FC2ブログ
ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
番外編セット37




 番外編181



 エアウォリアーズ。
 団としての歴史は短く結成から十年にも満たないが、
その圧倒的な戦力と全ての戦場で例外なく生み出す多大な戦果により、
時に世界最強とも称される事のある傭兵団である。
 
 それだけに入団希望者は多いが、実際に入れる者は一握り。
 入団試験自体は面接と団員との試合というスタンダードな内容だが、それが難しい。

 なにしろ、エアウォリアーズの団員は例外なく精鋭。
 平団員でさえ、そこらの傭兵団なら不動のトップエースたりうる人材。
 その中でも中堅以上の人間が試験官になるのだ。
 勝利が入団条件というわけではないが、それでも好成績は滅多に出ない。
 不合格の一言と共に地に沈んだ人間の数は、他の団の人間が聞けば絶句する程だ。

 試験とは別枠の、表に出ていない裏口的な入団もあるが、これはある意味試験以上に厳しい。
 というのも、三隊長以上の地位にある者が有望と判断した場合だからだ。
 そしてその枠の数は一年に一人のみで、三隊長が採用した場合は自分の隊に組み込まなければならない。
 必然的に見る目は厳しくなり、未だに一度もこの権限を使っていない者もいる程だ。

 ゆえに、新入りなどは入団した段階で自分が強者だと思ってしまう者もいる。
 実際間違ってはおらず、一部を除けばそこらの傭兵よりは余程強い。
 
 が、エアウォリアーズの団員として強いかといえば、そうでもなかったりする。

「げぶはぁあああああああああっ!?」

 昨日入団したばかりの青年が、吹っ飛んでいく。
 転がりながら大地と情熱的なキスを幾度も交わし、もう嫌だと思っても回転が止まらない。
 それどころか、鼻の中に土が入り込んで呼吸すらままならなくなっていく。
 ようやく止まった時には、彼の全身は土に染まっていた。

 朦朧とする意識の中でどうにか立ち上がり、彼は冷静に現状を分析する。

 なぜ吹っ飛んだのか。
 第三部隊隊長ケルヴィン・マクギネスにぶっ飛ばされたからだ。
 直前にかろうじて見えたのが、獣人らしい毛で覆われた拳だったので間違いない。

 なぜぶっ飛ばされたのか。
 隊長格の力を肌で感じたいと、手加減抜きでの組手を頼んだからだ。
 元気の良い新人は大歓迎だ、と快く引き受けてくれたのを覚えている。

 なぜ組手なのに開始直後にぶっ飛ばされたのか。
 実力の開きが、ケルヴィンの予想以上に大きすぎたからだ。
 あれ? 今の速すぎた? と困惑した様子で狼狽え、周囲の人間を窺っている。

(こ、これがエアウォリアーズの隊長格……やっぱすげぇ)

 気を抜けば遠のいていく意識をどうにか繋ぎ止め、歩き出す。

 もはや組手になどならない、そんな事は分かっている。
 気合と根性でどうにか動いてはいるが、再び拳を構えるのはほぼ不可能。
 ついでに言えば、あの狼狽えっぷりからして、ただの牽制程度の拳だった事は明白。
 開始前に先輩集団が言っていた、手加減が下手だという言葉は事実だったのだろう。
 もう一撃受ければ、本当に死にかねない。

 が、それでももう一度凄まじい拳を見てみたい。
 
 その思いだけで歩みを進めていた青年の足が――――唐突に払われた。

「はいはい、そこまでよ新入り。命あっての物種。
どーせこの先何度も見る機会あんだから、今日は大人しくしときなさい。
それに団長の拳はケルヴィンなんか目じゃないぐらい凄いからね。今死ぬのはもったいないわよ?」

 青年を抱き留めながら、穏やかに諭す黒翼の女性――――ルミナス・アークライト。
 ぞんざいな口調だが優しい言葉に青年の気が緩み、そのまま意識を失った。

 それを見届けると、ルミナスは近くの団員に彼を預け、ケルヴィンにゆっくりと詰め寄る。

「こんの筋肉馬鹿! 貴重な新入り殺しかけてんじゃないわよ!?」

「もーちっと腕が立つと思ってたんだよ!」

「しょーもない言い訳すんなお馬鹿! 軽いとこから徐々にペース上げてけって何度言われてんのよ!?」

 怒鳴り返してきたケルヴィンに、それ以上の怒声で返すルミナス。

 ケルヴィンが新人を半殺しにしたのは、今回が初めてではない。
 血の気が多い新人が入ってくると必ずと言っていいほどに、同じ事が起きている。
 態度が悪い新人ならば上下関係を叩きこむという意味ではそれも悪くないのだが、
今回のように真っ当に向上心の強い新人も同じ目に遭うのはまずい。
 
 ゆえに、これまで副団長とアンリから何度も叱責されているのだ。
 その度に超高速の刀による毛のカットで『馬鹿』『駄犬』『犬未満』などと刻まれたり、
獣よろしく鞭による調教を受けたりしているが、一向に改まらない。

 とはいえ、今まではルミナスは静観していた。
 一応死亡や退団などの実害は出ていないし、副団長とアンリ二人がかりの懲罰でも改善が見込めない以上、
ルミナスが言っても無駄だからだ。

 が、あまりに繰り返されるケルヴィンの失態に、我慢の限界を超えた。

「い、いや、手加減抜きって言われたからな。それなら男としてせめて殺さねぇギリギリの力で戦わなきゃ失れぐが!?」

 この期に及んでなお反論しようとしたケルヴィンの顎を、ルミナスの拳が打ち抜いた。
 コンパクトながらも腰が入り、ケルヴィンにさえ予備動作を感じさせない見事なアッパーである。

「そういう事はまともに手加減できるようになってからほざきなさい! んっとにこの馬鹿は毎度毎度……!」

 ケルヴィンの首の毛を両手で掴み、というか握りしめ、締め上げる。
 通常ならその程度ではビクともしないケルヴィンなのだが、   

「あ、あの、ルミナスさん……隊長が足ガックガクでふらついてるんですけど。
ってか、半分白目むいてんですけど」

「そのつもりでぶん殴ったんだから当たり前でしょ。これ以上馬鹿な言い分聞いたら私も本気で怒りそうだし。
あんだけやらかして懲りないんだから、剣抜かないだけ手緩いと思うけど?」

「ぐ、う……だ、黙って聞いてりゃ、好き放題言いやがってぇぇぇぇっ!」

 どうにか意識を引き戻し、態勢を立て直したケルヴィンが、ルミナスに掴みかかろうとする。
 当然ながら、手加減はしない。そんな事をすれば、手痛いカウンターが確定してしまう。

 が、ルミナスは冷めた目でそれを捉え、的確に対処した。

 毛を掴んだまま掴みかかってきた力に逆らわず、自分から倒れ込む。
 そしてそのままケルヴィンの真下に潜り込み、足を使って彼の体を弾き飛ばす。

 ――――そのままであれば彼の体は回転し、地面に背中から叩きつけられていただろう。 

 綺麗に投げられつつも、ケルヴィンは抗った。
 叩きつけられてなるものか、と強引に体を捻って着地しようとしたのだ。
 実際それは上手くいき、彼は両足から着地した。

 ――――悪かったのは何か。

 ケルヴィンが無駄に足掻いた事か。
 あるいはルミナスが怒りに任せて凄まじい力で掴んでいた事か。
 強いて言えば、何よりも運が悪かったのかもしれない。

 いずれにせよ、悲劇は起きた。

「あっだぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「……あ゛」

 のたうち回るケルヴィンの悲鳴に、ルミナスは冷や汗を垂らした。

 彼女の視線の先には、先程まで掴んでいた物。
 付け加えるなら、今しがた引きちぎってしまった物。
 ケルヴィンにしては割とこまめにブラッシングしたりして、手入れしている物のなれの果て。

 ――――ケルヴィンの首元の手が、たっぷりと握りしめられていた。

「あー……ごめん」

「ごめんで済むか、あほんだらぁ!? 何てことしてくれてやがる!?
また生え揃うまでどんだけかかると思ってやがる!?」

 痛みに悶えながらも、ケルヴィンはルミナスに猛抗議する。

 引きちぎられた部分は、見事に丸ハゲ状態。 
 日頃から手入れして手触りとふわふわ感を維持している物が、一瞬で消えた。
 罰でもカットに留めた副団長を超える、無慈悲なる暴挙。 
  
 断じて許せるはずはない。

「いや、だから悪かったってば」

「それで済むわきゃねえだろ馬鹿! ったく、日頃常識人ぶってるくせにガサツな女だぜ。
今はいろんな男袖にしてるからその性格露呈してねぇだけで、付き合ったらすぐ愛想つかされて終わりだろーよ」

 けっ、と捨て台詞を吐いたケルヴィンに、ルミナスの顔色が変わった。
 それまでの申し訳なさそうな色は消え、触れれば切れそうな鋭さが宿っている。

「……ざけてんの? 元々はあんたがやらかしたのが原因でしょうが。
やりすぎたのは悪かったけど、そこまで言われる筋合いはないわよ。
そんな事も分かんないわけ? マジで知能犬未満になったの?」

 挑発的な言葉を締めくくるように、鼻で笑うルミナス。
 それを見て、ケルヴィンの頭に完全に血が上った。

「んの野郎……上等だ! ぶっとばしてやらぁっ!」

「こっちのセリフよ!」

 怒声と共に飛びかかってきたケルヴィンに、ルミナスも迎撃に移った。

「……はっ!? ちょ、御二―――やばっ! 総員退避ぃぃぃぃぃっ!」

 非常に珍しいルミナスの激昂に呆気に取られていた周囲の団員が、即座に避難指示を飛ばす。
 程なくして、エアウォリアーズ屈指の化物二人の激戦が始まった。








 ケルヴィンに吹っ飛ばされた青年は、周囲に響き渡った轟音で目を覚ました。
 跳ね起き、何事かと周囲を咄嗟に見回す。

「おや、起きましたか。なかなか回復早いですね」

「は、はあ……あの、何が起きてるんです? 凄い音があちこちから響いてますけど」

 感心したように目を細める先輩団員に、青年は思わず問いかけた。

 先程からあちこちで凄まじい音が響いているが、音源が見当たらない。
 何かを叩きつける音にそちらを向けば、地面に人よりも大きな穴が開いているのに、他には何もない。
 どういう事かと首を傾げていれば、直後別の所から木がへし折れる音が響く。
 人の声らしきものもひっきりなしに聞こえるのだが、そちらについては方向を特定も出来ない。

「ルミナスさんと隊長の喧嘩です。つっても、隊長が一方的にボコられてますけど。
あ、追い詰められたからって空に逃げちゃダメじゃないですか隊長……」

「……え?」

「ルミナスさんと隊長だと、地上戦でやっと互角。
本領の空中まで使われたら、そりゃ成す術ないでしょ。あ、今度は後頭部蹴られた。
しかし、隊長の頑丈さも頭おかしいですよねー。今のなんか、私だったら頭無くなってますよ」

 解説しながらひょいひょいと視線を動かす先輩団員。
 青年がよくよく周りを見てみると、他の団員も似たような動きをしていた。

「あの……先輩方は皆さん見えてらっしゃるんで?」

「これぐらい距離があればね。間近だと流石に無理です」

「……俺、ここでやってけるか自信なくなってきたんですけど」

 青年は、がっくりと肩を落とした。

 エアウォリアーズに入団出来た時は、自信があった
 憧れの団とはいえ、才能にも日々の修練量にも自負があり、
その証明として入団できたと思っていたからだ。

 が、今日一日で随分と派手にそれをぶち壊された。

 三隊長の一角に及ばぬだけならまだ想定内だが、先輩団員の足元にも及んでないというのは想定外。
 少なくとも、現状この場にいる団員の中で自分が一番弱い事だけは明白。
 他の団員は違う、というのは希望的観測だろう。 

 そんな彼に、先輩団員は穏やかに声をかける。

「大丈夫です。この団で1年も生き延びればこれぐらいはできますから。
私も入団したての頃は貴方と似たようなものでしたからね」

 そう言って、何やら遠くを見つめる先輩団員。
 その背には、なぜか言い知れぬ哀愁が漂っている。

 その姿に、青年は言い知れぬ嫌な予感を覚えた。

(……な、なんでだ? 一年生き延びればいいだけって言われてるのに)

 少し震え始めた体を押さえ、考え込む。

 程なくして青年は、この時の予感がこの上無く正しかった事を知る。
 一年生き延びる、それがどれほどの難行であるのかを。

 常に限界を超え続けなければ、生存すらおぼつかない。
 それこそがエアウォリアーズという団なのだと。

 一年後見事生き延びた彼は、それを達観と共に悟っていた。 

 
 









 番外編182








 
 空を見上げれば、どこまでも澄み渡った青空。
 周りを見渡せば、陽光を浴びて生命感を増した緑。
 軽く息を吸い込めば、土と木々の香りが鼻孔をくすぐる。

 そんな心地良い環境で、雫は日向ぼっこに興じていた。

「あー……良い陽気だなぁ~……」

 まったりとした表情で呟き、緑茶を一口。

 たかが一口の茶だが、たまらなく美味かった。

 昨日から仕込んでおいた、水出し玉露。
 香りこそ若干弱めだが、その分味をしっかり楽しめる。
 苦味はほとんどなく、旨味と甘味はたっぷりと発揮されたその味を。
 
 程良く冷えたそれは、この陽気においては程良く体に染み渡る。
 寒い日は勿論、真夏でもこの優しい快感は得られない。
 あまり暑いと、全身に染み渡る速度が速すぎるのだ。
 今日のような暑くも寒くもない気温、そして日差しの温かさがあってこその快感である。

 雫はじっくりと一杯を楽しんだが、たかが一杯。
 さしたる時間をおかず、器は空になる。

 すると彼女は、用意してあった漆器の小皿に手を伸ばした。

「……ん~♪ やっぱこれ選んで正解だねぇ。良い味良い味♪」

 漆器の上の菓子を口に放り込み、顔を綻ばせる雫。

 菓子は、干菓子。
 特徴的な風味のある砂糖を固めただけの物だが、これがまた美味い。

 舌の上に乗せた途端さらさらと溶けていく食感。 
 濃厚でありながら、食感と同じくさらさらと消えていく甘味。
 少しばかり癖のある香りも、食べ終えて数秒とかからず消えていく。

 普段なら雫にとっては上品すぎてあまり好まない物だが、今日この場所においては最適解。
 上質な甘味を味わう快楽を享受しながら、この穏やかな環境の快楽は阻害しない。
 なんとも素晴らしい特製の味である。

 雫の大好物である汁粉だと、こうはいかない。
 確かに美味いが、主張が強い分意識がそちらに向きすぎてしまうのだ。
 間違いなく、この穏やかな空間を満喫する幸福が阻害されてしまう。

 雫は菓子を一つ食べ終えると、ごろんと地面に寝そべった。 

「あ~……幸せだねぇ……ホント、のんびりした生活ってそれだけで至福だなぁ」

 怠惰な幸福を満喫し、雫は今の日常に思いをはせる。

 朝眠い目をこすりながら、起床。
 鍛錬後美味しい朝食を食べ、自由時間。
 その後再び鍛錬を行い、やはり美味しい昼食。
 再び自由時間を過ごし、夕食前に鍛錬。
 鍛錬で掻いた汗を大浴場で流し、夕食、自由時間、就寝。
 鍛錬時間は日によって変わるが、流れは概ねこんなものだ。

 カナールに出かける事もあるが、その実態はほぼ休暇。

 やる事は海人の買物に付き合うだけだし、どこか他に行きたい場所があれば言えば許可が出る。
 さらに食事においては屋台での買い食い以外は海人が払ってくれる、というか買い食いの時も皆で食べようと出してくれる事がある。
 なにより、時間の都合上地獄の鍛錬が一回は確実に消えるというのが大きい。
 
 ――――実に素晴らしい日々である。これが少し前まではどうだったか。

 朝魔物の殺気を感知して起床。
 寝起きで何匹かの魔物を片付け、朝食の材料に変える。
 美味くもない料理で腹を膨らませた後、討伐対象がいる場所へ向かう。
 なぜかギルドの情報より種類・数共に増大している魔物を片っ端から斬り捨て、毒持ち魔物を昼食に変える。
 肉体強化で毒を浄化しながら依頼を受けた町に戻り、冒険者ギルドに顔を出す。
 少ない依頼料と誤情報による申し訳程度の慰謝料を受け取り、町で泊まるか否かを決める。
 大体はお金がもったいないと野宿を決め、ちょっと美味しい夕食を食べて適当な寝床を探し、就寝。

 たまには人間らしい休息を、と奮発して宿泊を決める事もあったが、大体碌な事にならない。

 例としては、部屋でのんびりしていると突如魔物が天井をぶち破ってくるなどだ。
 どうも上空で起きた魔物同士の戦いの敗者だったらしいが、その割には元気一杯。
 その巨体で部屋、というか宿を粉砕しながら暴れ回った。
 姉と二人でバラバラに解体するも、宿は要修繕ではなく要再建レベルの壊れ具合。
 涙を流しながら呆然とする経営者夫妻に倒した魔物の素材を再建費用に、と申し出て臨時収入をふいにし、
魔物の唾液に溶かされた全財産に心で涙しながら、野宿先を探す事になった。
 
 ――――実に最低最悪の日々だった。二度と戻りたくない。

 苦々しい事この上ない記憶に顔を顰めた雫だったが、直後表情が一転する。
 一瞬前までのやさぐれ具合はどこへやら、とても楽し気な良い笑顔だ。

 程なくして、屋敷に繋がるドアが開かれた。 
 
「おや、雫。日向ぼっこかね?」

「そです。ついでに人生についてちょっと思いを馳せてました」

「ほう、珍しいな。具体的には?」

「いやー……金持ちの飼い犬みたいに堕落した生活って素晴らしいですよね。
野犬みたいな冒険者生活なんてやってらんねーです」

「あー……なるほど。まあ、茶でも飲みたまえ」

 目のみが死んだ満面の笑顔で答える雫に、海人は持参した緑茶を差し出す。
 雫が用意した物と同じ、水出し玉露を。

「んぐんぐ……ぷはぁっ! あー、生き返るぅ~……」

「生き返る、と言いながらますます目が死んでいくというのも斬新だな。もう一杯飲むか?」

「ん~、それよりそこ座ってください。立ちっぱなしじゃ疲れるでしょ?」

「そりゃ座るが……む?」

 その場に腰を下ろした海人は、直後訝しげな声を上げた。
 足を崩した瞬間、ふくらはぎに頭を乗せてきた雫に。

「うん、なかなか収まりがいいですね」

「それは結構。そこの干菓子を取ろうか?」

「お願いしまーす。あーん♪」

 甘えるように身を摺り寄せながら、雫は口を大きく開けた。
 遠慮のない雫に苦笑しながら、海人は干菓子を舌の上に乗せてやる。

「ん~、美味しいですね~……でも雫、お茶も飲みたいな♪」

「はいはい」

 海人はこれ以上ない程あからさまに媚びを売る雫の口元に湯呑を近づけ、徐々に傾けていく。
 むせないように気を配りながら、ゆっくりと。

「うんうん、美味しいですね。そんじゃ、海人さんもあーん♪」

 言いながら雫は海人の手元にあった干菓子を手に取ると、真上にある主の口元へと差し出した。

 そして返ってくる海人の感触に、密かに安堵の息を漏らす。
 この幸せは、確かに現実だと。

 





 
 番外編183






 
 ルミナス・アークライト。
 艶やかな黒翼、稀なる美貌、そしてなによりこれまで築いた屍の山。
 それに由来して≪黒翼の魔女≫と呼ばれる、傭兵業界上位の超人だ。

 個人の武勇は、数百の敵兵に突撃して指揮官の首を落とせる程。
 エルドブランク革命戦争において単身突撃し、猛将として知られるモーガン・ドルベッタを討ち取り、
その後群がってきた敵兵を返り討ちにしながら自陣へ帰還した時の事は、未だに吟遊詩人の人気ネタの一つだ。
 指揮官としても優れ、歴戦の直感と持前の知力により、その場その場で最善手を選ぶばかりか、
微かな違和感から敵の戦略を読み、逆手にとって壊滅させるなどという事もやってのける。
 
 それらの実績から地域によっては恐怖と絶望の象徴の如く扱われる事もあり、
彼女もそれは仕方ないと受け止めているが、時として受け止めきれない事もあった。

「……いつまで笑ってんのよカイト」

「い、いや、だってくはっ……ぶほっ、うは、あははははっ!」

 思いっきり恨めし気なルミナスの睨みを受けて尚、海人は笑い転げている。
 どうにか笑いを止めようとはしているのだが、止まらないらしい。
  
「自分で止められないのは十分分かりましたが、流石に笑いすぎですわよ?
さっきの女の子やご両親の平謝り具合は、絶対あなたのせいでしょう」 

「ぶふっ、げほっ、ごほっ……あー……ようやく落ち着いた。変にツボに入ってしまったな」

 ふう、と一息吐いてようやく海人は立ち上がり、軽く白衣の埃をはたき落とした。
 爆笑して五秒後にシリルに足を払われて派手にこけた為、結構薄汚れているのだ。

「ふん、他人事だと思って楽しそうね」

「いや、申し訳ない。突然だった上に衝撃が強すぎてな、堪えられんかった」

 ぷいっとそっぽを向いたルミナスに、思わず海人は苦笑する。

 事の発端は、ルミナスがこのカナールで迷子を見つけた事。
 海人がその少女を肩車して周囲に呼びかけたが反応はなく、近隣にはいなかった。
 流石に放置はできないとルミナスが言い出し、海人が少女から聞き取り、
断片的な情報をまとめてはぐれた場所、経過時間、移動距離諸々推測し、
無事に親を見つけたまでは良かったのだが、問題はその後だった。

 是非礼を、と昼食を御馳走になったのだが、最後に名を聞かれて名乗った時に問題が起きたのである。

 少女の両親は石になったかのように硬直し、少女は思いっきり目を見開いた。
 当然何事かと思い話を聞いたのだが、それが海人の笑いのツボにはまったのだ。

 なんでも一家の住んでいる国にルミナスが仕事で訪れた事があったらしく、
その際に≪黒翼の魔女≫の雷鳴を思いっきり轟かせたらしい。

 それだけなら良かったのだが、轟きすぎて子供の躾に利用されるようになり、
それに伴って実にバリエーション豊かな脚色がなされたようなのだ。

「熊より小さいし、爪も伸びてないし、牙も生えてないし、目が光ってないし、
口から火も出そうに見えない、でしたかしら?」

「ついでに尻尾も生えてないし、翼は黒いけど綺麗な普通の翼、もあったな。
いやはや、脚色内容もだがあの年で一息でよくあれだけ言葉を続けられたものだ」

 うむうむ、と変な感心をする海人。

 もはや人間とは思えないその≪黒翼の魔女≫像を語った少女は、実に素晴らしい滑舌を披露してくれた。
 しかも早口であったにもかかわらず、とても聞き取りやすい声で息継ぎすらなかったのである。
 選ぶ職業次第では将来大成しそうな少女だった。

 もっとも、そのおかげで一字一句すべて理解したルミナスの目が死に、海人が笑い転げたのだが。 

「……あの時はさんざ暴れ回ったし、悪評立つのもしゃーないけど、流石に酷いと思うわ。
つーか、なんでシリルの名前には反応しなかったんだか」

「私はあくまでも下っ端筆頭だからでは? 
ですが、お姉様であれなら団長と副団長はもっと愉快な脚色がされてそうですわね」

「副団長はともかく、団長は凄そうよねぇ。
なんせ、元々がすんごい化物じみてるし」

 軽く肩を竦め、そんな感想を抱くルミナス。

 エアウォリアーズ団長であるガルーダ・アスガルドは、見た目がかなり厳つい。
 手足の太さ一つとっても常人のそれとは比較にならず、引き締まり具合も同様。
 随分前に宴で裸踊りを披露した時など、一瞬股間で揺れる物すら視界に入らず、
人間はここまで鍛えられるのかと思わず絶句したほどだ。
 直後に人の斬撃はここまでの速度が可能なのか、と刀を鞘ごと振り切った副団長を見て絶句したが。

 そんな人物なので、ルミナスと同等の脚色が加えられるだけでも間違いなく化物になる。
 ≪闘神≫の異名と合わされば、さぞや愉快な怪物となっているだろう。
 
「しかし、ほんの二年前の話ですのにどうしてあそこまで変貌したのでしょう?」

 うーん、と首を傾げるシリル。
 
 話の元となった戦いから、ほんの二年。
 話が脚色されありえないレベルにまで達する事はままあるが、
それでもここまで変貌するには二年だと自然発生としては期間が短い気がする。
 ルミナスが既に故人で想像する他ない状況ならまだしも、現役の傭兵なのだから。
  
 また、化物とした言いようのないルミナス・アークライト像を語りながら、彼らの態度は好意的だった。
 圧政を敷いていた国家の転覆において大きな役割を果たした人間の一人とは知られていたようなのだ。
 さらに、ルミナスがその過程で救った村に部隊の食料調達を兼ねて周囲の魔物を狩り、食事を振る舞った事も知られていた。
 誰かが悪意を持って話を歪めたという可能性は低いだろう。

 だからこそ、なんで姿があんな化物になってしまったのかが理解できないのだ。

「人の噂の力を甘く見てはいかんな。話が面白ければ短期間でいくらでも変貌するし、
今回のように子供の躾に利用するとなれば自然とより怖そうなイメージになっていくものだ。
子供同士で話していればお調子者が自分は親からこう聞いた、と付け加えてく事もあるだろうしな。
多分、初めは単に悪い事してると悪い人たちを懲らしめたルミナス様がお仕置きに来るとかいう程度だったんじゃないか?」 
   
「……ま、考えてもしゃーないわよ。せいぜいあの親子が修正してくれる事を祈るわ」

「そうだな。実物を見た、というのは説得力が違うし。
ま、なにはともあれ笑いすぎた詫びだ。食後のデザートの分は私が奢ろう」

「あら、殊勝ね。そんじゃ、それで今回は水に流しましょう」

「では、折角ですしエレガンス・タイムでケーキはいかがでしょう?
私はチョコレートケーキがいいですわねぇ」

「誰が君にも奢ると言った。足払った挙句踏みつけおってからに」

「あのまま派手に笑い続ければお姉様の怒りが爆発していましたわ。
しばらくまともに食事できなくなるであろう悲劇を食い止める為、私は先手を打って被害を最小限に抑えたのです。
この程度の善意も分かりませんの?」

「ほほう、こかされた段階でルミナスの頭は冷えていたと思うがな?」

「念には念を、大事な事ですわ。笑い続けておられましたし。
ああ……友人に善意を疑われるのは、とても傷つきますわねぇ」

「……まあいい。今日のところは君にも奢ってやるとしよう」

 あまりに白々しいシリルのとぼけ方に、海人はむしろ不敵に嗤った。
 シリルはそれに若干悪寒を覚えるも、深く考える事はなかった。

 そして帰宅後――――シリルはこの時の海人の意図を悟る事になる。

 ルミナスに抱きつこうとした途端、海人の障壁が止めに入ったのだ。
 御丁寧に、シリルの鼻先を思いっきりぶつける配置で。
 それで仰け反った瞬間、シリルの後頭部に直撃する障壁まで作り出していた。

 毎度繰り返していてはルミナスの寛容といえど、限界が来るだろう。
 手痛いでは済まないであろうその悲劇を食い止める為、止めてやったのだと嘯きながら。
 その口とは裏腹な内心を、表情に思いっきり出しながら。

 ――――何度目になるか分からない激戦は、ルミナスが二人を殴り倒すまで続いたという。
 







 番外編184 (もしも海人を拾ったのがシャロンだったら)






 最近、シェリス・テオドシア・フォルンは頭痛に悩まされていた。

 と言っても、体調不良というわけではない。
 体は健康そのものであり、むしろ力が有り余っている。
 なんだったら今日の鍛錬量を倍にしてもいいぐらいだ。
 他の仕事さえなければ、是非そうしたい。
 
 頭痛の原因は、心因的なもの。
 精神的な負荷が短期間で一気にかかり、それが頭痛となって表れたのだ。

 本来なら、シェリスの精神は大概の事に対して耐える以前に負荷さえ感じない。 
 山賊団殲滅に単身挑まされたり、警備厳しい悪徳貴族暗殺に挑まされたり、
中位ドラゴン退治に挑まされたり、それら全てを片手間にまとめて殲滅できる化物と毎月対峙させられたり、
と苛烈な人生経験ゆえに、もはや生半可な事では動じなくなっているのだ。
 
 にもかかわらずこうして頭痛に悩まされている原因―――それはただ一人の男だった。

(確かに便利よ? 超幸運よ? ええ、私こそが世界一のラッキーレディと名乗っても良いぐらいに!
でも、あくまで凡人、せいぜい秀才止まりの私の心の耐久性には限度があるのよ!)

 荒ぶりまくった心を宥めるように、紅茶をぐいっと飲み干す。
 飲み慣れた最高の一杯には及ばないが、その味は程良く気を鎮めてくれる。
 
 頭痛の原因である男――――天地海人は、決して迷惑なわけではない。
 むしろシェリスに多大な利益をもたらし、今後もそれが期待できる稀有な人材。
 素性は知れず怪しい所も多い男だが、それでも表面はどうあれ性根が真っ当なので余計な警戒が必要ない。
 出会えた事それ自体がシェリスにとっての大幸運と言って差し支えない男だ。
 
 が―――――まるで趣味のようにいちいちシェリスの精神力を粉砕していく。

 最初はその絶大な魔力の開放で彼のいた部屋が軋んで大騒ぎになった事。

 魔法の存在しない地域の出という彼の言葉に半信半疑で部下が魔力による刺激を試したところ、
彼の発言の真実味がこの上なく強化され、ついでに室内の脆い調度品に膨大な魔力の圧で罅が入った。
 元凶の給料から費用を天引きしたので実害はなかったが。

 次いで、その魔力量を正確に測るため、そして魔力属性を確かめる為に連れて行った魔力判別所での出来事。

 魔力量が記録に残っている限りではぶっちぎりの史上最高だった事もだが、それ以上に魔力属性がとんでもなかった。
 無から有を生み出し、一夜で城を建てる事も国を飢饉から救う事も可能とする、極めて利便性の高い伝説の魔法。
 史上でも数百年に一人程度しか現れていない『創造』属性だったのだ。

 ――――が、あの男はそれらの価値を理解しながらも、気にも留めなかった。

 面倒事は嫌だから秘密にしてくれと一瞬も迷わずシェリスに頼み、
それを聞いてくれるのであればシェリスに対してはある程度協力しようと持ち掛けてきたのだ。
 
(都合が良かったから、その点はいいのだけど)

 手元の超大粒ダイヤに目を落とし、そんな事を思う。

 海人が提示した条件は、シェリスに対する希少品の卸し。
 シェリスの手持ちの複製は勿論、海人が知る物もシェリスのみに独占販売する。
 そんな条件だった。

 口封じとしては、破格の条件だ。
 創造魔法の使い手の恩恵を、シェリス個人が独占できる。
 手付としてもらった手元の大粒ダイヤモンドも、素晴らしい。  

 世の不平等を体現したような男に溜息は禁じ得なかったが、そこまでであればシェリスは総じて上機嫌で済んでいただろう。
 そんな事を考えていると、ノックの音が響いた。

「どうぞ」

「失礼いたします、シェリス様。カイト様の――――な、なんですかその目は!?」

 粛々と報告しようとしたシャロン・ラグナマイトが思わず、後退った。
 腐敗した泥沼を思わせる程に濁った瞳を向けてきた主に対して。

「なんでもないわ。そもそもの起点が貴女だったな、と思っただけよ。
本当、褒めるべきなのか罵倒すべきなのかぶっ飛ばすべきなのか……」

「いやいやいや! カイト様物凄い役に立って下さってるじゃないですか!
そこはむしろ出会った私を褒めていただいても良いんじゃないでしょうか!?」

「出会った、ねぇ? 出会った瞬間肋骨へし折るなんて、随分斬新な出会いね」

「しょうがないじゃないですか! あんな草原のど真ん中に人がいるなんて思いませんでしたし、
帰ってからやる仕事の事考えてたんですから! 確かに洒落にならない失態でしたけど!」

 冷た~く睨む主君に、シャロンは必死で反論する。

 おそらくは転移魔法系の古代遺産で飛ばされたと思しき海人は、少し深めの草原で眠っていた。
 その為、全速力で走っていたシャロンはその存在に気付かず、彼が目覚めて起き上がったところで初めて気付いたのだ。
 
 通常ならばそれでも咄嗟の減速なり跳躍なりで何とかするのだが、現在不在の上司の穴を補う為、シャロンは仕事が激増していた。  
 それを少しでも迅速に片付ける手順を考えていた為に普段よりも注意力が落ち、連日の疲労の為僅かに反応が遅れ、
結果海人の肋骨へと減速してなお高い威力の蹴りが叩きこまれる事となったのである。

 とはいえ、現在出張中の上司に知れれば処刑ものの大失態。
 細心の注意を払っていれば、防げた可能性は十分にあるからだ。

「……まあいいわ。で、話は何かしら?」

 必死なシャロンを一瞥し、話題を切り替える。
 遠からず血祭りが確定している部下の悲嘆より、海人の話題の方が重要だった。

 なにしろここのところの海人絡みの報告は、シェリスの心に優しくない。
 
 例えば、現状稼ぐ手段がない為、シャロンに何か良い仕事はないかと尋ねた時。

 彼女が能力を確かめる為当たり障りのない書類を処理させてみたら、不在の人間を含め屋敷の誰もが遠く及ばぬ処理速度。
 量を追加しても疲れた様子はなく、むしろ欠伸を堪える始末。
 その能力の凄まじさのあまり、日頃事務処理に追われる部下達の間で本気の奪い合いが始まるところだった。
 結果としてはその後仕事量が大幅に軽減される大収穫だったが、あと一歩で止めに入ったシェリスがミンチになるところだったのだ。

 例えば、こっちの知識が欲しいので図書館を使わせてほしいと頼まれた時。

 シェリスは快く許可を出したのだが、海人という男を侮りすぎていた事を思い知らされる。
 なんと書類仕事をこなしながら、たったの二日で全ての書籍を読破。
 あまつさえ本を戻している途中に本の内容が理解できず悩んでいるメイドを見かけ、凄まじい解説力で五分で完全に物にさせた。
 その後、あまりに規格外な教授能力と穏やかな教え方で人気を博した為、給料を弾んで教師役としての仕事を追加。
 メイド達の間で大人気なのだが、人気がありすぎて授業のスケジュールで奪い合いが再燃しかけた。
 屋敷の頂点であるシェリスが自ら予定を組む事で反論を封じたが、あと五分対応が遅れていればどうなっていたか想像するのも恐ろしい。
 
 海人本人に何ら非はないのだが、その優秀さで周囲が暴走するのだ。
 今回こそは。そう思いたいが、今までの実績がその楽観を許してくれない。

「その、今日は授業もなく書類も片付いたのでやる事がないと午前中お嘆きだったんですが……」

「ですが?」

「暇な人間がいては目障りだろう、と部屋に引きこもって色々と……その、本当に色々となさっていまして……」

「……お願い、嫌な予感しかしないけどお願いだから率直に言って。貴女が手に持ってる物とか」

「……油絵と彫刻、私の目から見ると一流作品にしか見えないんですが、鑑定お願いいたします」

 そう言って、シャロンはおずおずと手に持っていた絵画と手のひらサイズの彫刻を差し出した。

 シェリスは胡乱気な目でそれを見、直後思いっきり見開く。
 油絵の題材は、この屋敷の人間が中庭で働く姿。
 彫刻の題材は、猫が身を丸めて寝入っている姿。
 題材は異なれど、油絵・彫刻共に生命力が溢れ出したかのような力強さがあった。
 それに加え油絵は突き抜けるような爽やかさがあり、見る者を清々しい気分にさせ、
彫刻は精緻に彫られた猫のまったりした表情が見る者の心をほっこりと和ませる。

 どちらも技術は勿論、作品自体の魅力が素晴らしい。
 市場に出せば買い手はいくらでも見つけられるだろう。
 その仲介をする事になるであろうシェリスの手数料もかなりの額になるはずだ。

 が――――いいかげん、精神力が限界である。

 シェリスがどれだけ渇望しても努力しても手に入らぬような能力。
 それを有り余るほど所持しながら、むしろ煩わしく思ってそうな男。
 
 そろそろ本人に非があろうがあるまいが知った事かとぶっ飛ばしたいが、
そんな事が出張から帰ってきた部下に知れようものなら、最悪シェリスの首が物理的に飛ぶ。
 そして、やってしまえば知られない事は事実上不可能。  
 つまり、耐えるしかない。 
 
「…………も、やだ」

 シェリスはぱたん、と力尽きたように崩れ落ちる。
 自分の名を必死で連呼する部下の声を聞きながら、シェリスの意識は闇に沈んだ。 
 







 番外編185

   






 海人は自分の作りだした道具の生みだした結果を見て、愕然としていた。

 ある人は言った。これはまさしく悪魔の発明であると。
 また別の人は言った。これこそは、まさしく背神の道具であると。
 さらに別の人は言った。この道具はいずれ世界を滅ぼす、その一助になるであろうと。

 大げさな。海人はその評価を鼻で笑っていたが、今は否定できない。

 その道具の魔力に身も心も喰らわれてしまった身内。
 片方はまだ理性が残っているが、もう片方は理性が見事に消滅している。
 普段の凛々しさはどこへやら、緩みに緩んだ顔でくったりとしていた。
 頬を突いてみても、反応はない。軽くゆすってみても、やはり反応はない。

 見事に刹那は――――炬燵に心を喰い尽されていた。 

「……なあ、雫」

「なんですかー……むぐむぐ」

 べたっと頬を正面の板に張り付けながら、みかんを頬張る雫。
 器用な事に皮を剥いたみかんを丸々一つ咀嚼しながら、口から汁の一滴も垂れていない。

「炬燵で刹那がこうなる事、君は知っていたか?」

「いえまったく。つーか想像もしませんでした。
お風呂入ってる時も色々緩みますけど、ここまでじゃないですし」

 ぐりん、と雫が前方の姉へと顔を向けると、滝のような黒髪。
 長く艶やかなそれは光を反射して普段以上に美しく見える。
 
 それだけなら寝ているんだから仕方ない、で済んだのだが、
寝る直前に微睡む姉の顔を見た身としては、流石にどうかと思わざるをえない。

「幸せそうだから良いんだが……刹那がここまで緩むというのは流石に意表を突かれたな」

「最初っから海人さんがいれば違ったんでしょうけどねぇ……」

 しみじみと、息を吐く。

 事の発端は、雫が海人に頼み込んで広間に設置してもらった炬燵。
 鍛錬まで時間もある事だし、と姉を誘ったのだが、妙に渋りながら入ってきたのだ。
 今思えば入ったが最後、自分がどうなるか分かっていたのだろう。
    
 が、おそらくその時に海人がいればこんな醜態は晒していなかったはずだ。

 というのもこの姉、割と見栄っ張りなのである。
 主君、それも男性の海人がいる前なら気合で耐えるか、さっさと脱出するかしていたはずだ。
 たまさか海人が作業の息抜きに地下室から出てきて、炬燵の事を思い出してこの広間に来たから、
海人の前で愉快な姿を晒している。

「別に気取る必要はないと思うんだがなぁ……ま、おかげで炬燵設置の甲斐も生まれたな。
刹那のこういう表情は私にとってはとても貴重だ」

 幸せそうに寝こける刹那に、海人は改めて微笑まし気な視線を向けた。

 普段から凛としてかっこよい刹那だが、こうやって緩んでいる姿もまた目の保養になる。
 顔立ち自体は凛々しいが、緩んだ表情のせいかなんともいえぬ程に可愛らしい。
 温かく柔らかいその顔は、普段対照的に見える雫との血縁を強く感じさせられる。
 生真面目さの陰に隠れていた顔を発見できた事が、なんとも嬉しい。
  
 とはいえ、あまりに緩みすぎているのも護衛としては問題だ。
 少なくとも、どこぞの性悪が悪だくみをする口実になる程度には。

「およ? 海人さん、何を?」

「なに、私が来ても、突いても、ゆすっても気づかん程に緩むのは問題かと思ってな。
ささやかな教訓をくれてやろうと思っているだけだ」 

 悪戯っぽく笑うと、海人は創造魔法の詠唱を始めた。
 










 夕方、刹那は雫と組手を行いながら違和感を感じていた。

(追い詰められている割に、妙な余裕が感じられる……何を企んでいる?)

 刀の腹で雫を薙ぎ払い、刹那は警戒を強める。

 いつも通りと言えば、いつも通りの組手だ。
 小細工・奇策・正攻法、あらゆる手段を用いて叩き潰しに来る雫。
 それを看破し、その実力を持って返り討ちにする刹那。

 どれほど雫が手を尽くしても、姉の牙城は崩せない。
 たまに策が成功しても、それを覆す実力差があるために。

 それでも懲りずに挑む雫だが、流石に打てる手が少なくなってくると動きが荒くなる。
 それまで状況打開策を生み出していた負けん気が、翻って焦りを生み始める為だ。

 いつもならばそこからの決着は早いのだが、今日に限って妙に粘る。
 冷静さを長く保てるようになったとすれば成長だが、おそらくそうではない。
 
 雫の瞳には疲労も焦りもあるが、諦観はまったく見当たらない。
 勝機はまだ残っている、そう確信している目だ。 

 となれば、とっておきの秘策を温存しそれを使う機を窺っていると考えるべきだろうが、
刹那にはその秘策が思いつかない。
 魔物の巣に自ら突っ込んでそれらの追っ手を手札にしたり、
あらかじめ掘っておいた落とし穴に自ら嵌まって刹那の攻撃を回避してカウンターを行ったり、
目くらまし後気配を完全に消しての不意打ちを狙ったり、今日も色々な手を使ってきた。

 その締めくくりがいかなる一手か、興味が湧いてくる。 

(面白い――――機会はくれてやる。この姉がいかに高い壁か、見せてやろう)

 決断すると、刹那は再び襲い掛かってきた妹の腹に蹴りを叩きこんだ。

 樹を何本かへし折りながら飛んでいくが、その過程で幹が倒れ、木の葉が舞い散り、
雫にとっては丁度良い具合に視界が遮られた。

 すかさず雫は気配を完全に消し、姉の側面へと回り込み始める。

 とはいえただ気配を消すだけでは、勘付かれてしまう。
 雫の技術なら攻撃の瞬間でも殺気は感知されないが、刹那は他の要素で攻撃を悟る。
 ゆえに雫は足音を消し、移動で生じる風の具合すらも調整し、静かに密かに移動した。

 そして、目的地に着いたところで一気に攻勢をかける。

「焦りすぎだ馬鹿者」

 雫が大きく動いた瞬間反応した刹那が、左の刀を無造作に振るう。
 刃は返してあるが、それでも直撃すれば戦闘不能が確定する一撃だ。

(狙い、通り……!)

 予想通りの軌道できた攻撃を、小太刀を盾にして防ぐ。
 甲高い音と共に小太刀がへし折れ、その後にある雫に当たるが、それも織り込み済み。
 吹き飛ばされながらも雫は懐にしまっていた秘策を掴み、姉に向かってぶちまけた。

 刹那はそれをすかさず後ろに跳んで回避し、
 
「む、ただの紙では……っっ!?」

 直後、雫の秘策を見て絶句し、固まった。

「隙ありぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」

 千載一遇の好機を逃すまいと、残る力を全て一本の小太刀に注いで姉へと振りかざす。
 
 完璧なタイミングだった。
 雫が振りかぶった時、刹那はまだ呆けていたのだ。
 いかに化物じみているとはいえ、これならばまず避けられない。
 
 ついに一矢報いた。雫がそう思った瞬間――――彼女の体はかつてない勢いでぶっ飛ばされた。

(あ、が……え? な、なにが……あれぇ?)

 もはや声すら出ない激しい衝撃を他人事のように思いながら、雫の意識は困惑で染まっていた。
 
 ぼやけた視界の中、刹那が右の刀を振り切った姿が見える。
 状況的に、雫の小太刀が今まさに触れるその一瞬で刹那は刀を振り切った事になる。
 その速度ならばこのダメージも頷けるが、想定外すぎる基礎能力だ。
 というか、いくらなんでも今までそこまで手加減されていたとは思えない。
 
 何があった、と雫がどうにか刹那に焦点を合わせる。

(あ、死んだ)

 かつて見た事がない形相の姉に、思わず死を確信した。
 なるほど、このレベルの怒りは計算外、と諦観と共に何が起きたのかを把握する。

「他の写真は?」

「……ない、よ」

 胸倉を掴みあげてきた姉に、どうにか返事をする。
 嘘ではない。雫の手持ちは全て先程ばら撒いた。
 そもそも、今嘘を吐くと本気で命がなさそうである。

 雫の返答を聞くと、刹那は全ての写真を拾い集めて焼却した。
 そして、一息吐いて気分を落ち着け、ぐったりとした雫に声をかける。

「まあ、拙者も迂闊だったか。まさか海人殿には見せていまいな?」

「………………ごめん、それ海人さんが撮ったのもらったんだ」

 ぴしり、と固まった姉を見て、雫は若干申し訳なさが込みあげてきた。

 先程使ったのは、炬燵で眠る姉の寝顔を撮影した写真。
 実に多彩な角度で普段の姉にはありえない可愛らしい魅力を表現しまくっている。
 普通の人間でも羞恥に悶えるだろうが、見栄っ張りな姉には余計ダメージが大きかったのだろう。
 
 さらに残酷な真実として、今しがた焼いた写真は複製であり、オリジナルは海人の手元にある。
 もっと言えば先程の十倍ほどの枚数の写真が海人の手によって写真集に編集されている最中だ。
 見せた時の刹那の反応が楽しみだ、と実に愉しそうに笑っていた。

 そんな事を思いながら雫が意識を手放しかけたところで、刹那が正気に返った。 

「……はっ!? ま、待て雫! 嘘だろう!? 嘘だと言ってくれっ!
おい! 気絶したフリをするな! 白目むいてるぐらいではごまかされんからな!?
おい起きろっ! 起きてくれぇぇぇぇぇぇっ!?」

 完全に意識を失った妹をぶんぶか振り回しながら、刹那は絶叫した。 



コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
http://nemuiyon.blog72.fc2.com/tb.php/718-e4e7a155
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

九重十造

Author:九重十造
FC2ブログへようこそ!



最新記事



カテゴリ



月別アーカイブ



最新コメント



最新トラックバック



FC2カウンター



検索フォーム



RSSリンクの表示



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QRコード