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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄27
 
 数時間後、海人は図書室一階部分の奥にある大きな読書スペースで数人のメイドと共にいた。

 そのメイド達は、多少の個人差こそあれど最低でも標準より幾段上の容姿だ。
 しかも素材の良さに加え、弛まぬ鍛錬によって育まれた生命力がそれぞれの魅力を底上げしている。
 立ち居振る舞いにも相応の品があり、選りすぐりの淑女達と言っても差し支えは無いだろう。 
 
 その中に、男が一人。

 これだけ聞くとまさに男の夢を体現したかのような状況だが、実情はかなり遠い。 

 なにしろ女性陣が全員座っているのに対し、この場で唯一の男は忙しなく歩き回っている。
 あちらこちらからひっきりなしにかけられる声に全て反応しているため、まさに休む間も無い。
 
 呼ばれるたびに思春期の少年ならたまらないほどの近距離に接近しているが、彼の表情は冴えない。、
 それどころかややヤケクソ気味な、どこか諦観に満ちた疲労感だけが伝わってくる。

「カイト様、この記述なんですが……」

「そこはとりあえず無視しておけ。今教えるよりは少し進んでからの方が理解が早いはずだ」

 細い指で指し示された場所を一瞥すると、海人はそのページの二十ページほど先のページに紙を適当に切って作ったしおりを挟んだ。
 そこまで読むように言ってから海人が別の方向に顔を向けると、また別の声が掛かった。

「あの~、結局この章の結論は火属性の魔法術式の最大威力の構築基本はラベルトランズ配置法とサミンリュス配置法、
それにメッセルブロート系魔法文字を主体に組む事、でいいんでしょうか?」

 難しい顔で声をかけた女性は、己の長い赤茶の髪が海人にかからないよう別の方向に流しながら訊ねた。
 その問いに海人は数瞬考え、 

「大まかにはそれで正解だ。
だが、その本には書かれていないが前提条件の関係上必然的に用いる事になる図形がある。
それが何かは分かるか?」

 一つ問題を出した。
 目の前の女性が持っている本は書いてあってしかるべき記述が一つ抜けている。
 だが、それは本の内容を理解して多少頭を働かせればすぐに分かる内容だった。 
 
「えーっと、二つの配置法を併用した条件下でメッセルブロート系と競合せずに使える文字が……となると……アーレングルド図形ですか?」

 本を前にしばし考えた末に、女性は答えを返した。
 色々複雑な理論であり、使う事が多そうな図形は数あるのだが、確実に使う事になる図形は唯一つ。
 今日までかなりこの理論に悩まされ続けただけにやや自信が無かったが、それでも答えた口調に迷いは無かった。  

「正解。それだけ理解できていればその部分に関しては十分だ。良く頑張ったな」
 
 嬉しそうな笑みを浮かべたメイドに労いの言葉をかけていると、また別の方角から声が掛かった。
 今度はあどけなさを残した声色で、それでいてはきはきとした口調の声だった。

「あのー、テポルア草とアレメンガの根をすり潰して混ぜて固めた物を、熱すると入眠剤の香になるって書いてあるんですけど、
前試した時やたら青臭い上に鼻につく感じがしてかえって目が覚めたんです。何故なんでしょう?」

「おそらくは作者のミスだな。私も試してた事はないから断言は出来んが、他の薬学書籍数点には今言った方法に、
ルッキーツの葉を加え、それをメルクトスフロッグの油で固めてから熱すると書いてあった」

 言いながら海人が近くの書棚から二冊ほど書籍を取り出して該当部分を見せると、
やや幼さを残したメイドは礼を言ってから手近に置いてあった紙にそれを書き写し始めた。

 そんな調子で次々に応対しているうちに徐々に呼ばれる頻度が減り、
海人は久しぶりに近くの椅子に腰を下ろした。

(……ようやく一段落したか。まったく、なんでこんな事になったのやら)

 ひとまず静まった部屋を見渡し、海人は数時間ぶりに椅子に座った。
 
 事の起こり自体はシェリスとシャロンへの授業。
 それ自体は二十分ほどで終わったのだが、途中で図書室に数人のメイドが入ってきた事がまずかった。
 入ってきた理由は休憩時間を利用して教養を身につけるため、というなんとも感心な理由だったのだが、
屋敷内上位三人の才女の内二人が真剣に聞き入っている姿を見て、彼女らも思わず海人の授業に耳を傾けてしまった。
 
 その丁寧かつ分かりやすい解説ぶりに、彼女らは元々読む予定だった魔法書を開かぬまま聞き入った。
  
 そして、最初の授業が終わったところで、誰ともなく海人に視線が向けられた。
 流石に口には出さなかったものの、その意味するところは何よりも雄弁で、全員が一致していた。
 
 ――自分達も質問していいですか、と。

 即座にシェリスとシャロンの拳によるツープラトン突っ込みが入り全員が床に沈んだ。
 客に授業をしてくれるようねだるなど、声には出さずとも十分な非礼。
 それが許されるほどこの屋敷の規律は甘くない。
 それで全員が我に返り、非礼を詫びて読書にかかろうとしたのだが、ここで海人は言ってしまった。

 どうせ時間はあるし構わんぞ、と。
 しかも、折角だし他の人間も連れてきて構わないとまで。

 彼は甘かった。
 タダで授業するという点は言うに及ばず、この屋敷の人間の学習意欲を侮っていた。
 
 ここの使用人は主の人脈の広さの関係で交渉に出向く事も多い。
 交渉する人間の職種は実に多様で、冒険者などの荒事系の人間から、医師などの学者系の人間まで際限が無い。
 その交渉過程で役に立つのが、幅広い知識である。
 
 相手が興味を持っている分野にそれなりの知識を持っていると話が弾み、交渉がやりやすくなるのだ。
 ただ、鍛冶屋が魔法学に興味を持っていたり医師が軍事学に興味を持っていたりという事も多いので、
どの相手にどの知識を持っていれば安心、というような正解は存在しない。
 それだけに、どんな知識でも暇があれば頭に入れておこうとするのである。

 そんな環境に現れた自覚無き最高の教師役のこの発言。
 後はまさに崖を転がり落ちるが如し。
 屋敷内に噂が瞬く間に広がり、休憩時間に入るたびに代わる代わる多くの使用人が図書室にやってきた。
 
 流石に途中で前言を翻そうかと思った海人だったが、期待に目を輝かせている女性達の瞳はなかなか無視しにくかった。
 そもそも前に来た人間には教えて彼女らには教えないというのは不公平。
 最初に断らなかった段階でこうなるのは確定していた、そう自分を強引に納得させて海人は腹をくくった。

 結果として、もはや今日中に屋敷に戻る事さえ無理な時間帯になってしまった。
 途中伝えられたシェリスの伝言によると、今晩は最高の料理と部屋でもてなしてくれるそうなので不満は無いのだが、
疲れた事にはなんら変わりが無い。

 疲労を感じて軽く首を回していると、にわかに外が騒がしくなった。
 どうやら音源は庭らしく、そちらに窓から多数の人間が見える。
 だが人に阻まれて何をやっているのかまでは分からない。
 
 なんなのか、と考えている内に座っていたメイドの一人が耳をピクリと動かした。
 どうやら風の魔法で外から伝言を受け取っているらしい。
 彼女はそれを聞き終えると席を立ち、パンパンと手を叩いた。

「シェリス様から通達よ。冒険者の方の腕試しを総隊長が直に行うらしいわ。
後学のために見ておく価値はあるはず、だそうよ」

 その言葉に、一気に室内がざわついた。 
 見込みのある冒険者の腕試しはこの屋敷では珍しい事ではないが、屋敷最強である人物が直にそれを行う事はまず無い。
 あまりにもぶっちぎった実力と氷の無表情と容赦のなさで、まず間違いなく相手の心をへし折ってしまうからだ。
 
 以前とある獣人族のハーフの冒険者が、幼馴染の忠告も無視して挑んだ事があるのだが、結果は無惨。
 手加減抜きで、などという無謀な発言までしてしまったために、ひたすらボコボコにされた。
 攻撃は全て動き始めに止められ、防御は全てすり抜けられ、とあまりに無慈悲な蹂躙が行われた。
 心配性の幼馴染が止める間も無い短時間で行われたそれは、彼の心にあまりに圧倒的な実力と恐怖を叩きこみ、
それまで抱いていた慢心を完膚なきまでに消滅させた。

 結果だけ見ればその後彼は実力に加えて慎重さを身につけ、偉大な冒険者の後継と呼ばれるほどにのし上がったのだが、
その時の惨状を目にした者は、一様にこう語る。
  
 ――――褒めるべきはあんな目にあって立ち直れた男だ、と。

 そんな逸話があるので、主であるシェリスはローラによる腕試しを禁じている。
 そこをあえてやらせるという事は、その冒険者の実力が尋常ではなく高いという事。

 おそらくはこの場の誰よりも。

 そう思った途端、主の護衛も務めるメイド達の武人としての側面が一刻も早く庭へ向かえ、と急きたてた。
 だが、散々丁寧に授業をしてくれた人物を他所に皆で庭に向かうのはあまりに非礼、
と人としての倫理観と骨の髄まで刻み込まれた礼儀がそれを押し止める。

 明らかにうずうずとしているメイド達を見ながら、海人は疲れた体を強引に起こして苦笑を浮かべた。

「私も興味はあるし、手っ取り早くここを片付けて庭へ行こうか」

 言葉と同時に、待ってましたとばかりに神速の片付け作業が始まった。
  

  
 
 


















 屋敷の庭では、二人の女性が対峙していた。
 片や鍔に大粒のルビーが填められた優美なデザインのナイフを両手に携える絶世の美女。
 片や刃紋すらない飾り気が見当たらない打刀を両手に携える凛然とした美女。
 双方共に構えは自然体。何かに特化していない代わりに、いかなる状況にも対処できる構えだ。 

 その周囲では、シェリスを始めとする屋敷の者達が遠巻きに二人の様子を観察している。
 
「睨み合っているだけというのも些か退屈なのですが」

「勝ち筋が見えずに打ち込む気は無い。文句があるならそちらから来い」

「……では、先手を取らせていただきます」

 言葉が終わるか終わらぬかの内に、ローラの姿が消えた。
 いかなる技巧によるものか予備動作一つ無く、相当な力で蹴られたはずの地面すらへこみ一つ無い。 

 ――直後、刹那の正面で甲高い音が鳴り響いた。

 それを皮切りに同じ音が極めて短い間隔で断続的に鳴り響き、それに伴って刹那の周囲で光の花が咲き乱れ始める。
 それが人間離れした神速の刃の攻防の副産物である事が視認できたのは、
この超人揃いのギャラリーの中でも特に動体視力が優れた者達のみ。
 残りの者は最初何が起こっているのか分からず、経験によって起こっているであろう現象を想像するに止まった。
 
「おー、凄い凄い。お姉ちゃん相手にあれだけ打ち込んで傷一つ無いなんて」

「むしろ私共としてはローラがあれだけ打ち込んで、未だ無傷のセツナさんの方が凄いと思うんですけど」

「見た感じ、ローラさんまだまだ手加減してますけどね。いやー、世の中広いですね。
屋敷の使用人であんな人がいるなんてなあ……」

 そんな会話をしていた矢先、突如背後の人間が脇に退いた。
 はて、と思った雫だったが、振り向いた先に見覚えのある姿を見つけ、にこやかに挨拶した。 

「海人さんこんばんはー。シェリスさんに良い評判伝えてくれてたみたいで、色々助かりました。
ありがとうございまーす」

「それは事実をありのまま話しただけだが……いったいなんなんだ、あれは?」

 雫に軽く手を上げて答えながら、海人は目の前の光景を引き攣った表情で眺めた。
 というか、光景も凄いがそれ以上に音が凄かった。
 金属のぶつかり合う音がただひたすらに響き続け、耳が痛くなるほどの騒音になっている。

「ローラがセツナさんの腕試しをしているんですよ。
いやはや、あれだけの実力者が未だ無名の冒険者とは……」 
 
「ふふ……好きで無名やってるわけじゃないんですけどね。
どっかの愚姉がファイアドラゴンに襲われた町を救うために依頼も無いのに仕留めて、
復興費用の足しにって死体全部あげちゃって、挙句の果てに格好つけて名乗るほどの者でも無いとか言っちゃったりとか、
またある時は大きな依頼があるって聞いてある町に行ったら、その途中でハイゴブリンの群に襲われ、返り討ちにしたらそれが依頼のターゲット。
しかも誰も私達がやった現場見てなかったもんだからやっぱり報酬0で……毎回そんな調子なんです」

 幼い顔立ちに似合わぬ黄昏た吐息を漏らす。
 一気に二十歳は老け込んだかのような空気を纏った雫に、シェリスは冷や汗を垂らしながら問いかけた。

「……金運が消滅する呪いでもかけられてるんですか?」

「んな覚えないんですけど、時々本気でそう思いますねー……あ、お姉ちゃんも乗ってきた」

 突如あちらこちらで咲き誇リ始めた銀光の花を目で追いながら、雫は暢気に呟いた。
 
 先程までは刹那が迎撃に徹していたために刃のぶつかる場所が決まっていたが、
彼女が攻撃に転じた事により、無節操にあちらこちらで刃がぶつかっている。
 とはいえどちらもまだ余裕があるらしく、常に遠巻きに見ているギャラリーからは少し離れた場所でやり合っている。
 おかげで観戦している者達もある程度安心して見ていられた。 

 が、ここで約一名困る人物がいた。
 身長百五十cm程度しかない雫である。

 動き自体は目で追えるのだが、先程と違い対象が無節操に移動しているため、
時折背丈の高い植え込みなどで隠れて二人の姿が見えなくなる。
 魔法を使って浮こうにも巻き起こる風で周囲に迷惑がかかるし、人様の屋敷の屋根に上るのも問題だ。 
 
 だが滅多に見れない高度な戦いはしっかりと目に焼き付けておきたい。
 全力は出さないだろうが、先程から見ていただけでもローラの動きは色々と参考になっている。
 
 どうしたものかと考え始めた時、雫の目が背後の長身の男に止まった。
 その男はぽりぽりと頬を掻きながら、驚嘆した様子で目の前の攻防を眺めている。
 その顔を観察する事しばし――彼女は唐突ににんまりと笑い、海人の背中に飛びついた。
 
 反射的に肉体強化して雫を支えようとした海人だったが、
 
「重っ!? じ、尋常じゃなく重いんだが!?」

 通常の強化では間に合わず、体の限界まで強化する事でようやく体勢を整える事に成功した。
 強化を強めるのが一秒遅れていれば、確実に地面に引き摺り倒されていただろう。 

「あー、あたしの小太刀ですね。でも強化してれば大丈夫でしょ?」

 海人の背中におぶさりながら、クスクスと笑う。
 その表情に悪びれたところは無く、心の底から海人の反応を楽しんでいる事が窺えた。 
 耳にかかる柔らかい吐息をくすぐったく感じながら、海人は呆れた様子で問いかけた。

「それはそうだが……急にどうした?」

「いや~、よく見えないんで高いとこに行きたいと思いまして。
屋根上るのも魔法使うのもちょっと面倒ですし。駄目なら下りますけど?」

「いや、構わんよ。ついでだし、こっちの方が見やすかろう」

 そう言うと海人は雫を一旦下ろし、肩車をした。
 小柄な雫といえども肩車するには些かサイズが大きいが、海人の高い身長と肉体強化のおかげでさして苦にはならない。
 突然の事に雫は少し目を丸くしていたが、やがて嬉しそうに微笑み、     

「ありがとうございまーす♪」

 礼を言って、姉と超人メイドの激戦に再び目を向けた。
 
 少し目を離した隙に、更に攻防の速度が上がっていた。
 しかも先程は武器しか使っていなかったのに対し、現在は手技まで使っている。
 その使い方がまた凄まじく、ある時は手の甲でナイフの腹を弾いたかと思えば、またある時は肘で刀を逸らしたりしている。
 常人では姿を見る事さえ叶わぬ速度でそんな技巧を披露しているあたり、どっちも大概人間離れしている。

 そんな事を思っている内に、また速度が上がる。 

「そろそろ二人がどこにいるのか把握するのも難しくなってきましたね」

「変わらず千日手ですよ。どっちもまだ刃は返してませんけど……あ、足技まで使い始めた」

「……あの姉にしてこの妹ありですか。私はもう刃物の残光しか見えませんよ」

「あはは、なんだかんだで姉の組手相手はいつもあたしですから。
……あ、そろそろ終わるみたいですね」
 
 その言葉と同時に一際大きな金属音が鳴り響いた。
 二人の動きが止まり、刹那の間合いより若干離れた位置で睨み合う。
 やがてローラが先にナイフを納め、深々と一礼した。 

「久方振りに良い運動になりました。お付き合いいただき、ありがとうございます」

「こちらとしても色々ためになった。それで、合格なのか?」

 礼を返した後に、刹那が問いかけた。
 
 元々この腕試しはある依頼を請け負うための実力の調査という事だった。
 ついつい興が乗って戦う事を楽しんでしまったが、一番肝心なのはそれに合格したかどうかだった。

「無論です。シェリス様、例の依頼はお二人に一任して問題ないかと」 

「分かりました。ではロングレース山に発生したブラッディアントの巣の壊滅、お二人に依頼させていただきます」

「承知。ギルドを通して指名してもらえるという事だったな?」

「ええ。そろそろ夕食時です。詳しい話はその時にいたしましょう。
カイトさんも一緒で構いませんか?」

「ああ。というか、知った顔がある方が気楽だ。
海人殿さえよろしければ、拙者はその方がありがたい」

 そう言って刹那は海人へと視線を向ける。
 勿論断る理由などなかった海人は何でもなさそうに軽い調子で頷いた。
  




















 会食場に移った海人達は、大きなテーブルを囲んで話していた。
 内容は刹那達と海人がここで遭遇するに至った細かい経緯。
 海人から自分達の話を聞いた事と現在ここにいる事は聞いていたが、細かい話は聞いていなかったのである。
 脇役であるシェリスと使用人は口を閉ざし、双方の会話に黙々と耳を傾けている。

「なるほど。昨日仰っていた客というのはここ絡みだったのですか」

「ああ、流石に朝一で来るとは思ってなかったがな。
どこぞの御令嬢が押し付けてきた書類がそんなに多いとは思ってなかったせいだが」

「一応言っておきますが、前見せていただいた計算能力を基に多少余裕を残して終わる量にしたつもりでした。
大体、三日期限の物を受け取った日に終わらせておいて何を仰るんですか」

 話を向けられたシェリスは海人の毒舌をさらりと受け流し、逆に毒を返した。
 
 前もってこうなる事が分かっていれば、仕事が楽になる余地はまだあった。
 秘匿のために回せない書類の多さなどを考えると大きな差にはならないが、それでも今日の書類が一割ほど減ったはずだった。
 
 ぶつけ所を激しく間違っている自覚はあったが、少しばかりの毒は放たずにはいられなかった。

「やれやれ。早く終わらせないと、と思って急いで終わらせたのに酷い言われようだな」

 大仰に肩を竦め、海人は嘆かわしそうに息を吐く。
 が、その表情は皮肉気な笑みが張り付いており、まだまだ余裕が窺えた。
 シェリスの言葉もまったく気にしていないらしい。

「感謝はしてますよ。おかげで次からもう少し多めに頼めるわけですし。
あ、ところでシズクさん。もう一度依頼の確認ですが、報酬は二百万、期限は明日から一週間以内。
この条件でよろしいんですね?」

 さりげなく海人の次の仕事の増加を宣言しつつ、雫に話を向ける。
 聞き逃さなかった海人がジト目で睨んでいるが、それは無視していた。
 
「勿論ですよ。ブラッディアントの巣穴潰しで二百万なら凄い割が良いですもん。
ああ……久しぶりにちゃんとしたお仕事……しかも高額……生きてて良かった」

 瞳を潤ませ、うっとりと天を仰ぐ。
 
 毎度毎度、彼女らはそこらの冒険者など比較にもなるぬ程の荒事をこなしているのに、収入が入る事はその一割にも満たない。
 刹那のお人好しか、はたまた不運な巡り合わせによって、毎度毎度収入が入らないのである。
 実は今回のように高額報酬の依頼を受けられる事すら珍しかったりする。
 
「きちんとこなしてくだされば次からもお願いしますよ。
それほど依頼がたくさんあるわけではありませんが……二年もあれば一括で家を買えるかと」 

「その前に武器の新調しないといけないんですけどね。結構くたびれてますんで。
最近は武器屋も鍛冶屋も刀扱う所多くなりましたけど、やっぱ高いんですよねー」

「特殊な加工法ですからね。よろしければ、安くて質の良い武器屋紹介いたしましょうか?」

「あ、材料自前で調達して安く上げるつもりなんで、鍛冶屋の方が嬉しいです」

「ん~……刀の加工技術を持っているのは、この近くですとカナールのアンドリュー鍛冶店ですね。
少し遠くまで足を伸ばせば、レンドラーク村のゴーガン老という選択肢もありますが」

「腕と値段はどんな感じです?」

「アンドリューさんの腕は未だ一流の三歩手前といったところですが、値段はその分安いです。
ゴーガン老の腕は文句なしに一流ですが、予約が多いため完成まで時間がかかる事と
腕前と比べれば安くはあるものの値段が高い事がネックです」

「となるとカナールですね。ミドガルズ鉱石を持って行って加工してもらう場合、いくらになると思います?」

「おそらくは百万程度ですが……そんな素材を使うのなら、お金を貯めてゴーガン老の所へ行った方がよろしいかと。
値段は五倍以上に跳ね上がると思いますが、材料に見合った質の物が手に入るはずです。
アンドリューさんは才能はともかく、現状の腕はまだ未熟ですから……おそらく材料を活かしきれないでしょう」

 二人の懐具合を計ったうえで、シェリスはあえて高額な方を勧めた。
 
 ミドガルズ鉱石から作られるミドガルズ鋼は最高級の素材でこそないが、間違いなく一級の素材である。
 それを材料にするからには加工する職人にも相応の技量が求められる。
 
 まして刀。斬る事に特化したその武器は通常の剣と比較して特殊な作りだ。
 鋭さを求めるための薄さと強度を両立させる事は非常に難しい。
 やはり、勧める側としては技量の高い方を勧めざるをえない。

 それは雫も分かっていたのか、シェリスの言葉に存外あっさり頷いた。 
 
「なまくら作られたり、すぐ折れる物作られても困りますもんねー……高い方にするしかないか」

「……その前にミドガルズ鉱石の入手の当てはあるんですか?」

「ゲイツ殿の話ではドースラズガンの森でも虱潰しに掘れば見つかるそうだから、この依頼が終わって準備を整えたら頑張るつもりだ」

 シェリスの問いに、今度は刹那が答えた。
 その言葉には時間さえかければ見つけられる、と確固たる自信が宿っている。

「やはりそうですか……」

 シェリスは軽く嘆息した。
 昨日までなら素直に頑張ってくれと言えたのだが、今日はそうはいかない。
 珍しく予約もなしにやってきた老紳士の用件がまさにそれに関係しており、素直に激励できなかった。

「何か問題でもあるのか?」

「……あるにはあるんですが、現段階では申し上げられません。
今回の依頼を片してくださったらお話いたしましょう。
まあ、その時には解決している可能性もありますが」

 刹那の問いに、シェリスは僅かに言葉を濁した。
 
 嘘は言っていない。刹那達が仕事を終えて戻ってくるまでの間に解決している可能性も一応ある。
 シェリスの手で解決できる可能性も無くは無いし、自然解決の可能性もあるにはある。

 一番有効なのは創造魔法という反則技だが、いかんせん使えるかどうかが分からない。
 海人に事情を説明しなければ協力は期待できないし、今回の場合は説明したらしたで拒まれる可能性が高い。
 いつでも試せる手段ではあるので、自力で色々手を打ち、不発に終わった時のみ頼んでみるのが正解だろう。
 
 そんな事を考えていると、刹那が念押ししてきた。

「……仕事が終われば話してもらえるんだな?」

「ええ。私の名にかけて誓いましょう」

「なら、拙者達としては文句は無い。出来ればそろそろ食事を楽しみたいが」

「分かりました。久方振りに料理長が張り切ってますので、期待は裏切らないと思います」

 そう言ってシェリスが背後の使用人に目配せすると、一泊置いてからゆっくりと料理が運び込まれてきた。
 
 まずは前菜。そして全員がそれを食べ終わった頃合を見計らい、スープが出される。
 それを終えて少し空けて魚料理が出され、といった具合に、
迅速に、だが急き立てられる感じを与えぬ適度な間を置いて次々と料理が出てくる。

 無論、料理の味はどれもこれも極上。そして献立の組み立て方も絶妙で、
前の料理が満足感を与えながらも常に次の料理を引き立てている。
 極上の素材と技巧で作られた料理、そして献立から出すタイミングに至るまで完全に計算し尽くされた食事に、
刹那達は時間を忘れてただひたすらに食べ続けた。
 
 やがてメインディッシュが終わると、雫が恍惚とした表情で呟いた。

「……ふあー、美味しかったぁ~」

「ああ。実に素晴らしいお味だった。ここまで美味い物を食べたのは流石に初めてだな」

「喜んでいただけたようで何よりです。
カイトさんは御満足いただけましたか?」

「ああ。前の祝勝会では食べてなかったが、パンとバターも最高に美味いな。
パンはスカーレット女士が焼いてるんだろうが、あのバターは?」

「フォレスティアの森の近くにある牧場から毎朝取り寄せている物です。
乳の質は最高級とまでは言えませんが、やはりバターは鮮度が命ですからね」

 そんな会話をしていると、ドアの方からノックの音が響いた。
 ドアが開けられると、台車を引きながら調理服を纏った赤毛の女性が入ってくる。
 女性は台車を部屋に引き込むと丁寧に一礼し、 

「料理長のスカーレット・シャークウッドと申します。
本日の料理、御満足いただけましたでしょうか?」

 非常に上品な態度で訊ねた。

 その仕草は実に優雅で、料理長とは思えないほどに洗練されている。
 外見的な造形は気が強く荒々しそうなのだが、その立ち居振る舞いが見事に相殺しており、
服さえ着替えれば貴族の令嬢と言って差し支えないほどだった。

 その優雅さに雫が些か緊張し、やや早口で答えた。 

「は、はい! 特にメインの肉料理が良かったです!」

「拙者はあれだな。野菜のポタージュスープ。
複雑だが滋味溢れる味で、なんとも美味かった」

「それは良かった……なにか?」

 なにやら先程から自分を見ながら笑いを堪えている海人に向かって、
スカーレットはあくまで上品に問いかけた。

「いや、多分その二人は地の口調の方が寛いでもらえると思うぞ」

 らしからぬ口調を取り繕っている料理長へと、海人は皮肉気な笑みを向ける。
 そして次に当の二人へ視線を向けた。

「えっと……まあ、あたし達は雑多な人間なんで、普通の口調があるならそっちの方が緊張は少ないです」

「右に同じだな」
 
 二人の言葉を聞き、スカーレットは主へと視線を向ける。
 軽く頷きが返ってきた事を確認すると、彼女は口調を地に戻した。

「あっはっは、そう言ってくれるならこれが一番楽さね。
いや~、あの口調って疲れるんだよねえ」

 優雅な印象から一転して姉御、という言葉が似合う印象に変わり豪快に笑う。
 品位には欠けたが、その代わりになんとも形容し難い愛嬌が滲み出ていた。

「ん~、すんごい親しみやすくなりましたねー」

「そりゃ良かった。ところで、デザートこれだけ用意してるんだけど、どれがいいかな?」

 そう言って、スカーレットは大皿に被せられた蓋を取り去った。

 その下から現れたのは、目も眩むような色とりどりのデザート群。
 果汁が滲んで見えるほどたっぷりのカットフルーツだけで五種類もあり、
ケーキやタルトも合計七種類と豊富。
 さらに皮だけのシュークリーム。どうやら台車の脇にある絞り器でこの場でクリームを入れるらしい。
 
 当然ながら、それを見て刹那と雫は大いに悩んだ。

 どれがいい? と言われても困る。
 どれもこれも美味そうで『全部』としか答えられない。
 が、流石にそれははしたない。

 二人がどうにか候補を絞るべく頭を悩ませていると、シェリスが口を開いた。 

「私は全て少しずつ頂戴。今日は少し空腹気味なのよ」

 あっけらかんと全てを頼むシェリス。
 主の意図を察したスカーレットがそれに軽い調子で答え、テキパキと皿に各種デザートを盛った。
 その盛り付け方は実に見事で、多種多様なデザートの山が見事に一つの作品と化していた。

 それを見た刹那と雫は、安堵して自分達も同じ物を頼んだ。 
 スカーレットは先程と同じように軽い調子で応じると、すぐさま二人分の皿を盛りつけた。
 芸の細かい事にシェリスを含めた三人共盛り付け方が違い、目で見ても楽しめるようになっている。

 客人二人の表情が悩み顔から笑顔に転じたのを確認し、スカーレットは海人へと視線を向けた。

「あんたはどうすんだい? たしか甘い物は得意じゃないって言ってたけど……」

「いや、そちらが美味そうなんで食べてみたくなった」

「そりゃ嬉しいね。作った甲斐があるってもんだ」

 ちゃっちゃと再び皿を盛り付け、海人の前へ差し出す。
 やはり盛り付け方が違い、スカーレットの美的センスを窺わせる仕上がりとなっていた。
 
 食べ始めると味の方も盛り付けに負けず劣らず素晴らしい。 
 どれもこれも上品でありながら野太い強さがあり、重くはないが強烈に印象に残る味だった。
 女性陣は勿論、基本的に甘い物があまり好きではない海人も余裕で完食し、最後に紅茶が出された。

「ん~、良い香り~。すごいさっぱりするねぇ……」

「ああ。さすがは貴族の食事と言うべきか、最後まで文句の付け所が無いな」

「御満足いただけたようで何よりです」

 かつてないご馳走に至福の表情を浮かべている二人を眺め、シェリスは嬉しそうに微笑んだ。
   
 その後しばし、他愛も無い話をしながら紅茶を飲んでいたが、そのうちに刹那と雫が席を立った。
 どうやら明日からの仕事に備えて早めに寝ておきたいらしかった。
 シェリスとしてもそれを邪魔する理由は無いので、すぐにメイドの一人に指示を出した。

 メイドに案内されて部屋を出て行く二人の背中を見送ったシェリスだったが、
再び海人との話を始めようとした時、先程から控えているメイド数名の視線が自分に集まっている事に気付いた。
 何かあったか、と思考を巡らせようとした瞬間海人に彼女らの視線が移動し、それで気付いた、というか思いだした。
 海人に一つ大事な話をし忘れていた事を。

「えーっと、カイトさん。今から少しお時間を頂戴してもいいですか?
もし駄目でしたら明日でも構いませんが……」

「いや、構わんよ。何かあったか?」

「ここではなんですので、できれば応接室で話したいのですが……」

 若干申し訳なさそうなシェリスの言葉に、特に拒む理由もなかった海人はあっさりと頷いた。
  
 


























 
 シェリスに案内されて海人が応接室に入ると、すぐにテーブルの上に乗せられた籠に目を奪われた。
 木で編まれたそれの中には大量の封筒が放り込まれており、一種異様な雰囲気をかもし出している。
 既に半分ほどは封を切られており、中から紙片が覗いている。

 その内の一通を手に取り、シェリスはにっこりと微笑んだ。

「これがなんだかお分かりになりますか?
ちなみに文章の差はあれど、基本的な内容は全て一致しています。
開封して無い物もありますが……九割方同じ内容でしょうね」

「……シェリス嬢、悪い事は言わんから使用人の労働条件を少し改善してやれ。
そんな大量の直訴状をもらうようでは、そのうち刺されるぞ?」

 沈痛そうな面持ちで放たれた海人の予想外の答えに、シェリスは思わずつんのめった。
 どうにか体勢を立て直すと、彼女はすぐさま抗議に転じた。
 
「大外れです! というかカイトさんの中の私の評価ってどうなってるんです!?」

「ただの冗談だ。が、人使いが荒いのは事実じゃないか?」

 シェリスの反応を楽しそうに眺めながら、海人は苦笑した。
 そこにあるのはしてやったりと言わんばかりの愉悦だけで、先程の暗い影は微塵も見当たらない。
 からかわれた事に気付き、シェリスはムッとした顔で封筒を差し出した。

「まったく……読まれて困る類の内容ではありませんので、どうぞ読んでみてください」

 差し出された封筒を受け取り、海人は中の文面に目を通し始めた。
 そこにあったのは、予想通りの内容。若干嬉しくはあるが同時に困った内容でもあった。

「……やはりか。全部この内容で一致か? 
正直、ここまで好評だとは思ってなかったんで、未だに信じられんのだが」

「ええ。勉強が楽しくなった、悩んでた内容がすぐに理解できた、すんなりと覚えられた、など色々違いはありますが、
どれもこれも要求している事はまたカイトさんの授業を受けたいという事です。
中には給料の三割までなら授業料として天引きされても構わないという者もいました」

 軽く肩を竦め、やや投げやり気味に語る。
 
 実のところ、これは当然と言えば当然の結果だった。
 どうやら本人に自覚は薄いらしいが、海人の説明の仕方は非常に巧みで良く出来ている。
 解説の分かり易さもさることながら、時折クイズのように出される問いの出し方が実に上手い。

 それまでに解説した内容を組み合わせれば間違いなく正解に辿りつく事が出来るが、ただ覚えているだけでは解けない。
 それなりに自分で頭を悩ませ、与えられた知識を活用して初めて解ける問題だ。
 そしてそれを解く事によって程よい達成感を得られ、より深く学ぼうと学習意欲が高まる。

 はっきり言って、もう一度授業を受けたいと思わない理由が無いのだ。
 シェリスとて、以前受けた時は自分の激務と照らし合わせ、受ける余裕が無いと判断して頼まなかっただけだ。
 海人のおかげで多少の余裕が出来た今となっては頼んでみない理由が無い。

 海人にとってはなんとも皮肉な話だが。 

「むう……ここまで求められてしまうと断りづらいな」

「でしょうね。どうなさいます? 引き受けていただけるなら十分な報酬をお支払いするつもりですが。
無論、都合はそちらに合わせます」

「……私がこっちに来るのは手間がかかるからな。私の屋敷の方に来てもらえる方がありがたいんだが」

「でしょうね。この際ですし、カイトさんの所に行く場合限定で図書室から本の持ち出しを許可しましょう。
具体的にどの程度の頻度でやっていただけます?」

「月当たり一週間程度なら時間を取っても構わないが……こちらもやる事があるからな」

「分かってますよ。それでは、そこら辺を含めて詳しい条件を突き詰めていきましょうか」

 ソファーに座り直し、シェリスは前屈みになって交渉の体勢に入った。






















 一方その頃、刹那と雫はあてがわれた部屋のベッドで半ば夢見心地で伸びていた。

 昨日海人の屋敷で使わせてもらったベッドも良かったが、ここのは更に格別だった。
 どこが、とは上手く言えないのだが、強いて言えば物の肌触りが違う。
 不思議と、肌に馴染むような印象があるのだ。
 
 しばし上質なベッドの感触とふわふわな布団の感触を満喫した後、刹那が口を開いた。
 くつろいでいる体とは裏腹に、その口調はどこか真剣な響きがある。 

「……そういえば雫、どういうつもりだったんだ?」

「んみゅ~……何の事?」

「とぼけるな。拙者が手合わせしている最中、海人殿にちょっかいを出していただろうが。
しかも目つきに少し危険な兆候が出ていたぞ」

「ありゃ、気付いてたの? 敵わないなー」

「雫」

 あくまで軽い調子の妹に、語気を強める。
 が、それにも臆する事無く雫はそのままの調子で答えた。

「分かってるから怒んないでよ。大した事じゃないんだから。
なかなか『美味しそう』な人だなーって思っただけ。
ローラさんほどじゃないけどね」

 雫の言葉に、一瞬刹那は硬直した。
 今まで妹がそう呼んだ人間の特徴に、件の男は当てはまらない。
 あまりに意外な発言に、刹那は戸惑っていた。
 
「……気のせいじゃないか? 只者ではなさそうだが、お前がそう思う系統の人物ではないはずだし、
精神的な面でも普通に善人と言って差し支えないはずだ」

「それについてはどうかなー? 海人さん、下手するとあたし以上に歪んだ側面がありそうだと思うんだけど。
そこはお姉ちゃんも気付いてるはずでしょ」

「……まあ、な」

 雫の言葉に、刹那は渋々だが頷かざるをえなかった。
 
 今まで接した限り、海人という男は間違いなく善人寄りの人間。そこは断定できる。
 この物騒な世の中で見ず知らずの人間二人を自分しか住んでいない屋敷に入れるなど普通は考えられない。
 二人共武装していた事まで考えれば『寄り』ではなく底抜けの善人と言っても良いかもしれない。
 
 だが、それだけでは無い事も明白だった。

 昨日刹那が負った傷について観察からの予測だけでほぼ核心を突いていながら、特に詮索もしなかった。
 いずれにせよ雫がそれだけの手数の猛攻を実の姉に加えた事は明白だというのに、だ。
 しかもそれら全てが峰打ちではなく斬撃――刃を向けた攻撃だった事も見抜いていた。 

 だというのに雫を咎める事も無く、刹那が平然と妹に接している事にも特に含んだ物はなさそうだった。
 本当に善に偏った人間であれば、間違いなくどちらかを咎めるような反応を見せるはずである。
 それが無かった理由がどんな要素に由来する物なのかは不明だが、基本的な人格を考えれば何らかの歪んだ側面がある事は確実。
 
 色々してもらった相手に酷い評価だとは思うのだが、一度そう思ってしまうとなかなか評価は変えられなかった。

「そういった面含めて興味があるんだよ。
なんとなーく、長い付き合いになりそうな気がするしね。
仲良く交流深めといた方が良いかなーと思ってる」

「かもな。まだ分からんが……後一度ばったり遭遇するような事があれば、余程縁があるということだろうな」

 やれやれ、と肩を落とす。

 最初に海人と出会った事からして、おそろしく低確率な話である。
 彼女らがドースラズガンの森の奥地から川に一直線に向かった結果が、たまたま海人の屋敷の裏だった。
 あの森は広いため、それであそこに出る確率は極めて低い。 
 
 今日会った事も低確率な偶然が関わっている。
 ローラと会った後に聞かされた話だが、彼女が冒険者ギルドに寄ったのはただのついで。
 別の用事が思いの外早く終わったので空いた時間で情報を集めるためだったという。
 予定では夕方に終わるはずだったため、予定通りであれば今日彼女と遭遇する事は無かった。
 適当に安い依頼を幾つか引き受け、会うのは早くとも数日後だったはずだ。
 当然、今日ここで海人と会う事も無かった。

 まあ、ここまではただの偶然と言えば偶然と言えない事も無い。
 所詮二回だ。たまたま重なる事もあるだろう。

 だが、あと一回。これも低確率な偶然が関わればもはや偶然とは言えない。
 運命、とまでは言わずとも相当縁が強いという事だろう。 
 
 それだけならば喜ばしい事だ。
 歪みがある事を考慮しても海人は非常に好ましい男だし、仲良くしたいと思う。
 縁の深い友人が出来るのなら、それは歓迎すべき事だ。

 だが、縁が深いという事はそれだけ接する機会も増え、できれば隠しておきたい雫の問題が表面化する恐れが大きくなる。
 より深く良い関係を築く為にも早々にそれを教えた方が良いのだが、普通はそれを聞いたら間違いなく引く。
 そして離れていけば、自分はともかく雫が傷つく事になる。
 
 ゆえに、姉としては悩みどころだった。
 もしも本当に縁が強いのであれば、どうすれば引かれないように雫の問題を打ち明けられるかと。
 
 自分の事を我が事のように心配する姉に雫は、

「いつも言ってることだけどさ……別に放っといていいんだよ?
あたしみたいなのは友達も出来ずに暴れまくった挙句、因果応報で殺されんのが一番似合ってるんだからさ」

「……悲しい事を言うな。普段のお前は自慢の妹なんだぞ」

 刹那はそう言うと、いつになく儚く見える妹を優しく抱きしめた。
 大事な妹が決して自分の目の前から消えないよう――ありったけの願いを込めて。  


テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

コメント

更新お疲れ様です。
今回の話を見て、雫はまさか吸血鬼!?なんてことを思いました。
この作品を読み直して思ったのですが、ローラさんやシェリスさんの年はいくつなのでしょうか?
殺されないなら教えてください。
次回の更新も楽しみにしています。
[2010/06/14 10:48] URL | fuji #- [ 編集 ]

更新漏れ?
白衣の英雄 ◎目次 テスト版
の、27話が付いていないんですが、漏れ? 今書き換えている最中なのかな?

いつ見ても思うけど、カイトの能力メッチャ欲しいよ。
旨い物食べ放題。なんてうらやましす。
白衣の英雄を見ると、いつもお腹が空いてしまうのですが、どうしてくれるんですか(T_T)
[2010/06/14 10:51] URL | nono #XAUl15Aw [ 編集 ]


更新お疲れ様です。
海人の境遇は遠くから見てると間違いなく羨ましいといわれるレベル。
自分がやるかといわれると断るけど。
そんな運命だと思って諦めてくれ、海人。
では、次回の更新も楽しみにしています
[2010/06/14 11:11] URL | 神楽 #NkOZRVVI [ 編集 ]


初めまして、戸次(べっき)と申します。

以前から白衣の英雄を楽しく読ませていただいています、コメントは今回が初めてですが…。27話も楽しく読ませていただきました。

第1部は医者、第2部は商人、第3部は先生でしょうか、海人の職業は…。まあベースに研究者という部分が生かされているのがイイですね。海人の屋敷の一室を教室にするのでしょうか?それとも屋敷の外に新たに作るのでしょうか?地下室の秘密を守るためにはどちらも難しそうですが。前者だと自然と気づくスルドイ人物がシェリスの部下にはいるでしょうし、後者だと屋敷に入れない事自体が怪しい感じですし。

あと別口でミドガルズ鉱石絡みでも何かありそうですね。まさか枯渇する?案外海人ならミドガルズ鉱石以上に刀向きの物質を知っている、あるいは開発しそうな感じもしますが…。

では次の更新を楽しみにしています。
[2010/06/14 12:12] URL | 戸次 #rqdRP.8s [ 編集 ]


今回も大変おもしろかったです♪

メイド達との関わりが増えましたね、またメイドのなかからカイトに深く関わる人がでるのかな?
そして最後に………
メイドさん、好きですか?(笑)
[2010/06/14 12:56] URL | さとやん #6x2ZnSGE [ 編集 ]


海人はNoといえる日本人だと思っていたけれど
案外お人よしなのですねw

1話につき1つは料理の話がある感じがします
ここまでメインではない料理の話が多いと
それがメインなのかと勘違いしそう
話題のもって行きかたが料理からというワンパターンな感じもしますし
[2010/06/14 14:35] URL | er #EcIghc0I [ 編集 ]


お、夜まで無理かなと思っていたら更新されていた。
ゲームのやりすぎには注意して下さいね?w

人が生きる上で食事が欠かせないものである以上、おいしいモノを食べたいと願うのは
当然のこと。なので、私もスカーレットさんの料理が食べたいです。それが無理なら、
せめてもっと、味が想像できるぐらいの詳しい描写が欲しかったかも。いや、それが
メインじゃないので削られたと言うことは理解しているのですがw 先週の『トリコ』の
センチュリースープは本当においしそうだったなぁ。

何が言いたいかと言いますと、前にも書きましたけどある意味グルメ小説だと
思っているので、これからも自重せずに食事シーンを突っ込んで下さい、とw
おいしいは正義なのです!
[2010/06/14 15:30] URL | あきら #mQop/nM. [ 編集 ]


更新お疲れ様です。
カイトが本当に教師やるとは思いませんでしたわwww
日が経つにつれてどんどん受講者が増えていって家に納まりきらないようにならないか心配です。
青空教室なら大丈夫かもしれませんがwww
それにしても雫・・・一体何者なんでしょうなぁ
「美味しそう」って言うからカニバリストかと一瞬思いましたわww
まぁカイトならどんな問題があろうと悪意がなければ問題ないと思いますが。
[2010/06/14 17:30] URL | ズー #B1FehmyE [ 編集 ]


更新お疲れ様です!

今回はこの章の核心的なものらしき部分がいくつか出てきましたね
その中でもやっぱり一番気になったのは雫ちゃんですね
最近ネギまとかなのはの二次創作読み漁ってるせいか僕も正体は吸血鬼か!?と思いました
いやはや、予想があっていようがなかろうが楽しみなことです
しかし、刹那とルミナスってどっちが強いんですか?

海人も大変ですねー
なんというか、海人は用心深いのに自分のスキルに無自覚のせいでいろいろ面倒事?を被りますね
ただ、海人の屋敷にそんな定期的に人を呼んで大丈夫なんですかね?
いろいろばれたりしないんでしょうか?

何故か刀鍛冶ののくだりで海人なら刀うてそうと思った……
モノ作るときとか一から作ってそうですし、刀もうてるんじゃないかなぁ?と

次回の更新も楽しみにしています
[2010/06/14 19:06] URL | 華羅巣 #zR7lJLBY [ 編集 ]

お疲れ様です。
この姉妹の秘密…何でしょうかね?
「美味しそう」発言からほかの方も言ってるように吸血鬼か実はサッキュバスの類とか。

雫の秘密はばれたら、ほぼ確実に引かれるようですが、ぶっちゃけ海人のナチュラル外道な精神性とローラすら引く知能の化け物ぶりを知ったら姉妹の方がおもいきり引くんじゃないだろうかw
[2010/06/14 23:38] URL | とある人 #vXeIqmFk [ 編集 ]


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