらず多くの客で賑わっていた。
 理由はこの店のモーニングメニュー。
 美味しい物をしっかり食べて一日頑張ろう、というコンセプトで作られた日替わりサンドイッチのセットだ。
 価格は八百ルン。朝食としては高価だが、味は他店のサンドイッチを大きく引き離し、ボリュームもたっぷり。
 さらにコーヒーか紅茶、あるいはミルクが付くため、コストパフォーマンスが極めて良い。
 始めた当初は値段で敬遠されていたが、今や日によっては朝から列が出来るほどの人気だった。
 
 が、いかに繁盛しようと時刻は早朝。
 客は仕事へ向かい、一つ、また一つとテーブルが空いていく。
 最後に残ったのは、店内で唯一モーニングメニューを注文しなかった二人組だけだった。
 その客――刹那と雫も、程なくして箸を置いた。
  
「御馳走様でした」 

「御馳走様でした~、とっても美味しかったで~す」

「お粗末様。にしても御嬢ちゃん達、御飯目当てだったみたいだけど、やっぱヒノクニの人なのかい?」

 店主兼料理人の、ミッシェル・クルーガーが嬉しそうな笑顔を浮かべながら訊ねた。
 
 目の前の年若い二人は、文字通り何一つ食べ物を残していない。
 おかずにかかっていたソースすら器用に米に絡ませて食べてしまう徹底振りだ。
 その執念すら感じる完食ぶりは、料理人としては実にありがたかった。
  
「ええ。十年ほど前に両親に連れられてこの大陸に渡ってきました」

「へえ、そうなのかい。で、本場出身の人から見て、うちのお米はどうだった?
遠慮なく忌憚の無い意見を聞かせとくれ」

「美味しかったですよ。おかずの味付けが濃い目なおかげでより美味しくいただけました。
紹介していただいた方の言葉に偽りはありませんでした」

「ほ~んと、海人さんには感謝だよね~」

「あれま、カイト君の紹介だったのかい?」

「ええ、そうです――あ、そういえば少しだけ気になった事が」

「なんだい? 遠慮せず言っとくれ」

「その……失礼だとは思うのですが、海人殿のお屋敷で御馳走になった御飯はここの物より上でした。
ぜひあの米でとここのお料理を合わせて食べてみたいのですが――やはりあれは価格の関係で仕入れは難しいのでしょうか?」

「――ちょっと待った。急に話が分からなくなったんで、少し整理させてもらってもいいかい?」

「は、はい」

「えーっと、まず確認するけど、二人にこの店教えたのはカイト・テンチ――ヒノクニ式に言えばテンチ・カイト。
特徴はいっつも白衣着てて、背が高い鋭い顔立ちの色男、で合ってるかい?」

 ミッシェルの問いに、刹那は軽く首肯を返す。

 目の前の女性の語った特徴は全て昨日会った男性と一致している。
 外見的にあれだけ恵まれた人物はそうはいないため、間違えようも無い。 

 そんな刹那の反応に、ミッシェルは思わず深く唸ってしまった。

「おっかしいねえ……あの子はルミナスちゃんとこの居候って言ってたと思ったんだけど……ボケたかねえ」

「いや、間違ってねえよ。
何日か前ルミナスと会った時、その日からシェリス御嬢から買い取った屋敷に住む事になったって聞いたかんな」

 厨房の奥から出てきた獣人族のハーフの男が言った。
 そのまま慣れた様子で隅の方からテーブルを一つ一つ拭いていく。
 野性味たっぷりな外見とは裏腹に、その手つきは丁寧で誠実さが伝わってくる。

「おや、そうなのかい? それじゃあたしが知らなかっただけか。
で、もう一つの確認なんだけど――あの子に食べさせてもらったお米はうちより上だったんだよね?」

 ずずい、と身を乗り出して訊ねる。
 普段と変わらぬ人好きのする笑顔なのだが、瞳の奥に言い知れぬ迫力を放つ焔が宿っている。

「え、ええ……で、ですが、この大陸の店でこの価格で米を提供する事は凄い事――」

 やはり気分を害してしまったか、と刹那は慌ててフォローを入れた。
 ここの米もなかなか美味く、文句を言うほどの物ではない。
 あくまで海人に食べさせられた米が美味すぎただけである。

 が、そんな刹那の心配を、ミッシェルは苦笑しながら否定した。 

「いやいや、違うんだよ。あの子はうちのお客さんの中でも常連さんの部類なんだけど、一度もそういうお米の話は聞いて無いんだよ。
気の良い子だから、知ってたんなら教えてくれると思うんだけど……」

 ミッシェルは腕を組み、不思議そうに首を傾げた。

「あー、多分忘れてただけだ。
前屋台手伝ってもらってた時に気付いたんだけど、あいつ時々気づいて良さそうな事に頭が回らねえから」

「ん~……それが本当なら、食べてみたいし、仕入先を教えてもらいたいもんだねえ。
ゲイツ、ルミナスちゃんから場所は聞いてるかい?」

「聞いちゃいるが、今日から何日か仕事だ。行くのは帰ってきてからになるぜ」

「やれやれ、使えないねえ……」

「仕事なんだからしょーがねーだろ。ん? なんだい、嬢ちゃん?」

 自分の顔をじ~っと眺められている事に気付き、ゲイツはそちらへ視線を移した。
 すると、雫は可愛らしく小首を傾げ、おずおずと問いかけた。
  
「違ってたら申し訳ないんですけど……ひょっとして、ゲイツさんって『孤狼の後継』のゲイツさんですか?」

 問いかけつつ、雫は改めて目の前の男を観察する。

 獣人族のハーフ特有の特定の箇所に生えた獣毛、頭頂部の耳、さらには種族ゆえの体格の良さを差し引いても鍛えられて引き締まった筋肉。
 これでこの国在住で名前がゲイツとなると、冒険者の端くれである彼女からすると真っ先に連想されるのは唯一人。 
 この国史上最高の世界的な冒険者オーガスト・フランベルの後継者と目される、ゲイツ・クルーガーのみだ。

 そして、それは見事に的中していた。

「はは、まだそう呼ばれるには実力が足りなすぎるけどな。二人も冒険者か?」

 照れくさそうに笑いつつ、ゲイツは頬を掻く。
 一応国の内外でも有望株として名高い男なのだが、何分比較対象が悪い。
 相手は引退した今でさえ業界内で知らぬ者はいない大冒険者なのだ。  

「ええ。よろしければお訊ねしたい事があるんですけど、よろしいですか?」

「おう、何でも聞いてくれや。つっても答えられる事しか答えらんねえけどな」

 からからと笑いながら応じる。
 強面ながらもその笑顔は実に人好きのする物で、妙な愛嬌があった。

「ドースラズガンの森の奥地のミドガルズ鉱石って、ひょっとして枯渇しました?」

「いや、んな話は聞かねえけど……行って見つからなかったのか?」

「ええ。目印がまるで見当たらなかったんで、片っ端から根こそぎ掘ったんですけど、全く」

 まるで収穫がなかった事を思い出し、溜息を吐く雫。
 その言葉にゲイツはしばし考えた後、一つの質問を発した。  

「……ちなみに、どんぐらい掘った?」

「ここの床から天井ぐらいまでですよ」

「ああ、そんぐらいじゃ駄目だ。あそこのは相当深い所にあるから、最低でもその十倍は掘らねえと」

「ええっ!? うあー……流石に十倍は面倒ですねー」
 
「いや、雫。そもそも目印となる夜間の発光が見当たらなかった事を踏まえると、やはり無いだけじゃないか?」

 聞きかじりの知識を思い出しながら、刹那はやはり枯渇しているのではないかと考えていた。
 
 ミドガルズ鉱石の採掘の目印になるのは、一般的に石から放たれている青の光だと言われている。
 鉱石自体が放つ光が、夜間にそれが埋まっている地面を淡い青に変えるのだと。

 だが、あの森でその光はどこにも見当たらなかった。
 夜間に夜通し森中を虱潰しに探したというのに、まるで見つからなかったのだ。
 
「いや、あそこだと発光は普通は分からねえ。
どうやら土が特殊らしくて、光がほとんど出てこねえんだ。
一度あそこで掘ってるの見た事あんだが、ほんっっっっとに僅かな変化だ。
そん時も、ある程度掘るまでまるで分からなかったぞ」

「それほど……その時掘っていたのは、やはり『大いなる孤狼』ですか?」

「いんや、オーガスト爺さんは力押しの傾向が強いからな。
知識は豊富だけど、観察力は年のせいもあって俺よりちょっと上ぐらいだ。
そん時掘ってたのは――まあ、俺の知る限り一番ぶっ飛んだ強さの一番恐ろしい人だ。冒険者じゃねえんだがな」

「ふうむ……その方からコツをお聞きする事は可能でしょうか?」

「いや、前聞いた事があんだけど、周囲の土との色の違いが分からなかったのかって素で聞き返された。
念の為言っとくけど、俺は観察力には自信ねえが、それでも一応ゴルトースの葉とマンディアルの葉ぐらいは確実に見分けられるぞ」

「うっわ……本当だとしたら凄まじいですねー、その人」

 雫の顔が、引き攣った笑みを浮かべた。
 
 ゴルトースの葉とマンディアルの葉は、前者が滋養強壮の薬草、後者が体を麻痺させる毒草である。
 この二つ、形状はまるで同じで色合いが微かに違うというかなり性質の悪い草で、熟練の冒険者でも間違える事が多い。
 それを見分けられる人間がまるで分からないとなると、もはやそれを判別するのは人間業ではない。

 どんな化物なんだろう、と雫が想像を膨らませてしまうのは無理なからぬことであろう。

「あー、色々凄まじい。あのレベルの観察力の人間なんざ、多分この国には他にいねえよ」

「あれ? でもそれだとこの国にはその人以外あそこから掘り出せる人間がいない事になっちゃいますよ?」

「いや、そうでもねえんだ。大所帯のパーティーが適当に当たりつけてひたすら深く掘ったら出てきたって話をたまに聞くし。
掘ってる途中でモンスターに襲われる事さえ考えなきゃ、適当に掘ってりゃそのうち当たるだろ。すんげえ危険だけど」 

「なるほど~……貴重な情報ありがとうございましたー」

 雫は朗らかな笑顔を浮かべ、ゲイツにペコリと頭を下げた。
 軽い口調ながらも、その動きは実に滑らかで骨の髄まで染み付いているかのような礼だった。

「なに、気にすんな。この程度は少し調べりゃすぐ分かるかんな」

「でも、教えていただいた事には変わりありませんよー。
お礼と言ってはなんですけど、海人さんのトコあたし達が行ってきましょうか?
どーせ今は特に目的も無いんで暇ですし」

「いいのか?」

「はい。それに、ここであの御飯食べられるようになったらあたし達も嬉しいですし。ね、お姉ちゃん」

「確かにな。で、どうしましょう?」

 刹那はミッシェルへと視線を向けた。
 海人の屋敷に行く程度、二人にとっては苦でもなんでもない。
 だが、頼まれもせずに行くのではただのお節介になってしまう。
 それゆえの、問いかけだった。

「ん~……それじゃ、悪いけど頼めるかい?」

「承知しました。早ければ今日中、遅くとも明日の昼までには返って来ると思いますので」




















 森に入ったローラは、凄まじい速度で木々を駆け抜けていた。
 彼女が狙う獲物は滅多に生息域を変えないため、目的地は決まっている。
 運悪く彼女の進路を遮った魔物は悉く打ち倒し、進路を遮る木の枝も残らず斬り落として
ひたすら順調に進む彼女だったが、その途中で一つ大きな違和感を覚えた。
 
 当面は気のせいという可能性も否定できなかったため、無視して進んだが、
目的地に辿り着いた瞬間、その違和感は確固たる物となった。

(……やはり、生物の気配が少ない)

 深く意識を集中し周囲の気配を探るが、小動物を除けば気配がまるで無い。 
 本来であれば、この近辺は探る間でもなく五、六匹は中型の魔物の気配があるはずだというのに。

 あまりにも以前と異なる森の様子に、ローラは周囲の観察を始めた。

 その矢先に、気付く。現在己が立つ地面に、おびただしい鮮血の跡がある事に。
 日が経過しているのか、地面に溶け込んで分かりにくいが、紛れも無い大量の血が撒き散らかされた跡がある。
 一体や二体などという数ではない。二十体三十体、あるいはそれ以上の生物の血が地面に染み込んでいる。 
  
 ふと思いたち、軽く拳を振るって拳圧で地面を抉る。

 すると、案の定中から大量の骨が出てきた。
 それを冷たく観察しながら、ローラはある物を探す。
 そして数秒後、目的の物を数多く見つけて深い息を吐いた。

「……困りましたね。これだけ殺されては、もはやこの近くには……」

 地に深々と埋まった大きな角を取り出しつつ、念を入れてもう一度周囲の気配を探る。
 が、先程と変わらず一向に気配は無い。

 それも当然。この角の持ち主である魔物は、一流の冒険者であってもまま殺される事がある危険度。
 この森の中に生息する生き物の中では最強と呼んで差し支えない生物だ。
 そんな存在があっさりと虐殺されてしまうような場所に近寄る獣はまずいないだろう。
 
 どうしたものかと思っていると、遠くの方から地面を駆ける複数の足音が聞こえてきた。
 重々しく、荒々しく、なんとも猛々しい、恐怖を煽るかのような轟音。
 その音に、ローラは薄い、それとは分からぬほどに薄い安堵の笑みを浮かべる。

「急いで探さねばならないかと思いましたが――素晴らしい。
これだけあれば、当分は獲りに来なくてすみます」

 瞬く間に周囲を取り囲んだ群を見渡す。
 
 外見は、牛と言って差し支えない生き物だった。
 違う点はルビーの如く煌々と光る瞳、普通の牛より二回りは大きい筋骨隆々とした巨体、
そしてより根が太く先端が鋭く進化した強固な角。
 
 が、所詮それらは外見上の違いでしかない。
 この生き物には牛とは明らかに一線を画す明確な違いがある。

『モォォォォォオオッ!』

 ローラを取り囲んだ獣の群の体躯が燐光に包まれ、一斉に周囲を揺るがす雄叫びを上げる。

 ――この雄叫びはいわば詠唱。この直後、とある強力な魔法が発動する。

 牛型の魔物の周囲を、剛風が取り巻き始めた。
 同時に彼らは足を踏み鳴らし、必殺たる攻撃の準備を始める。
 そして――取り巻いていた風が、ローラへと向かって一斉に吹き抜けた。
 攻撃としても十分実用に足るその突風と同時に、魔物の猛突進が行われる。
 嘶き無しでも狼の速度に勝るそれは、強烈な追い風によって豹すらも軽々上回る。

 だが、ローラは造作もなくその突進を上空に飛んで回避した。
 待ち受けていたかのように鳥型の魔物が数匹襲い掛かってきたが、彼女はそれを苦もなく迎撃した。
 ナイフを取り出し、首を、翼を、胴を、とりあえず狙い易い所を斬り落とし、魔物の動きを潰す。 
 この間一秒にも満たないが、その間に下で突進してきた魔物の内二頭が後ろ足で器用に地面を蹴って追撃を仕掛けてきていた。
 このあたりは時として中級ドラゴンすら仕留める事もある猛獣の面目躍如といったところか。
 
 が、今回はあまりに相手が悪かった。

 空中でローラが一瞬身構えた次の瞬間には、追ってきた二頭は標的を見失っていた。
 その直後強烈な打撃音が――あまりに速過ぎる連撃ゆえに常人の耳には一度にしか聞こえぬそれが響き渡り、
同時に巨大な生首が二つ地面へと落下を始めた。
 その首は何が起こったのかも分からぬ様子で、怒りの表情で固定されている。

 唐突な仲間の死に、一瞬地に残っていた他の牛達に怯えが走る。

 ――そして、それこそが致命的な隙となった。

 恐怖によって萎縮した隙にローラは落雷の如く地面に降り立ち、瞬きの間に群の隙間を駆け抜けた。
 先程と同様の打撃音が森に響き渡り、やがて残響も消え果てる。
 そして一瞬無音が生じ、深い静寂が森に満ちる。
 
 それを打ち砕くかのようにローラが足を軽く踏み鳴らすと、牛達の首が重々しい音を立てて残らず落ちた。
 それからやや遅れ、凄絶な回数の打撃を浴びせられて変形した胴体が崩れ落ちる。

 地震のような震動を生じさせて息絶えた獲物達を冷瞥すると、ローラは獲物の解体作業へと取りかかり始めた。 



































 ローラが海人の屋敷に戻ってからしばし。
 二人は屋敷の庭にテーブルを持ち込み、向かい合って食事を始めていた。
 どちらも元々口数が少ないうえ、侘び寂びに満ちた周囲のおかげで、実に静かな食事風景だった。
 周囲の空気もそれを歓迎するかのようにほのかに涼しげな風が吹き、心地良く抜けていく。
 そんな中、海人が口を開いた。
  
「ローラ女士、本当にあの肉は貰っていいのか?」

「はい。思いがけず多く狩れましたので。お味の方はいかがでしょう?」

「美味い。肉の質も良いのだろうが、焼き方が上手いな。米と一緒に食べてると止まらなくなりそうだ」

「ありがとうございます。この御飯というのでしたか? これも素晴らしく美味しいですね。
肉汁が絡むと形容し難いほどの旨味が出てきます。
普段はパンと合わせるのですが、相性の良さではこちらに軍配が上がりますね」

 山盛りの米の上に乗せられたステーキにフォークを伸ばしながら、満足そうに頷いた。
 先程から米と肉合わせて二kgは軽く平らげているはずだが、苦しそうな様子は見えない。
 むしろ、食べるたびに食欲が増しているかのようである。
 
「気に入ったのなら何よりだ。おかわりはたくさんあるから、遠慮せずに食べるといい」

「……では、お言葉に甘えさせていただきます」

 海人の言葉に軽い会釈を返すと、ローラは食べるペースを上げ始めた。
 
 と言っても、早食いをしている印象は無い。
 手の動きは尋常ではないほどに速く、一口当たりも大きいのだが、なぜかがっついている雰囲気が無いのだ。
 ただ、気が付くといつの間にか彼女の皿に次のステーキと御飯が乗っかっているのだ。
 
 彼女がまとめて厚さ二cm程のステーキ二十枚以上を焼き上げた時には味が落ちる事を心配していた海人も、
この速度なら味が劣化する間も無い、と変な納得の仕方をしていた。
 
 なお、海人の皿にはいまだ一枚目のステーキが半分ほど残っている。
 美味いには美味いのだが、ローラが来る前に焼いた魚も食べたため、既に満腹なのだ。
 勿論、目の前の女性の現実感に乏しい大食いっぷりを見て呆気にとられていたせいもあるが。

 海人がやや苦戦しながらもステーキを食べていると、ローラが先に全ての肉を食べ終えた。
 そして、未だ皿に残っている海人の肉を見て、首を傾げた。

「……やはり、お気に召しませんでしたでしょうか?」

「いや、食べ過ぎるとケーキが入らなくなりそうでな。
残すのも勿体無いし、よかったら食べてくれると嬉しい」

「……では、ありがたく頂戴いたします」

 ローラはそう言って海人と自分の皿を交換すると、おおよそ百グラムはあったであろう肉の塊を瞬く間に平らげてしまった。
 そして口の端をナプキンで軽く拭うと、立ち上がって近くにあったティーセットで紅茶を淹れ始めた。
 それと平行して、持って来たチーズケーキを切り分け、皿に移した。

 それを早速一口頬張ると、海人の目が見開かれた。
 
 レアチーズの如く濃厚な味わいでありながら、まるでクセを感じない。
 タルト生地もさっくりとした食感と甘味で、油っぽさを感じない。
 試しにブルーベリーソースをかけてみると、また違った味わいに変化する。
 
 率直に言って、海人が今まで食べたデザートの中で一番美味かった。 
  
「……美味いな。ステーキも美味かったが、これはまた格別なデザートだ」

「お褒めいただき恐悦至極。
私の料理のレパートリーの中でも数少ない自信作ですので、なんとも嬉しいです」

 丁寧に注いだ紅茶を海人に差し出しながら、恭しく礼をする。
 表情は一切変わっていないが、若干口調が弾んでいた。

「自信作か。そういえばあのステーキは何の肉なんだ?」

「エンペラー・カウの肉です」

「ん? 確かあれは固くて食用にはならないんじゃなかったか?」

「一般的にはそう言われているようですが、あれは仕留め方で肉質が劇的に変わります。
二秒以内に体の特定部位五箇所に一定威力の打撃を各二十発ほど叩き込み、すかさず首を落とすと、あのような肉になるのです」

「……胡散臭いというかなんというか、普通は無理な方法だなぁ……っと、そうだ忘れるところだった」

 相変わらずのローラの化物っぷりに呆れつつも、海人は足元に用意しておいた木箱を取り出した。
 が、蓋が閉められているため、中に何が入っているかは分からない。
 
「それは何でしょう?」

「仕事との交換条件になった果物の栽培法。こっちは種と苗木だ。
この国の気象条件――少なくともカナール近郊なら、書いてある通りにすればおおよそ成功するはずだ。
まあ、一部はかなり年月がかかるだろうがな」

 海人は箱の蓋を開け、中身の解説をしつつ、ローラの足元へ置いた。
 中身は整然と整えられており、入れた人間の几帳面さがよく出ていた。 

「……随分と分厚い本ですが、そんなに複雑なのですか?」

 渡された箱の中へと視線を落とし、訊ねる。
 栽培法の説明書と思しき本は一冊一冊がかなり厚く、全て覚えるにはかなりの労力を必要としそうだった。

「基本的な栽培法は単純だ。分厚くなった理由は天候が荒れた場合やら害虫やらといった事の対策のせいだよ。
そこに書いてある内容でも対処できない場合は私に言え、と君の主に伝えておいてくれ」

「流石、と申し上げるべきでしょうか。まるで隙がございませんね。
……ところで、一つお訊ねしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「なにゆえ、銅鑼だったのでしょう?」
 
 ローラは珍しくやや困惑したような顔で、玄関先で見た奇妙な物について訊ねた。
 
 屋敷の門の前に『御用の方はこれを叩いてください』という注意書きと共に大きな銅鑼が設置されていたのだ。
 通常であればこの手の屋敷には門番がおり、来客の際は出迎える事になっている。
 使用人がいないこの屋敷では別の手段しかないというのは分かるのだが――それにしても普通なら鐘である。
 
 何か深い理由でもあるのだろうか、などと彼女が思っていると、実に簡潔な答えが返ってきた。 

「一番響きやすいからだ」

 答えながら、軽く紅茶を啜る。

 実のところ、銅鑼である必要は全く無い。
 あれは叩くと中に仕込んであるスイッチが押され、ローラを出迎えるまでつけていたイヤホンがチャイム音を鳴らすだけの仕組み。
 鐘であっても問題は無いのだが、屋敷内のどこにいてもすぐに気付く事への不自然さを消すために、音が良く響く銅鑼にしたのである。
 
 無論、海人独特の茶目っ気もたっぷりと含まれているが。

「……思いのほか単純な理由だったのですね。
さて――では、名残惜しいですが、今日はこれにてお暇させていただきます。
主には昼までに戻ると言って出てきましたので」 

 ローラがティーカップを傾けて一気に干すと同時に、彼女の体から微細な魔力が発せられる。
 直後、空になった食器が風で宙に浮き、水で洗浄され、仕上げに熱風で乾燥させられた。
 初歩的な魔法の組み合わせ作業ではあるが、一連の流れを無詠唱で完璧に行える者はそう多くない。

「お見事。ま、相変わらず忙しそうだが、頑張ってくれ」

「ありがとうございます。あ、お見送りは結構ですので、ごゆっくり紅茶とケーキをお楽しみください」

 立ち上がろうとした海人を軽く制すると、ローラは一礼してから荷物を抱えて飛翔魔法で飛び立った。
 気を遣ったのか、それによって巻き起こされた風は海人の座る場所に届く事はなかった。








テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

コメント
初[i:63913]感想
ダメ元で覗いたらまさかの24話あまりの嬉しさに感想書かずにはいられませんでした

新章に入ってからもますます面白いです
これからも頑張って下さい
[2010/05/01 01:37] URL | さとやん #- [ 編集 ]

はじめましてー
昨日見つけたのですが、おもしろいので1日で読み終わってしまいました。

これからも頑張ってください((´∀`*))
[2010/05/01 12:39] URL | せかい #xWcPHHb2 [ 編集 ]


ひゃっはーローラさんの回来てたー!
相変わらずの超人っぷりにますます惚れ込みました。

続き楽しみにしております。
[2010/05/01 19:56] URL | 1000円 #GpT49UKE [ 編集 ]


もしローラ女史と海人の間で子供ができ、それを二人で英才教育をしたらどれほどの怪物ができるか没ネタ的なifストーリーでいいので期待してもいいですか?
[2010/05/01 20:50] URL | $$ #- [ 編集 ]


あれ?最新話更新されてる?

……え?ゲイツってそんなにすごい冒険者だったんですか?
あんな半ギャグ要因的な存在が?
オーガスト老といいこの世界の男性冒険者は格が上がるほどギャグ化するのでしょうか

ローラ女史きたーー!
彼女の料理を本気で食べてみたいです
どれだけおいしいんだ!
そしてどれだけ希少価値が高いんだ!
そしてこれだけの状況ができていても海人とローラ女史のラブイベントというかそういう状況が想像できない!
何故だ!個人的には好きな組み合わせのはずなのに!何故想像できない!

次回更新も楽しみにしてます!
[2010/05/02 01:57] URL | 華羅巣 #zR7lJLBY [ 編集 ]


相変わらずローラ△w エンペラー・カウの肉の原理はダチョウみたいなものなんだろうか?
次回、また新キャラとの絡みがありそうなので期待しています。
[2010/05/02 02:39] URL | レキ #- [ 編集 ]


>ここの米もなかなか美味く、文句を言うほどの物ではない。
>あくまで海人に食べさせられた米が美味すぎただけである。
> が、そんな刹那の心配を、ミッシェルは苦笑しながら否定した。 
>「いやいや、違うんだよ。あの子はうちのお客さんの中でも常連さんの部類なんだけど、一度もそういうお米の話は聞いて無いんだよ。
>気の良い子だから、知ってたんなら教えてくれると思うんだけど……」


どう見ても、ネタバレフラグですw
どうも本当にありがとうございましたwww
[2010/05/02 03:34] URL | あ #- [ 編集 ]


それにしてもローラ海人はお似合いカップルですな。
強力すぎるwww

にしても、もしや書類をロボットにやらせるんじゃないだろうなww
海人ならすでに言語マスターしてるだろうし計算ぐらいならソフト作れるか?
シェリス組に殺されるぞ・・・
[2010/05/02 15:09] URL | トマト #mQop/nM. [ 編集 ]


肉料理が達人なんじゃなくて料理も完璧なのか
何をやっても完璧となると生き辛そうだな

だからこそストーリーになるんですけどね~

どう展開するかとてもたのしみです

ところで、建築機械や建築資材って創造魔法(大)や(中)を使えば一発では?
[2010/05/03 02:07] URL | ぞら #7xIPwYi. [ 編集 ]


そこはで厳重なセキュリティにしてもHxHのトリックタワーの時のゴンのように壁抜きするような人物が回りにたくさんいますよねぇ
[2010/05/03 10:05] URL | meo #TY.N/4k. [ 編集 ]

トリコ
ローラさんはグルメハンターなのか・・・

[2010/05/03 10:10] URL | 帽子屋 #- [ 編集 ]


ローラ女史には海人と幸せになって貰いたいものです!
[2010/05/03 10:35] URL | 陽炎 #- [ 編集 ]


更新お疲れさまです。

シェリスさんが仕事投げ出してでも食べたいケーキ・・・
どんだけローラさんのケーキ旨いんだろうかwww
そしてミッシェルさんがカイトんほ米に目を着けたようですwww
カイトの取引相手がまた増えるか!?
それにしても果物の苗・・・一体どの果物なんだろうか。
栽培に成功したら特産品とかになりそうですな。
[2010/05/03 12:51] URL | ズー #B1FehmyE [ 編集 ]

初コメント
はじめまして、毎週日曜日の更新を楽しみにしております、なまけものと申します。
今回はローラ女史のターンでしたね。手ごわいライバルであるルミナスたちがいない隙にカイトと積極的に交流を持とうとするローラさんが可愛く思えますww、ビーフジャーキーだけでなく自信作のケーキまで持ってくる辺り、料理上手なルミナスへの対抗心があるんでしょうか。
22話での「私に心を開いて欲しい」発言といい、今回のシリル達との絆への嫉妬といい、ローラさん結構マジですね。まあローラは恋愛感情というよりは同じ「化物」のカイトへの親近感や同族意識が強いんでしょうけど。この二人は恋人というよりか、気付いた時には以心伝心の熟年夫婦のような間柄になってそうだ。
でもシャロン達部下のメイドにはローラがカイトにアタックしてるのは薄々気付かれてるみたいですね。最近のシェリスははっちゃけてますし、カイトがローラとくっついたら自分の味方になると考えて最大限バックアップしそうですけど……。

ロボット作って工事させてるカイトに自重しろwwとツッコミを入れてしまいましたが。どれだけ地下研究室のセキュリティを完璧にしてもローラとかルミナスみたいな猛者なら力尽くで壊して侵入しそうなんだが……。壁とか壊して無断で侵入されたら機密保持の為に自爆システムが作動したりするのかな?

あと疑問なのですが、伝説の冒険者と言われるオーガスト老と最強扱いされてるローラってどっちが強いんでしょうか?
多分ローラだと思うのですが、明確にどっちの方が強いかは今まで書かれていなかったと思うので。

新キャラの宝蔵院姉妹がこれからどう関わってくるのか楽しみにしつつ次週を待ってます。
[2010/05/04 06:41] URL | なまけもの #BejLOGbQ [ 編集 ]

だんだんと
デレてきている様なそうでもないような?
でも、くっついている姿がいまいち想像できませんw
最強で最凶なのでシェリス嬢が可哀想ですw

ローラ女史はつねに出ているよりは
たまに出ておいしいとこ持って行って欲しいような気もします。

これからどうなるのかニヤニヤ楽しみにしています。
[2010/05/04 18:45] URL | ななし #GCA3nAmE [ 編集 ]

更新お疲れ様です。
 定期的に更新されているので、毎週楽しみにしています。

 24話で、ローラさんが仕事を持ってきたときに、「え? 没ネタ採用?」 とか思ってしまい、もう一度読み返してしまいました。
 18話に書かれていましたね。 リリーの話ですっかり忘れていました(汗

 カイトとローラがタッグを組んだら、不可能なことが無いんじゃないかと思ってしまいます。
 ローラさんが石掘りしていた話は、何かの伏線かなーと 楽しみにしています。
[2010/05/04 21:18] URL | シン #mQop/nM. [ 編集 ]


更新お疲れさまです。

書類仕事が減ったと喜んでいるシェリス嬢ですけど、カイトが書類を片づけている間に既存の方法じゃなくもっと効率ないい方法を知っているものを見つけて指摘してしまうため、結果的に仕事が増えてしまいそうですね。
[2010/05/07 06:16] URL | ハシャ #Pt0xDOGE [ 編集 ]


ローラや新キャラの姉妹がいい感じですね。

暴力的なヒロインに辟易していたところでしたので、新章に入ってからはいつも以上に楽しく読ませていただいております。
取り敢えず無意味やたらと暴力をふるって主人公と絡ませようとゆう部分を控えた方がいいのになぁと感じました。
[2010/05/13 18:38] URL | アナ #w2YPfsyE [ 編集 ]


見当違いかもしれませんが気になった点があったのでご報告です。

>ローラがティーカップを傾けて一気に干すと同時に、彼女の体から微細な魔力が発せられる。
の部分は
>ローラがティーカップを傾けて一気に”飲み”干すと同時に、彼女の体から微細な魔力が発せられる。
だと思われます。
[2010/12/18 15:13] URL | #- [ 編集 ]


ローラとカイトがお似合いすぎるw
[2012/10/08 07:54] URL | 月 #tgQz3Geo [ 編集 ]


コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
http://nemuiyon.blog72.fc2.com/tb.php/71-e2baad6c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

九重十造

Author:九重十造
FC2ブログへようこそ!



最新記事



カテゴリ



月別アーカイブ



最新コメント



最新トラックバック



FC2カウンター



検索フォーム



RSSリンクの表示



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QRコード