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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄122

 翌朝。海人の屋敷の中庭は、にわかに活気づいていた。

 中庭のあちこちで、朝の鍛錬を行うエアウォリアーズ団員。
 素振りなどの基礎鍛錬を行っている姿も多いが、特に目につくのは組手だ。
 昨日海人の許可を取った上で行っているそれは、なかなかに激しい。
 ひっきりなしに打撃音や金属音が鳴り響き、戦場さながらだ。

 が、そこにルミナスとシリルの姿はない。
 早朝に鍛錬を終え、厨房で朝食の準備に取り掛かっている為だ。
 
 代わりにあるのは、あちこちで鍛錬を終えた人間になにやら声掛けをする雫の姿。

 どういうわけか、彼女が声をかけた途端疲労困憊していた者達も立ち上がり、
目を輝かせて中庭の一角に向かっている。
 途中で自分のテントに戻って財布を取りつつ。
 
 そして彼らが集う先では――――惨劇が起きていた。

「ああくそ! また負けたぁぁぁぁぁっ!」

 絶叫しながら自分の膝を叩くアンリの男性部下。
 それと同時に、周囲からかなりのブーイングが飛んできた。

 彼の前にあるのは、ディルステイン盤。
 厳密には決着はついていないが、どう動いても次の手で皇帝が取られる状況。
 本来ならもう少し前に投了してしかるべきだが、相手のミスを期待して粘った末にこの盤面になった。    
 
 そんな男を前に、海人は余裕の表情を浮かべていた。 

「ふむ、これで全員に四連勝なわけだが……どうするね? 
ギャラリーの怨念も積もってきているようだし、諦める事も勇気だと思うが?」

 ぐるり、と軽く周囲を見渡し、海人は傲慢に問いかける。
 その言葉にルミナスの部下とアンリの部下、合わせて五人の男女が歯軋りをした。  

 最初は、ただの好奇心。
 鍛錬後朝食までの空き時間にディルステインをやっていたところ、海人が屋敷から出てきた。
 いかにも学者系な彼ならおそらく強かろう、そんな軽い気持ちでゲームに誘ったのだ。

 様子見をしつつ戦った初戦は、全員見事に完敗。
 どの程度の腕前か探りながら戦ったら、僅かな隙を突かれて瞬殺されたのだ。
 これは主に油断による敗北であり、そこまで気にならなかった。

 これは手応えがありそうだ、と挑んだ二戦目は僅差での敗北。
 今度は一切の油断なしに心理戦も仕掛けて挑んだが、一進一退の接戦。
 何度か皇帝を追い詰めはしたものの、決定打にはならず敗北。
 敗北には違いないが、実力にそこまで差はない、そう思える結果だった。

 今度こそ勝つ、そう意気込んで挑んだ三戦目。
 二戦目同様全力で挑み、先程と同じく接戦になった。
 にもかかわらず、結果も同じで決定打を得られず敗北。
 自分達同様、海人も時折ミスをしていたのに。
 運の差でありもう一戦やれば勝てる確率は高い、そう思えた。
 
 そうして四戦目に挑み――――結果変わらず、敗北したのだ。 

 おかげで、初戦から勝負結果で賭けていた仲間達からはボロクソである。
 知った事かと言いたいのは山々だが、彼らは自分達が勝つと信じたからこそ損をした。

 エアウォリアーズでも上位に入る腕前の者達。
 加えて海人の申し出で時間節約の為、彼は五人を相手に同時対局。
 この条件下で海人が全勝する事などあり得ない、そう判断して。

 実際、自分達も儲けさせてやるつもりでいたのだから、文句は言えない。
 最初海人の護衛の少女が主君の勝利に賭けした時など、憐れんでさえいたのだから。
 
 が、結果は御覧の通り。
 
 賭けの勝者は現状満面の笑みで札束を数える少女ただ一人。
 残りは少なくない金額を失い、連敗した仲間に怨嗟の視線を向けている。

「くっそ余裕こきやがって……! あと少しで勝てるってのに!」

「その少しが果てしなく遠い、よくある話だと思うがな?
それに、いいかげん朝食も出来る頃合だ。一旦切り上げんかね?」

「負けっぱなしじゃ折角の美味い料理も味が落ちちまうっての。
悪いがもう一戦だけ付き合ってもらうぜ……!」

 ルミナスの男性部下が、歯を剥き出しにして決意を固める。
 それに同調するように、残りの四人も力強く頷いた。

 が、そこにアンリが水を差す。
 
「はいはいそこまでっすよ、馬鹿共。いいかげん負けを認めるっす。
こんだけ負け続けた後じゃ、仮に一勝したところで意味なんてないっすよ?」 

『うぐっ……!?』

「ついでに言えば、五対一とかもうその時点で凄まじいハンデっす。
元々勝ったところで胸張れるもんじゃないっすね。むしろこれで負け続けてる事恥じろっす」

 畳みかけつつ、負け犬共に半眼を向けるアンリ。

 ディルステインは、非常に頭を使う。
 駒の動き自体は単純だが、だからこそ相手の手をより正確に読まねばならない。
 当然相手もこちらを読んでくるので、究極的には延々騙し合いを続けるようなものだ。
 一対一でやる時でさえその読み合いはかなり精神を削り、上級者同士だと決着と同時に倒れる事もある。

 それで五人と同時に対局するなど、何の冗談かと言いたくなるレベルだ。
 盤面を見れば状況は分かるとしても、そこに到るまでの流れを覚えていなければ著しく不利。
 五つの盤面全てで勝負を成立させるには、それら全ての流れを頭に入れるのが最低条件。
 さらに、五人それぞれの思考を読み、間違える事無く対応しなければならない。

 考えるまでもなく、重すぎるハンデ。
 そんな条件下で勝ったところで、誇れるはずもない。

「い、いや確かにそうですけど一回ぐらい勝ちたいですよ!
本当にあと一歩で勝てそうなんですから!」

「はあ……まだ気づかないとは。やっぱまだまだっすかねぇ……」

 博打で破滅街道を驀進しそうな部下の言葉に、アンリは溜息を吐きつつ反応を見る。

 ルミナスの部下どころか、自分の部下もきょとんとしていた。
 言葉の意味が、まるで分からないと言わんばかりに。
 頭に血が上って視野狭窄になっているのだろうが、これでは自ら気付くのは時間がかかる。
 
 仕方なく、アンリは種明かしをする事にした。 

「ったく……本当にあと一歩なら、とっくに誰か一人ぐらい勝ってるっすよ」 

『……はい?』

 溜息まじりのアンリの言葉に、海人と雫以外の全員が間の抜けた声を上げる。
 が、彼女はそれを気にした様子も無く、言葉を続けた。 

「ってか、うちの連中は気付けっす。
第一の人達にほぼ互角の相手に、なんであんたら全員連敗してんっすか?」

『……あ゛』

 呆れきった上司の言葉に、アンリの部下達が悟る。

 海人が対局したどの盤面も、僅差での勝利。
 これは、少し冷静に考えればまずありえない話だ。
 ルミナスの部下達も弱いわけではないが、アンリの部下達とは練度が違う。
 アンリの部下達が負けるような相手なら、本来もっと早い、あるいは大差での決着になっている。
 この段階で、海人が少なくともルミナスの部下達に手加減をしている事は明白だ。
     
 そして、アンリの部下達も勝ち方を自在に選べるほどルミナスの部下達と差があるわけではない。
 つまり海人の実力が彼らより数段上である事も確実であり、彼らの勝負結果も毎回僅差という事も踏まえれば、
さらに恐ろしい事実が浮かび上がってくる。

「あの、ひょっとしてカイトさんって、シリルさんにも勝てたりします?」

 おそるおそる、といった様子でアンリの部下の女性が尋ねる。

 自分達を相手に、五対一で勝ち方を操作できる。
 それはつまり圧倒的な格上という事であり、場合によっては団内最上位のアンリやシリルと同格。
 少なくともこの大陸では有数の指し手であるはずの、二人と。
 挑んだ事がそもそも間違いだった、そんなレベルである。   

 その疑問に海人が肩を竦めながら口を開こうとした時、 

「――――この馬鹿は、毎度毎度私をボロカスに負かす化物ですわよ」

 呆れたような、あるいは憐れむようなシリルの声が響いた。

『なんですとぉっ!?』

 その場にいたエアウォリアーズ団員が、一斉に驚愕の声を上げた。

 これは、決して過剰反応ではない。
 ディルステインにおけるシリルの強さは、団内二位。
 それも一位であるアンリに三割から四割程度の勝率を維持している。
 そして、アンリの強さは選ぶ職業を間違えたのではないかと言われる程。 

 そんなシリルが毎度ボロ負けするなど、尋常ではない。

「あー、やっぱりっすか」

 誰もが驚く中、アンリは特に驚いた様子もなく静かに頷いていた。

 アンリが見たのは二戦目からだが、その時から海人の態度に違和感を覚えていた。 
 ミスをした時など表情に僅かに出していたのだが、そこに演技の色が見えたのだ。
 どういう事かとよくよく見ていれば、不自然に続く僅差での勝利。
 手加減をしていると気付くのに、時間はかからなかった。

 そして――――アンリにはそれが不可能だという事に気付くのにも。

 ルミナスの部下はともかく、アンリの部下はディルステインが強いと言って差し支えない。
 部隊の自体が頭脳労働担当のような側面があるので、基礎鍛錬の一環として取り入れている為だ。
 アンリが負ける事はまずないが、それとて普通に対局すればの話。
 僅差で勝とうなどという無駄な余裕を見せれば、たちまち敗北に追い込まれかねない。

 海人が桁違いの化物であるという事は、言われるまでもなく分かっていた。

「まったく……弱い者いじめ、しかもそれで金稼ぎなんて感心しませんわよ?」

「酷い言われようだな。少なくとも、金は稼いどらんぞ」

 咎めるようなシリルの言葉に、心外だと反論する海人。
 そんな彼に対し、ルミナスが雫を指差しながら問いかける。

「シズクちゃんが札束持ってすんごいイイ笑顔してるけど?」

「雫が勝手に賭けて儲けただけだ。
わざと負けたならともかく、勝ってる以上文句のつけようもないと思うが?」

 ルミナスの白い目を、なんら悪びれる様子なく受け流す海人。

 実際、海人は悪びれる事ではないと思っていた。
 流石にこの勝負で儲けるのは気が引けたので、海人は何ら博打に関与していない。
 雫は嬉々として初っ端から海人の勝利にそれなりの額を賭けてはいたが、それは彼女の勝手。
 そもそも勝負自体は至極真っ当に行われており、何ら後ろ暗いところはなかった。

「そーですそーです。何らイカサマしてない真っ当な稼ぎでふぎゃ!?」

「ほぼ勝ちが確定した博打などイカサマと大差なかろうが馬鹿者。
しかも小細工で気付かれない確率を上げていただろうが」

 雫の頭に拳骨を落とした刹那が、妹の頭に冷たい視線を向ける。

 この痛みに呻きながらも札束をしっかり握りしめている妹は、しっかり小細工をしていた。
 最初は低い賭け金にして二回目三回目と鼻息を荒くしながら金額を上げ、強気になっているように見せかけていたのだ。
 おかげで周囲はかえって冷静になり、いたって常識的な海人の連続全勝はありえないという判断に誘導された。
 当然、海人の全勝に賭けていた雫は、四回連続賭け金を総取りしている。  

 理屈の上ではイカサマとは言い難いが、道義的にはイカサマ以外の何物でもなかった。
 海人があえて圧倒的な実力差を気付かせぬよう振る舞っていなければ、刹那は問答無用で妹を止めていただろう。

「それも違うぞ刹那。私はあえて情報を公開しなかっただけで、特別隠すつもりはなかった。
もしどのぐらい強いのか、と誰かに問われていれば素直に分かりやすい戦績を答えていただろう。
その意味では彼らの損失は単に情報収集を怠った為とも言える」 

 私は悪くない、とばかりに大仰に頷く海人。

 一応間違ってはいないが、それで被害を受けた者達が納得するのは別の話。
 圧倒的実力でおちょくられたに等しい者達も、負けがほぼ確定していた博打に挑んだ者も、
あえて口には出さないが海人に恨みがましい視線を向けている。 

 それを不敵な笑みで受け止める海人に――――ルミナスがからかうような笑みを向けた。 

「……で、実際は?」

「…………遊びだから楽しんでもらおうとしたのが、思いっきり裏目に出た」

 見透かしたルミナスの問いに、海人はそっぽを向きながら真相を暴露した。

 海人に挑んだ者達が軽い気持ちだったように、彼が勝負を受けたのも軽い気持ち。
 遊びであるなら楽しい勝負を提供しようと、わざと接戦を演じただけの事。
 それが先方の勝利への執念と周囲の博打で裏目に出ただけの事である。

 無論適当なところで負ければ済んだだけの話ではあるのだが、それも気が進まなかった。
 わざと負けるのはそれこそ賭けている者達にとってはイカサマになってしまうし、
そもそも海人は負けるのが大嫌いなのである。

 アンリが気付いた点は、彼女にそれとなく真相に気付いて貰う為の苦肉の策。
 気付きさえすれば、この不毛な勝負を止めてくれるだろうと期待したのだ。   

 いかにもな悪役っぷりから一転して不貞腐れた海人に、周囲からの視線が和らいだ。
 それを見計らって、シリルが海人に忠告する。

「今度からそういう時は初手からはっきりと現実を突きつけておやりなさい。
じわじわ嬲り殺しにされるより、一撃で首を刎ねられた方がマシでしょう?」  

「はっはっは、私は君と違って残酷ではないからな。
そもそも命を奪わない道を探したいのだよ。君には分からんかもしれんが」

「ほっほーう? どの口が仰いますのやら。
私の記憶が確かなら、貴方は私が霞んで消える程に嗜虐趣味なはずなのですけれどねぇ?」

 頬を引きつらせながら、シリルが海人に言い返す。

 シリルとて自分がサドである自覚はあるが、海人には言われたくない。
 毎度毎度ディルステインで無惨な敗北を叩きつける時の、勝利の笑み。
 シリルが策を練ってきた時ほど邪悪に深まるその笑みは、紛れもないサディストの証。
 相手を返り討ちにして悦に浸る歪んだ性根なくしては不可能な笑みだ。
 たまに課される罰ゲームなど、シリルをしてどうしてあんな内容を思いつくのかと言いたくなる域。

 が、海人はいかにも心外そうに、そして仰々しく身振りを加えながら反論する。  
 
「誤解だな。毎度毎度身の程知らずで無謀な挑戦を続けている、大事な友人。
そんな誰かさんに時間を有益に使わせる為、心を鬼にして色々楽し――残酷な事をしているのだ。
その優しさが分かってもらえないとは、実に悲しいな」

「本音が漏れた段階で語るに落ちてますわよ根性悪。
ついでに言えば、あまり調子に乗るべきではありませんわね。
私に負けた時、それら全ての言葉が自分に振りかかってきますわよ?」

 ふっふっふ、と笑みを深めるシリルだが目は笑っていない。
 
 それを見て、エアウォリアーズ団員のほぼ全てが思わず一歩引いた。
 シリルがあの表情をする時は、敵軍を吹き飛ばす程に大爆発する一歩手前。
 酷いと軽傷レベルではあるが味方まで巻き添えにする策も使う危険な笑顔だ。
 
 が、知らぬ者が見ても慄くであろう形相に、海人はまるで臆さない。

「はっは、残念だが負ける気配が微塵もなくて困っているんだ。
誰とは言わんが、毎度自信たっぷりに策を用意してあっさり打ち砕かれている友人がいるんでな。
自信過剰は良くないとは分かっているんだが、ついつい無駄な自信を付けてしまいそうになる。
私としても油断はしたくないから、そろそろ敗北させてほしいんだがなぁ?」

「おっほっほ……であればその自信、今日この場で打ち砕いて差し上げましょう。
ああ、礼は不要ですわ。私と貴方の仲ですもの。敗北に愕然とする貴方の表情で十分です」

 互いの息がかかる程近くで睨み合う、海人とシリル。 
 どちらも同時に無言で近くのディルステイン盤を指し、そちらに向かう。

 そして駒を揃え直し、勝負を始めようとしたその時――――雫が待ったをかけた。

「あ、ちょっと待ってください。お客さんです」

「なに?」

 これからというところで水を差された海人が、雫に向き直る。

「気配からして多分海人さんのお客さんとケルヴィンさんのお客さんですけど、それにしちゃ数が……?
あれ? そういえばケルヴィンさんいませんね?」

「ああ、あいつだったら私らと同じ時間に起きて外に鍛錬に行ったわよ。
起きたらまたへこみ始めたから、体動かしてくるっつってたわ」

「あー……なるほど。気の毒に」

 ルミナスの言葉に雫は何やら納得し、門の方に合掌した。
 






















 
 海人は、やってきた客人に中庭で応対していた。

 ここは現在朝食中のエアウォリアーズがいる為話をするには向かないのだが、
客人の要望である以上断る理由もない。
 むしろ聞かれても問題ない類の話なのだろうから、気が楽だった。
 
 強いて言えばエアウォリアーズの面々の視線が気になるが、それとて大した事はない。
 一部を除いて距離が離れた所で食べている為、無視できる範囲だ。

 肝心の客人がいつも通り絶世の美貌に無表情を張り付けている以上、気にする必要はない。

「それで、今日は何の用だ? ローラ女士」

「カイト様に、また私が淹れたコーヒーを飲んでいただこうと思いまして」

「それはありがたいが……君も暇ではなかろうに」

 簡潔な用件に、海人が軽く目を見開く。

 ローラのコーヒーが飲める事それ自体は、素直に嬉しい話だ。
 豆が良いので海人も自分で美味いコーヒーを淹れる事は出来るが、彼女には及ばない。
 最後の滞在から時間が開いた事もあり、飲みたいと思っていなかったと言えば嘘になる。
 わざわざ来てくれた動機も、彼女の私情ならば複雑ではあるが理解できなくはない。
 
 が、私情だけで軽々に動ける程、ローラの立場は軽くない。
 後で確実に空けた時間分の、膨大な仕事が襲い掛かってくる。
 
「ルミナス様が戻られましては、印象が薄くなる恐れがございます。
ですので、念の為もう一度飲んでいただいておこうと思ったのです」

「……ルミナスの料理でも君のコーヒーの印象が薄れるとは思えんがな。
ま、そういう事ならありがたく――――」

「コーヒー? いやまあ、自分も嫌いじゃないっすけど……ルミナスさんの料理と比較するのは無理がないっすか?」

 思わず、といった様子でこぼれたアンリの言葉。

 悪意を全く感じないそれは、だからこそ効果が大きかった。
 周囲で聞き耳を立てていたエアウォリアーズの面々から、小さくも次々に同意の声が上がる。
 どんなに美味かったとしても、コーヒーではルミナスの料理と比べるべくもないだろう、と。

 例外は、ルミナスとシリル。
 海人とローラの味覚の確かさを知っており、かつローラの料理の腕を知っている。
 到底模倣できそうにない、絶品のチーズケーキの存在も。
 ゆえに半信半疑ながら、疑問を口にする事はなかった。

 それらの反応を見渡してローラは一度軽く頷き、海人に向き直る。
  
「カイト様、出来ればこの哀れな方々を啓蒙させていただきたいのですが」

「コーヒーにハムサンドを付けてくれれば、好きに厨房を使ってくれて構わんよ」

 海人はローラの要望をあっさりと受け入れた。
 あれは本当に美味かったからな、と付け加えつつ。

「かしこまりました。ありがとうございます」

 言うが早いか、ローラは音もなく屋敷の中に消えていった。

 そして待つことしばし。
 大半の人間が朝食を終えた頃に、ローラは戻ってきた。
 上に乗った大量のカップが印象的な台車を押しながら。

 そしてローラは、エアウォリアーズ全員へ味見用に少量注いだコーヒーを配る。

 彼らは恐る恐るながらも一斉に口をつけ――――同時に、己の時を止めた。

「……な、なんっすかこれ!?」

 いち早く硬直が解けたアンリが、思わず叫ぶ。

 コーヒーの醍醐味は、強烈な苦味の奥に隠された美味。
 それは繊細で苦味を緩和する程の砂糖やミルクを投入すると、たちまち消えてしまう。
 一度や二度飲んだだけではなかなか分からないそれを見つける事に、魅力がある。
 芳しい香りもあるが、それだけなら飲料である必要はない。
 
 そう思っていたのに、これはまるで違った。

 本来苦味の奥に隠された美味、それが前面に出ている。
 しかも苦味がないわけではない、どころか苦味自体は強い。
 その苦味がやたらとキレがよくすっきりとして、不快どころか快感を覚えるのだ。
 そして香りは香ばしく、そして甘く、全身が蕩けるほどに素晴らしい。

 神品。そう呼ぶ事に躊躇いを覚えぬ程の一杯だった。

「上質の豆を使ったコーヒーです」

「い、いや、確かにコーヒーですけど……色々違いすぎません?」

 答えになっていないローラの言葉に、ルミナスが思わず反論する。

 この恐るべき飲料は、確かにコーヒー以外の何者でもない。
 他に類似するものなど何一つないのだから、当然だ。

 が、あまりにも既存のコーヒーとは次元が違いすぎる。
 
 これ単独でも、ルミナスはこれまで飲んだ飲料の中で最高峰と位置付ける。
 飲み終えてなお残る、極上のワインを飲んだ時でさえ滅多に得られぬ陶酔感。
 最初程の衝撃はなかろうが、次飲んでも間違いなく至福の一時に浸れるだろう。
 
 にもかかわらずこれは、美味い菓子があれば更なる高みに昇ると確信させてくる。
 どんな菓子と合わせるか、それを想像するだけで涎が出そうだ。 
   
 これがコーヒーであると言うのであれば、巷に存在するコーヒーとは何なのか。
 そんな事を思わずにはいられない。

「巷にはコーヒーと言う名の泥水の方が多いので無理もないかと。
もっとも、ミルクと砂糖を入れれば一応飲めるようにはなりますが。
さて……カイト様お待たせいたしました。御注文のハムサンドでございます」

「ありがとう……ん、やっぱり君のハムサンドは美味いな」

 満足そうにハムサンドを頬張る海人。

 ローラのハムサンドは、構成としては非常にシンプル。
 パン、ハム、キュウリ、バター、そして特製のソースだ。
 パンはふんわりとして、かつ甘味を感じる。
 極薄の物をたっぷりと入れたハムも肉の味が強く、かつしっとりと心地良い食感。
 キュウリも適切な分量で上手くさっぱり感を出している。
 パンに水分を染み込ませないために塗られたバターも、適度なアクセント。

 が、なによりもそれらをまとめるソースが格別だった。

 マヨネーズベースらしきそれの味わいは、さながら魔法。
 自分の主張をしつつも具材の味を極限まで引き立て、出しゃばらない。
 むしろ全ての味をまとめ上げ、ハムサンドという料理を完成させている。 

「コーヒーの方も……私の好みに寄せてくれたようだな」

「はい。食後には、生クリームを浮かべたアイスコーヒーも用意しております」

「それは楽しみだ」

 ローラの言葉に穏やかに微笑み、海人はカップを傾けた。
 それで空になったカップに、ローラはすっと新しいコーヒーを注ぐ。
 それを飲みながら、海人は再びハムサンドに手を伸ばす。     

 そんな海人達の姿を見て、離れた場所で朝食を取っていたエアウォリアーズ団員が囁き合っていた。

「……あの二人、なんか雰囲気良くね?」

「そうね。どっちもかなり淡々としてるけど……なんというか、自然だわ」

 ルミナスの女性部下が、同僚の疑問にそんな答えを返す。

 海人とローラは、特別距離感が近いわけではない。
 態度も特別親しげなわけではなく、強いて言えば海人の愛想が多少良い程度。
 一応ローラも行動だけは海人に甲斐甲斐しく世話をしているのだが、無表情ゆえに義務感の印象が強い。
 印象だけで言えば主人と従者、むしろ客人と招待主の従者と言った方が適切なぐらいだ。
 
 だが――――二人の姿はこの上なく自然でもあった。

 恋人、夫婦、そういった甘やかな感じではない。
 戦友や親友などといった表現も、近いようでまるで違う印象。
 それでいてそこらの兄弟姉妹、親子の姿よりもはるかに馴染んでいた。
 それら全てに当てはまり、同時に僅かにズレている、そんな感想が最適にさえ感じる。
 
 いずれにせよ――――滅多にない程に互いを許容している関係に見えた。

「……セツナさん。私らがいない間に、なんかあった?」

「あるにはありましたが……少々事情が込み入っておりまして、申し上げられません」

 声を潜めたルミナスの問いに、刹那はゆっくりと首を横に振った。

 ルミナスがいない間に起きた事は、かなり大きい。
 海人はおそらくローラから過去を聞かされ、その重みを知った。
 そして人の輪に入りたい、そんな無自覚の願望を自覚した。

 が、前者は刹那が話していい事ではなく、後者は連動して王都の事件も関わってくる。
 どちらも刹那が己の判断で口にしていい内容ではない。
 
「どうしても?」

「はい。拙者が口にしていい事は何一つございませんので」

「そっか……ならしゃーないわね。後でカイトに直接聞くわ」

「……リスクがあるとは思われないのですか?」

「無理に詮索するつもりはないわよ。多分、一つは読めてるしね」

 刹那の疑問に、ルミナスは柔らかな微笑みを返す。
 それに対し刹那が思わず目を丸くした時、

「う……うーん……はっ!?」

 地面で昏倒していたケルヴィンが文字通り跳ね起きた。
 驚く周囲に構わず、彼は自分の腹を軽く叩きながら何かを確認している。

 それを見て何かを悟った様子で、ルミナスがやんわりと声をかける。

「あー……大丈夫よケルヴィン。ここはあの世じゃないし、あんたの胴体もちゃんとあるから」

「嘘つけぇっ!? 加減間違えた団長の拳よりもすげえ威力だったぞ!?」

 ルミナスの言葉に、半泣きで絶叫するケルヴィン。

 意識を失う直前に叩き込まれた、一撃。
 それはケルヴィンをして、胴体が消し飛んだと錯覚する威力だった。

 まず、拳が速度で霞んでほとんど不可視。
 拳であったと分かったのは、腹に接触した一瞬の感触。
 それとて命の危機を感じて感覚が極限まで研ぎ澄まされていたからだ。

 次いで、拳がめり込んだ瞬間の衝撃。
 そこらの鎧よりも固くなっていたはずの腹筋が、まるで濡れた薄紙。
 それに守られていた内臓が掻きまわされながら、後方に吹っ飛ばされるのを確かに感じた。
 
 最後に、意識が吹っ飛んだ。
 この間、長いようだが瞬き程の一瞬だった。
 最強と敬う団長の攻撃にすら、一秒弱は耐えられたというのに。
 
 あれで胴体が残っているなど、到底信じられなかった。

「御安心を。殺すつもりであれば、攻撃されたと認識もさせておりません」

「ひぎょあええええっ!?」

 ローラの姿を見たケルヴィンが、思わず悲鳴を上げて飛びずさる。
 それを見て、ついでにもう一人の客人――ラクリアを見て、海人は溜息を吐いた。

「まあ、何があったのか見当はつくが……ぶっ飛ばす必要はあったのか?」

「騎獣に乗ったラクリア王女に追いつこうとする不審者を見れば、当然の措置かと」 

「ひでえ!?」

 容赦のないローラの言葉に、思わず叫ぶケルヴィン。

 無理もないとは、思う。
 逃げる元王女を全速力で追いかける獣人族の男。
 しかも騎獣であるカイザーウルフに完全に引き離されず、追い縋っている。
 相当な手練れである事は疑いようもなく、とりあえずぶっ飛ばされるのもやむなしだ。

 が、ケルヴィンとしても言い分はある。

 ひとしきり体を動かし、もやもやが晴れたので帰途についた。
 その途中で、先日逃げられてしまったラクリアを見かけたのだ。
 思わず追いかけてしまうのも仕方ないだろう、と思わずにはいられない。
 
 かろうじてそんな反論を飲み込んでいたケルヴィンに、横合いから声がかけられる。

「あの、ごめんなさい……私が驚いて逃げたせいで……」

「い、いや、ラスリナ……いや、ラクリアさんは全然悪くねぇ!
焦って思わず追いかけちまった俺が悪いんだ」

「いえ、そもそも私が素性を隠していた事が原因です。
その、よろしければ少しお話をさせていただけませんか?」

 そう言って、ラクリアはケルヴィンを少し離れた場所にある木陰に誘った。
 思ってもみなかった誘いにケルヴィンはコクコクと頷き、素直に付いていく。

 程なくして二人の会話が始まったのだが、

「…………うーむ、初々しいようでまったく初々しくないな。
ラクリア嬢も、無自覚に酷な事をする」

 ケルヴィンとラクリアの様子を見て、海人が痛ましげな目になった。

 ケルヴィンの方は、浮かれに浮かれている。
 ふんわりとした美貌に目を奪われ、真摯な語りに心を奪われているのだ。
 こちらは初めての恋人と付き合った少年のように初々しい。

 が――――ラクリアの方が問題だった。

 態度は真摯で、優し気な印象の美貌を適度に引き締めている。
 口調もあまり固くなりすぎず、親しみやすい語り口。
 何より元王女の名に相応しい気品が魅力的だ。

 ケルヴィンが心奪われるのも仕方ないのだが、ラクリアの言葉は全て事情説明。
 どんな思いでどんな行動を取った結果ここにいるのか、ただそれだけ。
 しかも秘匿事項の都合上詳細を伏せているので、中身が薄い。
 懸命に話せる最大限を話しているのだが、それ止まりだ。

 つまるところ――――素性を偽ってしまった詫びに、せめてもと事情を説明しているだけである。

 浮かれたケルヴィンには心許してもらっていると映ってしまっているようだが、
口調も素ではなく王女としてのものであり、憐れなほどの勘違いだった。 

 流石の海人も、ケルヴィンに同情を禁じ得ない。
  
「自覚的に酷な事をする殿方の被害者がここにおりますが?」

「うぐ……そんな酷い男、さっさと諦めればよかろう」

 ローラに痛い所を突かれて一瞬呻くも、海人はすぐに切り返した。
 
「酷い殿方ですが、諦める事が不可能な程に魅力的でもありますので」

「……ぬう」

 至極当然のように返されたローラの言葉に、海人は今度こそ呻くだけで押し黙った。

「おやおや、なかなか複雑な御関係のようで面白そうっすね」

「君程ではないと思うぞ。あのやり取りを見た時は少々気が抜けたようだな?」

「三秒ほどでしたが、なかなか貴重な光景でしたね」

 面白がっている様子で声をかけてきたアンリに息の合った皮肉を返す、海人とローラ。

 ラクリアと気絶したケルヴィンを見た時、アンリの反応はあっさりしていた。
 気絶したケルヴィンを心配するでもなく、視界に入れないわけでもなく、ただ放置していたのだ。
 その態度は心底どうでもいいと思っているように見えなくもなかった。

 ラクリアがケルヴィンを連れて別の場所で会話を始めた時も、似たようなもの。
 強いて言えば聞き耳を立てていた事ぐらいだが、彼女の仕事を考えれば不自然ではない。
 ケルヴィンでは気付かない重要情報が話に出てくる可能性もあるからだ。

 が、二人の会話が本格的に始まったところで、表情に変化。
 観察力に優れた海人とローラでなければ気付かぬ程ではあるが、明らかな私情が出たのだ。
 それまでの態度にいかなる心情を隠していたのか、興味は尽きない。
 
 目敏い二人に一瞬顔を顰めつつも、アンリはすぐに気を取り直す。  

「さて、何のことやらです。ところでカイトさん、ちょっとお話よろしいですか?」

 とぼけつつも、アンリはこの屋敷に来た本来の目的を進め始めた。
  



















 同日の夕方。カナールの町。

 多くの人々が行き交う賑やかな町だが、若干人通りが少なくなっている。
 外から町を訪れた人々が用事を終え、宿に戻っている為だ。
 
 が、あくまでも一時的なもの。
 夕食を何にするか人々が考え始め、各々それに向けて動き出している。
 夜になればカナールに数ある美味しい料理屋に向かうだろう。

 そんな多くの候補の中でも上位に位置する店≪リトルハピネス≫。
 夜営業の仕込みを終え、一息入れていた店主――ミッシェル・クルーガーの元にアンリが訪れていた。

「貸切? 予算と人数、構成、それと日時を教えてくれるかい?」

「はいはいっと……人数と構成はこれ、日時はこのどれかっす。予算はこれで」
 
 アンリはミッシェルから差し出された筆記具で紙に必要な情報を書くと、
その横に分厚い札束を三つ無造作に置いた。
 
「大部分は傭兵、でも主賓は学者さんかい。
日時はここ以外ならなんとかできるよ。でも、予算はこの人数でも随分余るね。
高級食材の御要望でもあるのかい?」

 不思議そうに、首を傾げるミッシェル。

 ≪リトルハピネス≫は基本的に庶民層向けの料理店だ。
 値段が高い料理もあるにはあるが全体の一部にすぎず、その金額自体も知れている。
 それを踏まえれば、アンリが予算として提示した額は人数を加味しても多すぎた。

 となると――――特別料理を御要望の可能性が高い。

 大っぴらにはやっていないが、この店は事前予約があれば特注の料理も出す。
 祝い事用の煌びやかで豪勢な料理、ミッシェルの腕を存分に振るう高級料理、
果ては思い出にある料理の再現まで。
 内容次第では他の仕事に支障が出るので、その場合は時間と代金を大目に貰っている。
 
 この予算なら久しぶりの大仕事か、とミッシェルは身を乗り出したが、

「いえ、店主さんが一番美味いと思える料理を出してくだされば十分っす。
強いて言えば、予算は深く考えずにって条件が付くぐらいっすね」

「ありゃ、そうなのかい」

 拍子抜けしたように、ミッシェルが椅子に腰を下ろす。

 アンリが言った条件なら、特別気合を入れる必要はない。
 腕によりはかけるが、それはいついかなる時どんな客でも同じ事。
 自由に作れるとなれば、むしろ楽しい仕事だ。

 さてどんな献立にするか、と考え始めた矢先、アンリが言葉を続けた。 

「ただ、一つだけ出来ればお願いがあるんっすけど……」

「なんだい? 料理なら大概の要望にゃ応えてみせるよ?」

「この料理と同格、あるいは超える料理が一品欲しいんっすよ」

 そう言って、アンリは一皿分だけ確保した海人のカレーをミッシェルに差し出した。
 店に来る直前に加熱魔法で温めてある為、まだほのかに湯気が立っている。

「……こいつは、まさかカイト君のカレーって料理かい?」

 くんくん、と鼻を鳴らし、ミッシェルは正体を看破した。

 実際に食べた事はないが、弟子が試作して意見を求めてきた料理に酷似しているのだ。
 そして、漂ってくる香りの魅力はそれよりも数段上。
 彼女が苦心の果てに作った物を超えるとなると、考えられるのはオリジナル。
 料理に関しては執念深い自慢の弟子が再現できない、とここしばらく放置している物だけだ。

「御存知だったっすか。正直、この要望は貴女でも厳しいかもしれません」

「かもね。自慢の弟子が再現できずに七転八倒してるみたいだし」

「スカーレット・シャークウッドさんっすか?」

「ああ。まだまだだけど、将来性って意味じゃ抜群だからねぇ。
あの子で無理ってんじゃあ、あたしも厳しいかもしれない。
ま、とりあえず食べてみなきゃ始まらないね」

 言うなり、ミッシェルは早速一匙すくい、口に放り込んだ。

 ゆっくり咀嚼し、味を確かめる。
 あまりの美味に我を忘れそうになるが、意識を強引に引き戻し分析開始。
 多様なスパイスを使っているが、それがそれぞれの個性を殺さず綺麗に溶けあった香り。 
 肉、野菜、調味料、香辛料、全てが奇跡的なバランスで成立した味わい。
 食感でも楽しめるよう、煮込み具合も非常に上手く調整している。
 
 そのままミッシェルは味の分析を行いながらじっくり食べ進め、厳しい表情を浮かべた。

「……どうっすか?」

「……答える前に確認したいんだけど、主賓はカイト君って事でいいのかい?」

 問いかけるアンリに、ミッシェルは問いを返した。
 その表情は真剣そのもので、なにやら強い気迫を感じる。

「ええ。自分含めてうちの団員がかなりもてなしていただいたんで、是非御礼したいんですよ」

「となると、主題はあの子を喜ばす事、でいいかね?」

「勿論ですが……貴女でも厳しいっすか?」

「いや、こちとら本職だからね。素人が作った絶品ぐらい超えて見せなきゃ名が廃るってもんさ。
それはそれとして、その主題なら他にもやる事があるって事さね」

 不安げなアンリに自信に満ちた笑みを返すミッシェル。

 このカレーは確かに素晴らしい料理だ。
 味見前提で口に入れたのに、あまりの美味さに思わず一瞬で飲み込みかけた。
 口にした事である程度材料と調理法の見当はついたが、まだ不明瞭な点も多い。
 一流の本職が専念したとしても、これを独自に作るには年単位の試行錯誤が不可欠だろう。
 まして素人がこれを生み出したなど、易々とは信じがたい。

 自慢の弟子が再現できぬと七転八倒するのも当然だ。
 才あれど若さゆえに知識と経験が足りぬ彼女では、まだ荷が重い。
 ミッシェルとて、再現しろと言われていれば期間次第では降参する他なかっただろう。
 
 が、これを超える料理を作るだけなら、ミッシェルにとってはそこまで難題ではない。
 アンリも、それを見越して依頼してきたのだろう。
 
 むしろ問題は、海人を喜ばす事。
 味覚は鋭く、美味い料理で喜ばない男ではない。
 だが根本的に料理の味への興味が薄い為、それだけでは不十分。 
 
 ゆえに――――余計なお世話かもしれないが、一品彼の為だけの料理を用意したかった。  

「ふむ? そうなると日数開けた方が良いっすか?」

「いや、余裕見ても一週間もあれば十分さ。だから、日付はここでどうだい?」

「分かりました。んじゃ先払いで置いてくんで、よろしくお願いするっすね~♪」

 そう言うと、アンリはひらひらと手を振りながら店を後にする。
 その背中を見送ると、ミッシェルは不敵な笑みを浮かべた。  

「……いよっしゃ! んじゃあ、気合入れて頑張るとしようかね!」 
 
 加齢と共に出てきた自分の腹を景気よく叩き、ミッシェルは厨房に向かった。


コメント

ほほう、五対一で全勝してなおかつ手加減もしてそれでいて一度にまとめて相手にして勝つとは、相変わらず凄まじいですねぇw
そしてローラと海人がそれなりに進展?し、アンリにとって気が気じゃない事が起こったり…大分物語が進み始めたのかな?
カレーを越える事は難しい事じゃないって事は、海人のカレーの味は一流には届かないレベルって事かな?

追伸
ロールキャベツネタはいかがでしょうか?
[2019/12/09 06:55] URL | コスモ #Y2SfxCmk [ 編集 ]


やっぱりローラと海人の絡みが一番好きだし、自然と夫婦感が出てるように感じる!

二人には是非ともジワジワと関係を進めて欲しいところ・・・!
[2019/12/12 07:20] URL | #- [ 編集 ]


更新ありがとうございます。いつも楽しませていただいております。
やはりローラは最高です。結婚はよ!
[2019/12/16 00:58] URL | ローラ好き #- [ 編集 ]


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