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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄121
 十日後の夜、海人の屋敷の中庭で宴会が開かれていた。

 参加者の大半は、エアウォリアーズ団員。
 それぞれが持ち寄った食材を使った料理や、買ってきたつまみで盛り上がっている。
 飲み物も海人が用意した物だけでなく、各自酒樽を持ってきており尽きる様子はない。
 全員愉快に飲み食い騒ぎ、宴会を満喫している。  
 
 そんな中で、特に人の集中している箇所があった。

「ほう、この干し肉は美味いな。ブラッディボアの肉と言っていたな?」

 干し肉をじっくり噛みしめ、意外そうな表情をする海人。

 干し肉は干し肉だが、実によく出来ていた。
 しっかり乾燥しているのだが、噛みしめる事で繊維が柔らかくほぐれていく。
 生肉さながらとまではいかないが、いかにも肉らしさを感じる食感だ。

 味の方も、非常に良い。

 噛めば噛む程、スパイスと肉の味が絡み合った滲み出てくる。
 ブラッディボア特有の味は残っていないが、それは全体の味がしっかり溶け合っている為。
 素材の味を楽しむという意味では良くないが、料理の味という意味では見事と言う他ない。
  
 何より、赤ワインと合わせると酒の味すら取り込んで新しい美味を生む。
 マリアージュとはかくあるべし、そう思わせる料理だ。  

 感心する海人に対し、ケルヴィンの部下である女性が豊かな胸を張る。

「ええ、そうです。と言っても、ただブラッディボアの肉を干したんじゃあこの味にはなりませんよ?
うちの団の一部しか知らない秘密のスパイスと、それに合わせて選び抜いた塩あればこそです」

「ふーむ、スパイスの方は分からんが……塩はクラウンソルトじゃないか?」

「……なぜそう思いました?」

 海人の推測に、女性の目が細まった。

「これだけ主張の強い味の中で塩味の存在感が消えず、強すぎない。
むしろ塩味に少しばかり甘味めいた物も絡んでるように感じる。
私の知識の中だと、クラウンソルト以外には思いつかん」

「ふ、ふふ、見事です……しかし我が秘伝の干し肉の全容を解明できるとは思わない事です!」

「ほほう、ならば是非とも解明して鼻を明かさねばなるまい。おかわりくれたまえ。ほれ、賄賂」

 びしっ、と指を突きつけてくる女性に、海人は携えていたぐい飲みを手渡した。
 そこに徳利から、なみなみと酒を注ぐ。

「お、なかなか分かっておられますねぇ……あ、美味しい。
甘いですけど凄いキレがあるっていうか、すっきりしてます」

 言いながら、ペロリと唇を舐める女性。

 初めて飲む酒だが、悪くなかった。
 白ワイン程香りは強くないが、甘味は強い。
 美味い水を飲んでいるかのように軽やかでありながら、味の主張は強い。 
 
 酒は飲みたいが、じっくりゆったりと楽しみたい。
 そんな時には良さそうな酒であった。

「清酒と言ってな、米で作った酒だ。というか、このワインも美味いな」

 干し肉は食べずにワインだけを飲み、海人は軽く頷いた。

 先程は干し肉の印象の強さに隠れてしまっていたが、この赤ワインも良い。
 果実味が非常に強く、さながら葡萄ジュースを思わせる味わいだ。
 それでいてキチンと酒であり、ジュースにはありえない濃密さがある。
 
 まだ若いが、むしろ若いからこそ美味い味わいであった。

「お、そいつぁ嬉しいな。俺も好きな酒なんだが、ちょいと評判に問題があってね」

「……良い酒だと思うがな。個人的にはちと熟成がほしいところだが、
この鮮烈な果実味は若いワインならではだろうし」

 話しかけてきたアンリの男性部下に対し、疑問を呈す海人。
 すると、男はニヤリと笑って種明かしをする。

「なぁに、製造元がある国のお貴族様だけの話さ。
あそこじゃ他の国から十年物二十年物取り寄せて飲むのが自慢になるらしいぜ。
しかも古けりゃ古いほどいいんだってよ」

「アホだな。元の酒の質で味はコロコロ変わるだろうに。
美味くとも熟成には向かん酒もあるし、貴重品として飾った方がまだ健全だな。
飲んでみなけりゃ実際の味は分からんから、古い物用意すれば立ち回り次第で長く自慢できる」

「かっかっか、ごもっとも! 酒に飲んで美味い以外求めてどうすんだってなぁっ!」

「実際熟成酒の美味いのはとことん美味いから悪いとは言えんがな。
この酒を低評価してるなら、味は分かっとらんのだろうが」

 バシバシと肩を叩かれる事に気を悪くする様子もなく、海人は返事を返す。

 この後も、海人の周囲には多くのエアウォリアーズ団員がひっきりなしに入れ替わり立ち代わり集まっていた。
 海人は彼らが持ち寄った食べ物を味わいながら、他愛もない雑談に興じている。 
 側に侍っている刹那も静かにお茶を飲みながら、どこか楽しそうな主を穏やかに見つめていた。

 しばらくそんな時間が続いていたが、ふと海人がゆっくりと席を立った。

「ん? どうかしたかい?」

「なに、少々用事があってな。気にしないで楽しんでくれ」

 不思議そうにする団員達に軽く手を振ると、海人は刹那を伴って歩き去っていった。 











 時を同じくして、海人がいた場所とは別の区画。
 
 海人がいた場所ほどではないが、ここもかなりの人が集まっていた。
 ただしあちらとは違い、宴会らしい賑やかな声や馬鹿笑いは少ない。
 代わりに香ばしい香りと食材が焼ける音が絶え間なく響き続けている。 

 その中心で、雫は一人ソース焼きそばを作っていた。

(作っても作ってもおっつかないんですけどぉ~~っ!?)

 華麗なヘラ捌きで麺をひっくり返しながら、雫が心で泣き言を叫ぶ。

 予想自体は、していた。
 ルミナスからの手紙には、エアウォリアーズ団員の主目的がソース焼きそばだと書かれていたのだ。
 ケルヴィンが事あるごとに未練がましく呟いていたというその料理を、ぜひ食べてみたいという話だったのである。
 その為に前回のケルヴィンの食べっぷり、そして連れてくる人数から計算して海人が用意した量は凄まじかった。
 
 が、あまりに膨大な量ゆえに雫は楽観しすぎていた。
 いくらなんでもこんな量消費する事はあるまい、と。
    
 その結果が、現状。

 麺の量がみるみる減っていき、もはや残量は二割以下。
 ソースはまだ残っているが、麺はないので野菜や肉でかさ増ししている。
 一応エアウォリアーズの団員が追加具材の切り分けを行ってくれているが、   
大量の麺と具材をまとめて調理できるのは、雫のみ。
 ルミナスも可能は可能、というか先程見かねて変わろうと言ってくれたのだが、雫が断った。
 雫がやるというのは海人との約束であるし、対価に御褒美もおねだりしている。 
 となればやめるという選択肢は初めから存在しない。

 とはいえ少しぐらいなら手抜きしても許されるとは思うのだが、
 
「ケルヴィン隊長が執着すんのも無理はねぇ……!
こんだけ美味ぇのに気取った感じはまるでねぇし、最高だ!」

「この絶妙な焦げの香ばしさが最高なのよね!
いくら食べても飽きない、それどころか食べ足りないわ!」

(あっはっは……こんちくしょぉぉぉぉっ!)

 満面の笑顔でソース焼きそばを貪り食うエアウォリアーズ団員達を見て、雫の手が加速する。

 今並んでいる人間は、味見したソース焼きそばの魅力に取りつかれた者達。
 先程出来上がった物を瞬く間に貪り食ったにもかかわらず、すぐさま次を待ち始めた亡者。
 雫が立つ鉄板台の周りで、出来上がるのを今か今かと待ち構え、完成と同時に皿を差し出してくる。

 こんなキラキラした顔で自分の料理を待ちかねられては、手抜きなど出来ようはずもない。
 なんだかんだで主と同じく御人好しな雫は、残りの麺が尽きるまで全力を尽くすと腹を括った。 
  
 そんな雫の奮闘を遠目に見ながら、アンリが感想をこぼす。

「うーん、我が部下共ながら、食い意地張ってるっすねぇ……」

「美味しい物好き放題食べられんなら誰でもあんなもんでしょ」

「そっすね。お行儀良く順番待ちしてるだけマシですか。
ちなみに、シリルさんが食べてるのは?」

「お茶漬けという料理ですわ。さっぱりしてて美味しいんですの」

 アンリの問いに答え、はむはむとお茶漬けを掻き込むシリル。

 材料も作り方もいたってシンプル。
 米に熱々の緑茶をかけて塩をまぶし、上から刻み海苔とあられをかけただけ。
 それだけなのに、否それだけだからこそ堪らなく美味い。

 米の甘味、お茶の旨味、海苔とあられの心地良い食感と香ばしい香り。
 どれも強い味の物ではないが、全てが組み合わさる事で恐ろしく美味くなる。
 それでいて元の味が穏やかなので、後味は極めて柔らかい。 
 追加でもう一杯、という味ではないが、それゆえに優しく食事を締めくくってくれる。 
 ソース焼きそばも美味いが、今のシリルの気分はこちらだった。
   
 美味そうに食べるシリルに興味を引かれたのか、アンリが口を開く。

「一口味見させていただいても?」

「どうぞ」

「へえ……良いっすね。米の甘味、お茶の旨味、そしてそれらを引き立てる塩。
味は強いのにあっさりとしてるってのがなんとも良い感じっす」

「少し刺激が欲しければ、これをちょっぴり齧るといいですわ」

 言いながら、梅干しが乗った小皿を差し出すシリル。

 アンリは恐る恐る軽く齧り、目を見開いた。
 ほんの一舐め程度なのに、強烈な酸味が口内に広がっていく。
 旨味も感じるが、それ以上に味の刺激が強すぎた。

 それを和らげよう、とお茶漬けをかきこみ――目を丸くする。

 非常に、美味かった。
 お茶漬けによって酸味が薄れ、程良い刺激と旨味だけが残る。
 その味が米と絡む事で、お茶漬け単体よりも美味くなっていた。
 しかも、味に酸味由来の爽やかさが加わっている。

 思わずはふぅ、と吐息が漏れた。

「……これも格別っすねぇ。強烈な酸味っすけど、米の味によく合います。
どっちかっつーと、炊き立てのご飯と一緒に食べた方が美味しそうっすけど」

 シリルにお茶漬けを返しながらアンリが感想を述べていると、
背後から台車の音が響いてきた。
 
「お、ここにいたか。すまんな、肉に味がなじむのに少し時間がかかった」

 言いながら、海人は台車の上の寸胴の蓋を開く。
 たちまち漂ってきたかぐわしい香りに、ルミナスが歓声を上げる。

「やたっ! 待ってました! ありがとねカイト!」

「……えらく食欲を刺激される香りっすね。これも一口いただけます?」

「私が落ち着いた頃に残ってたらいいわよ」

 アンリに答えながら、ルミナスは皿におひつから米を盛り、
その上に寸胴から掬ったたっぷりのルウをかける。

「……落ち着く?」

 アンリが首を傾げると同時に、ルミナスが完成したカレーに手を伸ばした。

 あーん、と満面の笑顔で一口頬張るルミナス。
 もぐもぐと味わうように口を動かし、ゆっくり飲み込む。
 終わると次の一口に取り掛かり、同じように食べ進める。

 それだけなら何も問題なかったのだが、
 
「あのー……うちの同僚にヤバい薬盛られると困るんっすけど」

 おずおずと、海人に抗議するアンリ。

 先程からルミナスがやっている作業は、何も変わっていない。
 夢中で食べ進めているだけ、それは事実だ。

 が、速度が異常すぎた。

 最初はゆっくりとしていた食事が、今や残像が見えるほどの超高速。
 アンリの動体視力でも捉えきれない速度で咀嚼し、一気に飲み込む。
 時折水を飲んでいるが、それすらグラスに手が伸びたと思った瞬間には空になっている。
 自らおかわりを盛っているが、米とルーどちらを先に盛っているのか分からない速度。 
 
 間違っても、食事風景で出す速度ではない。

「安心したまえ。材料は真っ当な食材以外何も入っていないし、中毒症状起こすような成分も生じていない。
単に好物をがっついて食べているだけだ」

「いやいや、あのルミナスさんがここまで我忘れて食う料理なんて」

「まあ、味見してみればいい。一応予備も作ってあるんでな。
それに、今のところ不評は一度もないし中毒症状が出た人間もいない。
なんだったら、私も目の前で味見しようか?」

 ほれ、とカレーを盛り付けてアンリに差し出す海人。
 苦笑しているが、アンリの言葉に気を悪くした様子はない。 

「……そこまで仰るのであれば」

 半信半疑ながらもアンリはカレーを受け取り、一口味見する。

 瞬間――――味覚と嗅覚が蹂躙された。

 真っ先に刺激されたのは、嗅覚。
 口に入れる前でさえ、十分に魅惑的だった香り。
 それが口内に入れた事によってより鮮烈になった。
 その威力たるや、香りを逃さぬ為思わず口を閉じてしまう程。

 次いで刺激されたのが、味覚。
 茶色のソースは酷く濃密でありながら、しつこくはない。
 ベースである牛肉の味を多種多様な野菜や香辛料の味が高め、同時に後味を軽くしている。
 使っている牛肉はレスティア牛のバラのようだが、元々脂の多いあれをここまで食べやすくするのは至難。
 脂を落とせば別だが、これは脂の旨味はそのままにしつこさだけを消している。
 材料の組み合わせか、はたまた何らかの技法か、あるいは両方か、興味は尽きない。

 そして最後に刺激されたのが、痛覚。
 強烈ではないが、確かに存在を主張する辛味。
 口内がピリピリと、あるいはヒリヒリとする痛みがある。
 だが決して不快ではなく、それすらも食という娯楽のアクセント。
  
 なるほど、これならルミナスが夢中になるのも頷ける。
 そう思ったところで、アンリは我に返った。

「……はっ!?」

 思わず手元の皿を見て、愕然とするアンリ。

 先程までの、記憶がない。
 否、美味い物を食べたという記憶はあった。
 詳細は不明ながら、ある程度味の分析を行っていた記憶も。
 口内に残る味や香りの余韻もそれが確かだと証明している。

 が、どう食べたのが全く記憶に残っていない。
 気が付いたら料理の乗った皿が見事に何もなくなっていた。

 僅かな米の残滓を除けば、皿が輝かんばかりに綺麗になっているというのに。
 それどころか食べていたスプーンすら、今洗ったばかりのようにピカピカだ。

「す、すいませんもう一杯! いえ、もう一口だけで良いんで食べさせてください!」
 
「すまんが、一杯までだ。残りは身内用でな」

 言いながら、海人は寸胴の乗った台車を背後に庇う。
 がっくりと崩れ落ちたアンリを横目に、シリルが口を開いた。  

「カイトさん?」

「何かねシリル嬢」

「私、今日カレーがあるなどとは聞いておりませんわよ?」

 にっこりと笑顔を作り、シリルは問いかける。

 シリルはカレーがあるなど、聞いていない。
 もし聞いていれば、宴もたけなわになりつつあるこの時間に出来上がるとしても、
迷わず何も食べずに完成を待っただろう。

 わざとであれば、拳の一つも落とさねば気が済まなかった。

「ん? ルミナスの手紙にカレーも作っておいてほしいと書いてあったんだぞ?
だから君の分も作っていたんだが、他の料理食べてたからてっきり今日はいらんのかと。
君の分も明日には肉に味がなじむと思うが、今すぐは無理だ」

「お姉様ぁぁぁっ!?」

「……いや、単に言い忘れたのと、それに気付いた時には結構食べちゃってたみたいだから……」

 シリルの叫びに、気まずそうに視線を逸らすルミナス。
 が、その手は止まらず最後の一口が彼女の口に入った。
 残ったのは、洗ったばかりの如くピカピカになった皿だけである。

「うう、お姉様、なんと酷い……カレー……ああ、カレー……」

「気持ちは分かるっすけど、あんまジメジメしないでほしいっすねー。
ジメジメウジウジ鬱陶しいのはあそこの犬っころだけで十分っすよ」

 ひょいっ、と一本の木の下を指差すアンリ。

 そこには、大量の酒瓶や酒樽に囲まれた巨大な毛玉があった。
 耳を澄ませると、そちらから啜り泣きのような声が聞こえる。
 よく見れば、獣人――ケルヴィンが身を丸めて泣いているだけだという事も分かるだろう。

 どこもかしこも明るく騒がしい宴会の中、そこだけはかなり浮いていた。  

「いえ、あそこまでいじけるつもりは毛頭ありませんが」

「というか、何があったんだ?」

「あんたに手紙出した後、フェンに乗ったラクリア王女と遭遇してねぇ……」

 海人の疑問に、ルミナスが答える。
 簡潔極まりない説明だったが、海人が状況を推測するには十分だった。

「ふむ、国を滅ぼした自分じゃもう無理だと自己完結でもしたか?」

「よく分かったわね」

「あの落ち込みようならな。というか、ラクリア嬢がまったく気にしてない事は説明しなかったのか?」

 はて、と首を傾げる海人。

 亡国の王女、という言葉は王家再興を連想しがちだが、ラクリアは当てはまらない。
 彼女が気にしているのはあくまでも国民の生活であり、王家の存続は歯牙にもかけていないのだ。
 シュッツブルグが旧ルクガイアの民を託すに値すると判断した暁には、シェリスの部下になる事すら受け入れている。

 その旨を説明すれば、落ち込む必要がない事は分かりそうなものだった。 

「一応したけど、内心なんてわからねえだろって。
その後も色々宥めはしたんだけど、効果出てないのよ」

 はあ、と溜息を吐くルミナス。

 今日までに、打てる限りの手は打った。
 ラクリアが国の滅亡自体はまるで気にしてない旨を伝え、その上で様々な手段で宥めたが効果なし。
 いっそ首を斬り飛ばしてやろうかと思うぐらいに、ジメジメウジウジとしつこかった。
 最後の希望であったソース焼きそばも、泣きながら食べはしたが一皿食べたのみ。

 このままでは、気にしていたラクリアに顔向けできない。 

「面倒だなぁ……」

「ほっときゃいいっすよ。どーせそのうち復活します」

 海人の呟きに軽く肩を竦め、突き放した言い方をするアンリ。

「と言ってもな。どうせなら復活した方がエアウォリアーズの、特に第三部隊の面々は楽しかろう?」

「そりゃそうなんっすけどね。経験上、一度あーなると長いんっすよ。
流石に仕事来た時は復活するっすけどね」

「……ふむ、そういう事なら考えがなくもないな。ちょっと耳を貸してくれ」

 海人はそう言って三人を手招きする。
 
 頭を突き合わせたところで、海人の案を解説していく。
 全体的な計画自体は大雑把だが、細部は微に入り細を穿つ内容。
 そしてなによりも、効果的だと仲間である三人に確信させる説得力があった。

 話が終わると、シリルとアンリは晴れやかな、それでいて邪悪な笑顔を。
 ルミナスは頭を抱えつつも、反論が思いつかないのか悩ましい表情を。
 そして海人は、悪戯小僧という呼び方がこの上なく似合う笑顔をしていた。

 


















 ケルヴィンは、がやがやと騒がしい周囲の音で目を覚ました。

 酔いの残る頭で、現状を思い出す。
 最初に思い出したのは、悪魔のような同僚の蹴り。
 酒の酔いで失恋の痛みを薄れさせていたら、いつまでも見苦しいと蹴っ飛ばされたのだ。
 次に思い出したのが、割と人格者な同僚の穏やかな慰め。
 いつまでも腐っているより、一度気分を切り替えた方が良い、そう諭してきたのだ。
 最後に思い出したのが、同僚の部下の呆れ交じりな怒り顔。 
 これでは話すだけ時間の無駄、そう言われた直後に絞め落とされた。 

 そこまで思い出したところで、ケルヴィンは跳ね起きる。
 ルミナスはともかく、アンリとシリルが絡んでいる時に気絶させられたとなれば危険だ。
 いかなる企みであろうと、団屈指の悪辣女二人が携わっていて無事で済むはずがない。
 
 まずは現状を確認しようと酒を消化し、辺りを見回したところで、
 
「グルルルル……」

 魔物の中でもトップレベルに危険な顔が、目に入った。

「ぬおわあああああああああああっ!?」

 咄嗟に飛びずさりつつ愛用の武器を抜こうとするが、ない。
 それどころか、投げナイフなどの牽制用武器の類までも。

 現状を認識したケルヴィンの背筋が凍った瞬間、

「おはようケルヴィン君。元気そうで何よりだ」

 魔物の頭に座っていた海人が声をかけてきた。

「カ、カイト……? こりゃどういうこった?」

 海人の顔を見てようやく完全に正気を取り戻したケルヴィンが、尋ねる。

 改めてよく見てみれば、魔物はこの屋敷で飼われているペット。
 常識では考えにくい程躾が行き届いており、無闇に危害を加える事はない。
 歩く災厄とも称される魔物なので緊張しないのは不可能だが、慌てる必要はなかった。

 そして、よくよく見渡してみれば場所は屋敷の門前。

 多数の見慣れた顔が酒瓶片手にこちらを見ながらくつろいでいる。
 そこを海人の護衛の少女がてくてく回りながら、何やらつまみを売っているようだった。    
 
 今一つ現状が掴めないケルヴィンに、海人が微笑みながら解説する。

「なに、ルミナス達から話を聞いてな。
で、少しばかり嫌な事を忘れる為の気晴らしに協力しようと思ったわけだ」

 なぁリレイユ、とペットの頭を撫でる海人。
 ペットの方も、心なしか嬉しそうに喉を鳴らしていた。

 これだけなら微笑ましく聞こえるかもしれないが、間違えてはいけない。
 彼のペットはプチドラゴン。ドラゴン系の中でも上位に数えられる、超危険種族。
 軍隊で挑んでも返り討ちになりかねない、化物である。  

「……い、嫌な予感しかしねぇんだが、具体的には?」

「なぁに、ただの鬼ごっこだ。君が逃げ、私達が追う。
緊張感を保つ為、追いつかれた場合はリレイユから罰ゲームをプレゼントするが」

 海人の言葉が終わると同時、リレイユが首を上に向けて火を吐いた。
 膨大かつ強烈な炎が吹き上がり、辺りが眩い程に明るくなる。

 ほんの一瞬ではあったが、その炎の熱気は少し離れたケルヴィンに大量の発汗を促した。 

「命の保証なさそうなんだが!?」

「心配無用だ。殺すつもりはないし、リレイユの躾は完璧を自負している。
唯一の懸念は今日は何故かちょっと機嫌が悪い事だが……まあ、君なら全身骨折程度で済むだろう。
通常より早く回復させる治療手段もあるから、心配せんでいいぞ」

「いやいやいや! 心配する要素しかねえし、そもそもそいつ絶対食い殺す気満々だろ!? 
なんか涎垂らしてんぞ!?」

 海人の説明に、全力で抗議するケルヴィン。

 ケルヴィンの回復能力は非常に高い。
 多少無謀な突撃をして多少傷を負っても、翌日には全回復。
 ルミナスなら安全策で時間を稼がねばならないような怪我を負っても、ケルヴィンは翌朝にはケロッとしている。

 が、言うまでもなく痛いものは痛い。
 あくまでもすぐに怪我が治るだけであって、痛覚はまともなのだ。  
 経験はないが、全身骨折などすれば流石に泣き叫ぶかもしれない。

 そしてなにより、目の前のペットとやらは荒い息で涎を垂らしている。
 たまに小遣い稼ぎで行う魔物の討伐依頼で遭遇する、飢えた魔物の如く。
 自分の腹を裂かれてもそのまま食らいつこうとするその執念が、眼前の化物に宿っているなど考えるだけでも恐ろしい。
 
「ん? おかしいな……いや、待てよ? そういえば今晩の餌は……まあ大丈夫だろう。
賭けももう締めきってしまったし、さっさと始めよう」

「待って!? それ大事! え!? 追いつかれたら俺がそいつの夕食になんの!?
それもう罰ゲームじゃなくて処刑だよな!?」

 あからさまに不吉な海人の発言に、思わず抗議するケルヴィン。
 が、海人は取り合う様子もなく、離れた場所にいるルミナスに顔を向けた。

「ではルミナス、合図を!」

「待てルミナス! 死ぬ! 俺でもマジで死んじまう!」

「んー……死んだら立派な墓建ててあげるから諦めて。始め!」

「薄情者ぉぉぉぉっ!!」

 全速力で走り始めるケルヴィン。

 その速度は、控えめに言っても速い。
 純血の狼系獣人族、その中でも稀なる素質。
 それを命懸けの戦場で鍛え抜いているケルヴィンが、速くないはずがない。
 団内でも、団長を除けば最高速で彼に迫る者すらいないのだ。
 全速力で一直線に駆け抜ければ、追いつける者など世界を見渡しても多くはない。

 が、それはあくまでも人間の枠内に限った話。

「グオオオォォォォォ!」  
 
 巨体からはとても想像できない速度でケルヴィンを追うリレイユ。
 巨体の中という括りを外してもその速度は桁外れで、ケルヴィンも引き離せない。

 とはいえ、それは当然だ。

 地上最速たるカイザーウルフ。
 その速度に届きうる数少ない種族こそが、リレイユ達プチドラゴン。
 むしろ一瞬で追いつかれなかったケルヴィンの健脚を称賛すべきところである。
 
(速すぎんだろっ!? あんなん、ぶつかったら即あの世行きだぞ!?
話にゃ聞いてたが、プチドラゴンマジでやべぇ!?)

 悲鳴を上げる余裕も振り返る余裕もなく、ひたすら真っ直ぐ走るケルヴィン。
 
 知識としてはケルヴィンもプチドラゴンの速度は知っていたが、
実際に体験するとその恐ろしさは次元が違った。
 速度それ自体もだが、なによりその巨体が恐ろしい。
 普通に転んで圧し掛かられただけでも、大概の人間はあの世行き。
 この速度でぶつかられれば、ケルヴィンが全力で防御しても生き残れる可能性は低い。

 とはいえ、ケルヴィンの速度は限界ながら体力にはまだ余裕がある。
 そして引き離せこそしないが、距離を詰められてもいない。
 上手くすれば、このまま向こうの体力切れを狙える。 
 以前読んだ文献には、プチドラゴンのスタミナが凄まじいとは書いてなかったのだ。
 
 僅かに見えた希望の光にケルヴィンが頬を緩めた瞬間、

「フッ―――!」

「おあっちゃあああああああああっ!?」

 軽く、だが大きな音と共に飛んできた炎に、ケルヴィンは悲鳴を上げた。

 プチドラゴンなら例外なく使える、炎のブレス。
 本来なら人間など炭も残らぬ火力であり、ケルヴィンとて必殺される。
 その脅威的な火力を極限まで減衰させたものだ。

 殺す気はないとの言葉通りだが、ケルヴィンにとってはそれどころではない。

 いくら火力を押さえているとはいえ、当たれば熱い。
 先程は驚きと熱さに思わず前に飛びむしろ加速したが、それは悪運の賜物。
 もう一度ブレスが飛んでくれば、最悪転んで直後に轢き殺される。 

 そんなケルヴィンの内心を知ってか知らずか、海人は暢気にリレイユを褒めていた。 

「おお、偉いなーリレイユ。ちゃんと火力調整できてるじゃないか」

「グールルッ♪」

 飼い主の称賛に、なにやら弾んだ声音で返すリレイユ。
 ケルヴィンがその上機嫌具合に言い知れぬ嫌な予感を覚えたその時、

「フッ、フッ、フッー!」

「にぎょらっぺぇぇぇぇぇっ!?」

 連続して放たれた低火力ブレスに、思わず意味不明な悲鳴を上げるケルヴィン。
 
 今度のブレスは、一応ケルヴィンを狙ってはいなかった。
 先程と違って尻尾が炎にあぶられる事もなく、怪我一つない。
 代わりに頭上と左右を通ったブレスが逃げ道を塞ぎ、ついでに熱気で体力を削ってきた。
 
「凄いな。火力を押さえたブレスをこうも小まめに、しかも正確に狙えるようになっていたとは……」  

「グールルッ♪」

 もっと褒めて―、と言いたげなリレイユの声に、海人が背を撫でてやる。
 仲の良い飼い主とペットだが、そのとばっちりを受けている人間からすればたまったものではない。
 
「こっち命懸けだってのに暢気だなおい!? ええい、こうなりゃ一か八かだ……!」

 炎が消えた頃合を見計らい、ケルヴィンは進路を変えた。

 とはいえ、ただ進路を変えたわけではない。
 小刻みかつ強引極まりない進路変更の連続によって、速度をほぼ維持。
 しかも、最終的には反転に到った。
 
 突き進んでくるリレイユと衝突寸前になるが、
すんでのところでケルヴィンはリレイユの下に滑り込み、彼女の背後へとすり抜けた。
 そのまま、振り返る事無く全速力で駆け抜けていく。

 流石と言う他ない絶技に、海人は思わず感嘆の声を上げた。

「あの速度から反転して一気にリレイユの股を潜るか! 流石だな!」

「こっちゃ命かかってんだよクソッタレぇぇッ!」

「――――ま、機動力でリレイユに挑むのは無謀なんだが」

 海人が言うと同時、リレイユが地を蹴り空に舞い上がる。
 そのまま地上を走っていた時の加速を乗せて回転しながらの宙返りを行い、先程のケルヴィン以上の速度で反転。
 そこに翼による加速を加え、かなりの距離を稼いでいたケルヴィンとの間合を一気に詰めた。

「――――は?」

「覚えておくといい。プチドラゴンの本領は機動力だ」

 そんな海人の言葉が終わると同時に、ケルヴィンの体が派手に宙を舞った。





 
 














 










 二十分後、ケルヴィンは漂ってくる香ばしい匂いで目を覚ました。

 胡乱な目で匂いの元を辿れば、海人と刹那の姿。
 何やら大きな肉の塊を複数、じんわりと焼いている。
 滴る肉汁が火に落ち、その度に良い香りが辺りに広がっていく。
 少し離れた所では、リレイユが焼き上がりを待つかのようにおすわりをしていた。
 躾の完璧さを示すかのように、涎が垂れ目は血走っても動く様子はない。

 その姿を苦笑しながら見守っている同僚達の姿が視界に入ったところで、ケルヴィンは完全に目が覚めた。

「ぐっ、痛たたた……ちくしょう、酷い目にあった……」

「はっはっは、流石エアウォリアーズ第三部隊隊長だな。
まさかリレイユ相手に五分以上粘るとは思っていなかった。
おかげでとっておきの酒を放出する羽目になったぞ」

 ぱちぱちぱち、とやたら響く拍手をする海人。

 本心からの称賛であった。
 リレイユは一応手加減していたが、それでもプチドラゴン。
 普通ならば鬼ごっこなど、そもそも成立しない。
 開始と同時に反応する間もなく爪で吹っ飛ばされて終わりだ。
 いかなケルヴィンとて、武器もなしに長く耐えられるものではない。

 ゆえに海人は三分に賭けたのだが、エアウォリアーズの団員は全員四分以上に賭けていた。
 おかげで掛け金代わりに用意した大量の樽酒が、まだ中庭で飲み騒いでいる傭兵達の胃に消えている。

 とはいえ、物が酒なので海人の負担は実質ゼロ。
 せいぜいが創造魔法一回分の魔力を無駄にした、程度だ。 
  
「こっちゃ死ぬかと思ったわ!」

「すまんな。が、悩みもとりあえずは吹き飛んだだろう?」

「……あ」

 言われて、ケルヴィンは気付く。

 十日前から続いていた、欝々とした気分が晴れている事に。
 悲嘆は未だ消えず心に残っているが、不思議なほどに穏やか。
 前を荒れ狂う海で溺れていたとすれば、今は砂浜で冷たいさざ波に足を浸している程度。

 何をあそこまで悩んでいたのだろうか、そう思ってしまう程呆気なく、心が軽くなっている。
 
「私も人の事は言えんのだが、考え込みすぎて思考に沈み続けるのはあまり良くない。
負のスパイラルからなかなか抜けられんからな。
が、体を動かせば多少はマシになる。覚えておくことだ」

「ああ、すまね……って、ごまかされるか! どう考えてもありゃやりすぎだろうが!」

 話を締めくくろうとした海人を、思いっきり怒鳴りつけるケルヴィン。 

 運動させる為だけなら、あんなえげつない方法を取る必要はない。 
 そんな真っ当な抗議のつもりだったが、
 
「私達が袋叩きにしたところで、そこまで効果はなかったでしょう?」

「あんたなんだかんだで私らへの信頼強いからねぇ……」

「ぬぐ……」

 シリルとルミナスから立て続けに掛けられた言葉に、ケルヴィンは呻く。
 二人の分析は、おそらく正しいと自分でも思ってしまった為に。
  
 動く事すら億劫と感じていたケルヴィンも、相応の事態であればきちんと動く。
 曲がりなりにも一流傭兵団の隊長格。必要があるならば、気分の切り替えは出来るのだ。

 が、エアウォリアーズ団員との強制組手などで出来たか、と言われればそれは怪しい。

 仕事であれば、ケルヴィンがしっかりしなければ部下や仲間に無駄な死人が出るが、
組手であれば酷い目に遭うのはケルヴィンだけであり、また相手がエアウォリアーズであれば生存は保証されている。
 仲間が加減を誤ったせいであの世行き、そんな事はないと信頼しているのだ。
 ゆえに、無気力なまま袋叩きにされて終わる可能性が高かった。

 基本エアウォリアーズとは無関係な海人とそのペット。
 そして冗談抜きに命の危険を感じる相手であったからこそ、全てを忘れて全力で動く事が出来た。
 文句はいくらでもあるが、他の手段があったかと言われると返答に窮するのも事実なのだ。    

「効果あるんだったら、喜んで袋叩きにしたんっすけどねぇ……」

「それに、あれなら心配して宴会を楽しみきれなかった連中に娯楽を提供できるしなぁ……」

「そこ二人、俺の扱い酷くねえ!?」

 しみじみと頷きあうアンリと海人に、思わず叫ぶケルヴィン。
 そんな彼の様子などどこ吹く風とばかりに、海人は近くに転がしておいた酒瓶を手に取った。

「ま、確かにやりすぎた。詫びと言ってはなんだが、私の手持ちで一番強い酒だ。
好みに合うかは分からんが、部下達と一緒に飲んでくるといい」

「……あいよ。とりあえず、礼は言っとく」

「気にするな」

 海人は軽く手を振ると、酒瓶を抱えて中庭へと跳躍するケルヴィンを見送った。
 そして姿が完全に見えなくなったところで、リレイユへと向き直る。

「さて……そろそろ一番の功労者に御褒美をやらんとな?」

「グルルルッ♪」

 自分の方に振り向いた主君に、思わず尻尾を振るリレイユ。
 
 その様子を見て、海人は思わず頬を緩めた。
 今回一番働いたのは、間違いなく彼女である。
 ケルヴィンを轢き殺さず、かつ全力疾走を強いる速度の加減。
 追いついた際に気絶させる為の、絶妙な薙ぎ払いの力加減。
 そしてなによりケルヴィンに危機感を持たせる為、特に空腹でもないのに行った飢えた演技。

 飼い主としては、報いないわけにはいかない。

 海人は刹那に目線で指示を送り、リレイユの口元に肉の塊を放り投げさせた。
 香ばしく焼けた熱々の肉だが、リレイユは躊躇う事もなくかぶりつく。
 同時に肉汁がほとばしるが、気にする様子もなく飲み込むと、次の塊に視線を向けた。
 その催促に応えるように刹那が再び肉を放り投げ、リレイユが瞬時にかぶりつく。  

 そんな光景から視線を切り、ルミナスとシリルとアンリは中庭の方へと戻っていった。

「……やっぱ余計な心配っすかね」  
   
「と、おっしゃいますと?」

「んー……詳細についてはまだなんっすけど、ここの王都でえらい大事件起きたらしいんっすよ。
なんでも危うく壊滅しかかったとか。他にも最近シュッツブルグは色々動きが大きいっすからね。
でまあ、いざという時に火の粉を払えるかどうか少し気になってたんっすけど……杞憂っすよねぇ」

「まあ、カイト達がどうにかなるような事態だったら、この国滅びそうだしねぇ……」

「むしろ大事件を起こすかもしれませんわね。案外、王都の事件もリレイユが暴れ回ったとかかもしれませんわよ?」

「はっは、流石にないっしょー」

 シリルの冗談を軽く笑い飛ばすアンリ。
 が、笑顔の裏では真剣に思考を巡らせていた。

(……でも、あの人騒動の中心にいそうなタイプなんっすよね。
ラクリア王女と接点があるのも、ルクガイア滅亡時になんかあったって可能性ありそうですし。
危なくならない範囲で探り入れてみるべきっすかね……)

 笑顔を保ったまま、アンリは今後の方針について頭を悩ませていた。 





















































 所変わって、シェリスの屋敷。
 日は落ちて久しく、多忙なこの屋敷と言えどもうじき明かりが消える時間帯。
 実際屋敷の各所で徐々に明かりが消え始めている。

 が、シェリスは煌々と照らす照明の中で、黙々と書類に目を通していた。

「……やはり他からも探りが入った、と」

 書類の束を机に落とし、溜息を吐くシェリス。

 書類の内容は、王都における調査報告。
 先日の大騒動を調べている者達、それにまつわる報告書だ。

 苦労した甲斐あって、国内勢力からの手出しはほぼ消えた。
 出して問題ない情報をあえて掴ませた事を悟る者が少数派なのは頭が痛いが、今回は好都合。
 海人との契約を遵守し、最大の功労者たる彼に余計な負担をかけずに済む。
 
 が、反面国外勢力からの調査攻勢が激化していた。

 王都の事件については大規模な情報統制を行っているが、それも限界がある。
 なにしろ建造物一つとってもかなりの被害があり、その事実はごまかしようがない。
 史上でも稀な速度で修復が進んでいるが、それでも作業が終わるのはまだ先の話。
 他国の人間に見られてしまえばそれまでであり、見られぬ事も不可能。

 謎の白装束の三人組も、それ自体は消すに消せない。
 あまりにも功績が大きすぎて、すでに王都を救った立役者として住人に認知されてしまっている。
 仮に緘口令を敷いたところで子供の話までは止めきれない事を考えれば、あからさまな事は出来ない。
 絶望的な戦況の中戦い抜いた騎士達や冒険者達の武勇譚を強調する事による印象の相対的な矮小化で現状上手くいっているが、
この国に三人の類稀な強者が潜んでいる事実自体は、耳聡い他国に掴まれてしまった。

 極めつけが、地下深くの古代遺産を上空からぶち抜いた海人の砲撃の後始末。
 全速力で埋め戻してはいるが、いかんせん穴が深すぎて作業がまるで進まない。
 実際よりはるかに浅い穴の深さや、多数の上位魔法の使い手の目撃情報などを流して攪乱しているが、
穴の修復速度が少しでも落ちればそこからたぐられかねない綱渡りだ。
 出来る限りの事はやったので結果待ち、ついでに言えば成功する自信もあるが、気が重い。
 
 本音を言えば他国の諜報員を全員塵殺して情報を封じたいところだが、
そんな事をすれば何か凄まじい事が起きたと認めるようなもの。
 
 しばらくは他の仕事と並行しながら胃の痛い思いを抱える他なかった。

「今回に関しては、そこまで落ち込まれる必要はないかと。
前段階で手落ちがあった事は事実ですが、カイト様の理解は得られました。
加えて、事後処理の指示はどれも迅速かつ的確。私が指摘すべき穴はございませんでした」

 頭を抱える主君を、やんわりと諭すローラ。

 今回出てきた地下の古代遺跡は、見事に痕跡がなかった。 
 あの後学者が総出でシュッツブルグ王城にある資料も含め精査したが、存在を匂わす記述すら皆無。
 旧エルガルドの諜報員から得た情報によれば、彼らが知ったのも偶然の結果。
 この国が度々戦火に巻き込まれていた時代に、あちらへ流出した一冊の本。
 旧エルガルド王城書庫の片隅にひっそりと埋もれていたそれが、偶然見つかった結果。
 それすらも書かれた時代からの地形の変化などで遺跡がどこかまでは分からない内容。
 
 なにより、諜報員達が立ち入った目的は『絶望もたらす不尽の力』という曖昧な物。
 当初の予定では、古代遺産の大当たりの術式盤を国に持ち帰るつもりだったらしい。 
 術式盤の効果が発揮される真上に偶然王都があった為に、あの大事件となったのだ。

 海人が言っていたように防ぐ事は不可能ではなかったが、後からはなんとでも言える、というレベルの話でしかない。

 そして今回の事後処理におけるシェリスの働きは、ローラをして満足させうる内容。
 情報統制は行いつつも無理をして不自然を生み出す事はせず、思考誘導での解決を目指す。
 砲撃については目撃者の方が多い程だったが、巧みな情報操作で今ではとどめの一撃だったという事になっている。
 その前に数多いた協力者が地面を掘り進めていたからだと。

 レザリアが始末した上位ドラゴン殺しの冒険者も、上手く活用した。
 死人に口なし、と彼が命を賭けて戦い続け、最後には力尽きながらも王都を救った、そんな噂として。
 おかげで最近の王都では白装束の仮面騎士達の印象はかなり矮小化し、誰も見ていない老戦士の奮戦が話題になっている。
 肝心な時に敵対してきた者など亡骸を辱めても飽き足らない、という私情を抑え実を取ったのだ。

 完璧ではなく、火種も残ってはいるが、そこまで落ち込むような話でもない。
 
「褒め言葉は嬉しいけど、それはそれ、これはこれよ。
エアウォリアーズも探り入れてきてる事だし、しっかり気を引き締めないと」

「当面は問題ないかと。報告からすれば、現状は噂話を集めているのみ。
それに見る限りでは近々撤収する気配がございます」

「……どこにそんな気配が?」

「酒場での注文です。人の数は増えていないのに、酒量が増えています」

「それだけだとお金落として情報集めやすくしようとしている可能性もあるでしょう?」

 ローラの言葉に、首を傾げるシェリス。

 酒場で情報を集める際、一番手っ取り早いのは酒場に金を落とす事だ。
 特に酒というのは料理と違って手間がかからず、それでいて利幅が大きい。
 酔っぱらって店に迷惑をかけない限りは、店からの好感を得て情報を集めやすくなる。
 加えて言えば羽振りの良さで裏街道の人間に目を付けられる事もままあるので、そちらからの情報を手に入れるにも良い。

 撤退前の前祝いで飲む量が増えているという可能性もあるが、そちらの方が可能性としては低いはずだった。

「いいえ。その場合エアウォリアーズであれば、人数を増やしつつ酒の量を増やすでしょう。
これまでの情報では、酒の量だけが増えるというのはそこを離れる直前の特徴です」

「じゃあ、そちらは安心していいと?」

「はい。むしろ、警戒すべきは王都よりカイト様の方かと」

「それこそ心配無用でしょう?」

 不思議そうに、首を傾げるシェリス。

 シェリスからすると、海人からの情報漏れは心配する意味がない。
 本人自体が相当な秘密主義者であり、護衛二人も口は固い。
 エアウォリアーズの情報収集担当も相当な手腕だが、あれから情報を引き出すのは無理だ。
 トチ狂って力尽くを選んだとしても、最低限団長か副団長がいなければあの主従をどうにかする事はまず不可能。
 下手をすれば、それにルミナスとシリルまで加わりかねないのだ。

 あらゆる思惑が蠢き絡み合っているせいで何が起こるか分からない王都などより、余程安心できるはずだった。

「基本的には同意いたしますが、カイト様とて人間です。
自分の望みに気付いたであろう今なら、浮かれて口が滑る可能性もございます」

「…………なるほど。万一、いえ兆一レベルではあると思うけどね」

 天を仰ぎ、シェリスは溜息を吐いた。

 海人を王都観光に招待した理由の一つは、彼の心に潜む望みを引き出す布石だった。
 多くの人と触れあい、交流したい、そんなありふれた願望を。

 そしておそらくそれは、予想外の成果を挙げた。挙げてしまった。 

 王都で起きた、大事件。
 膨大な人々が死んでいく、それを看過できなかったからこそ海人は動いたはずだ。
 比重が極めて重かった保身よりも、王都の人々の命が勝った。
 例え側に居る人間の後押しがあったにしても。
 
 今の海人は自分の望みを自覚し、少しずつ手を伸ばし始めているはずだ。
 
 長年封じ、本人すら忘れ去っていたであろう願望。
 その発現は、海人といえど判断を誤る原因になりうる。
 時間が経ち落ち着けばそんな事もなくなるだろうが、今はまだ日が浅い。
 
 根強い秘密主義者なので杞憂だろうが、確かに緩んでいる可能性はある。

「でも、対策は必要かしら?」

「不要だとは思いますが、一応釘は刺しておこうと思います。
明日の朝から夕方まで、休暇をいただけますか?」
 
「……まだやる事山積みなんだけど……まあいいわ。
貴女が個人的に親しい姿見せるだけでも牽制としては十分でしょうし」 

 軽く肩を竦め、シェリスは明日の仕事量の倍加を覚悟した。 

コメント
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2019/11/05 02:40] | # [ 編集 ]


今章は、王都の後始末とエアウォリアーズ編という認識でいいのかな?
しかし、相変わらず海人のカレーは凄まじいですね。もしアレを食べて材料や手法をかなり早めに解析できたら料理に関しては海人を超える天才と言っても過言ではない……かな?
ケルヴィンは…御愁傷様としか。というかある一人が素直になれば…ねぇ

追伸
ローラの些細な失敗ネタはいかがでしょうか?無論、大人で
[2019/11/05 08:41] URL | コスモ #Y2SfxCmk [ 編集 ]


やったねローラさんまた逢いにいけるよ!
[2019/11/05 10:49] URL | #- [ 編集 ]


やった~!
次回は久しぶりにローラさんと海人の絡みが読める予感……!
[2019/11/05 12:18] URL | #- [ 編集 ]

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このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2019/11/06 00:53] | # [ 編集 ]


カイトの望みといえばそういえば番外編で同居人増加フラグを建てていたことだしいろいろ楽しみですね。

ところで宴会といえば八咫鮎とか破流鰻とかその辺の創造不能な食材を科学技術で再生していたのかは気になりますね。
[2019/11/09 11:51] URL | シャオ #xDU5tAck [ 編集 ]

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[2019/11/10 12:55] | # [ 編集 ]


大変楽しませていただきました!数年ぶりに1から読んだら前回は8部あたりまででしたので人間関係が進んでいて驚きました。次回以降も期待しておりますので体調に気を付けて執筆頑張ってください。
[2019/11/17 16:19] URL | #- [ 編集 ]


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