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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄29
「ん~……良く寝たな」

 こきこきと肩を動かしながら伸びをする。
 ベッドから出つつ疲労回復用のアロマと入眠用BGMを止め、
それら両方の装置をベッドの下へと放り込んだ。

 疲労はかなり取れているが、やはり大元たる連日の徹夜作業のダメージ自体が大きい。 
 調子としては好調時のせいぜい半分といったところだ。
 
 とはいえ、これ以上寝ていても寝すぎでかえって体調が悪化するのみ。
 回復を図るためには適度に体を動かし、夜中にしっかりと睡眠を取る事が望ましい。
 そして寝る前の空腹感も消えてない事を踏まえると、食事を摂った後に腹ごなしがてらの運動というのが妥当だろう。
 
 が、食事を作ろうと厨房へ足を向けた矢先、彼の耳にチャイム音が響いた。
 同時に、門の方からやたらと鈍い金属音が聞こえてきた。
 音源は銅鑼のようだが、音に伸びがなくやたらと重い。

 まるで勢い余って銅鑼を叩き壊してしまったかのような音だ。

(まさかな……んな馬鹿がいるはずもない)

 そんな考えを海人は即座に否定した。
 
 呼び鈴用の銅鑼は見た目こそ何の変哲もないが、その素材は海人の開発した特殊合金である。
 遠慮無しにぶっ叩いてストレス解消、をコンセプトに作った物なので、それこそ象が踏んでも壊れないようになっている。
 勿論肉体強化を使えば壊す事は可能だろうが、呼び鈴用の銅鑼をわざわざそんな状態でぶっ叩く馬鹿がいるはずもない。
 
 そんな事を思いながらカーテンの端から門の方を観察すると、見覚えのあるシルエットが二つ見えた。

 片方は銅鑼を吊り下げてあった台を抱えてあたふたと、もう片方は何やら粉々になった物を必死で拾い集めて組み立てている。
 どちらもやたらと慌てており、遠目でも忙しなく動いているのがわかる状態だ。
 どうやら海人の予想とは裏腹に、馬鹿がいたらしかった。
   
「……わざとでは無さそうだが、いったい何があったんだかな」












 海人が門へと向かうと、案の定のやり取りが繰り広げられていた。
 余程慌てているのか、海人が屋敷から出てきた事にも気付いていないようだ。

「お姉ちゃんの馬鹿馬鹿馬鹿ぁぁぁぁっ! ど、どうすんのこれ!?
かなり頑丈な素材みたいだからきっと凄く高いよ!?」

 雫が砕け散った銅鑼の破片を集めながら、必死で元通りに組み直そうと奮戦している。

 しかし、木っ端微塵に砕け散った銅鑼の破片は嫌がらせの如き複雑なパズルと化しており、まるで組み上がる気配がない。
 それもそのはず、銅鑼を砕いた刹那の一撃の余波で、細かい破片は最初に遠くへと吹っ飛んでいる。
 そんな事とは露知らず、雫は混乱の極みに達した状態でとりあえず全ての破片を集めて組み上げようと悪戦苦闘していた。 

 そもそも形だけ組み上がったところでまるで意味はないのだが、それも失念するほどに混乱しているらしい。
  
「そ、そう言われても……いざ、と思って気合を入れたらつい腕を強化してしまって……!」

 事の張本人である刹那はあたふたと慌てながら、銅鑼がぶら下がっていた台の歪みを元に戻そうとしている。

 当然だが、彼女に悪気はなかった。
 どちらかと言えば断られる可能性が高い交渉なので、鳴らす前に深呼吸をして軽く気合を入れただけだ。
 
 が、そのまま――戦闘時と同様の気合の入れ方をしてしまったまま銅鑼を鳴らそうとしてしまったために、この惨状になった。

 いくら頑丈な銅鑼だろうが、中位ドラゴンを撲殺可能な力で殴られてはひとたまりもなかった。
 
「つい、でこんな壊し方する馬鹿がどこにいんの!?
ああああ……駄目だ。交渉する前から決裂確定だよぉ……それ以前に弁償で許してくれるかなぁ……」

「と、とりあえず可能な限り破片を集め、いらしたら全力で謝るしかない……!」

「……まあ、大方の事情は把握できたが」

 そんな海人の声が聞こえた途端、刹那と雫は作業を止め、即座に声の方向へ土下座した。

「も、申し訳ございません! 力加減を間違えてこんな事に……!」

「ちゃ、ちゃんと弁償はします! おいくらですか!?」

「あー、そう心配せんでもいい。弁償させるつもりはないから」

「い、いえ! そういうわけにはまいりません!」

「なに、これは私の自作だからな。やろうと思えば再生は多少手間がかかるだけで済む」

 海人はひらひらと手を振って気にしないようアピールした。
 それに対して雫はホッと一息吐いていたが、その姉は違った。

「いえ! 壊した事は拙者の不始末です! せめて何かしらお詫びはさせてください!」

「……ふむ。その意気や良し。一応確認するが、主犯は刹那嬢だな?」

「はい」 

「……困ったな。雫嬢なら色々と考えつくが、刹那嬢では何かやらせるとかえって被害が増えそうだ」

 海人の容赦ない評価に、刹那はコント芸人の如く派手に地面に突っ伏した。
 反論したいのは山々だが、先程やらかした事を考えるととても出来ない。
 色々言いたい事を飲み込んでゆっくりと体を起こそうとした矢先、
 
「ん~……とりあえず、掃除と料理だけは絶対にやめておいた方がいいです。
洗濯も……まあ、無謀ですね。ほぼ確実に弁償する物が増える事になります。
武術指南という手もありますけど、加減知らないから推定致死率八割以上……
こう言っちゃ何ですけど、素直に弁償にした方がいいと思いますよ?」

 実の妹からの容赦なき追撃に、再び突っ伏した。

 文句は山ほどあるが、今まで積み重ねた前科を思うととても口に出せない。
 自分がどうしようもなくドジで間抜けな事は自覚しているが、それを開き直るほどには自尊心は捨てていない。
 
 史上稀に見るお間抜けさんなだけで性格自体は生真面目な刹那は、
自業自得、と呪文のように心の中で連呼して必死で自分に言い聞かせていた。

「まあ……急ぐ必要もないし、そっちはとりあえず後回しにしよう。今日は何の用だったんだ?」

「……えーっと、こんな惨状作った後だと非常に言い辛いんですけど、お願いがありまして」

「ふむ? なんだか分からんが、とりあえず中で話そうか」





















「……というわけで、御助力願いたいのです」

「成功報酬ですけど、報酬は大奮発して三百万出すつもりでーす」

 ぺこり、と姉妹に揃って頭を下げられ、海人は頭を抱えた。
 
 当然だが、海人がたかだか三百万の報酬に釣られる理由は無い。
 彼がその気になれば金はいくらでも稼げるし、創造魔法がある以上そもそも大金が必要ない。
 
 しかし、海人には悩む理由があった。

 というのも、新魔法を実戦で試すには丁度良い機会なのだ。
 
 無論ルミナス達が帰ってきてからどこかしらに付き合ってもらって試すのが一番安全ではある。
 あのお人好し二人の事だから、それこそ神経質なまでに護衛を務めてくれるだろう。

 が、それでは実戦で試す意味は薄い。
 必要なのは死ぬかもしれないという緊張感の中で発動できるかどうか。
 ルミナス達のように実力が並外れ、信頼できる人間に囲まれた状態では実験の意味は薄い。

 その点において人格的に問題は無さそうだが、付き合いがあまりに浅く、実力も高くはあるが今一つ把握できない刹那達はうってつけだ。
 裏切ったり見捨てたりという可能性は低そうではあるが無いとまでは言えず、
実力が今一つ分からないので自分を守りきる力量があると確信も出来ない。
 ゆえに、ある程度の安心は得られるが、気を緩めるには至らない。
 そんな状況はなかなか作りにくく、実戦時のデータを集めるという点では非常に都合が良い。

 それに加え、今は授業の準備期間という事でシェリスから書類を回さないようにしてもらっているため、
特にスケジュール調整の必要もなくすぐさま行ける。

 だからこそ、海人は悩んだ。
 安全確実だがそれほど有益なデータは得られない前者か、危険はそれなりにはらむがその分有益なデータを得られる後者か。

 悩んだ末に、海人は決断を下した。
 
「……分かった。幾つか条件付で良ければ受けてもいい」

「条件とは?」

「まず、私は戦闘に関しては基本的に一切手出しをしない。
指示があればその通りに逃げるぐらいはするが」

「問題ありません」

「もう一つ。基本的にと言ったが、おそらく何回か手出しをする事がある。
その時は前もって言うつもりだが、多少の動きにくさは覚悟してくれ」

 海人の言葉に、刹那達はむしろ安堵を抱いた。

 彼女らにとって一番恐ろしいのは、戦闘時に海人が邪魔になる可能性だ。
 手助けのつもりで攻撃魔法など使われてしまうとかえって危ない。
 今まで何度か護衛の仕事の経験はあるが、雇い主が勝手に動いたり親切心で手助けしたりという時が一番危なかった。
 それらの原因となるのは、つまるところ戦闘における自身の役割の認識不足。
 下手な動きは邪魔にしかならないという事実を理解できていないからである。

 海人の場合、今の発言からしてそれを弁えていると判断できる。
 
 海人が手出しをするというのは悩みどころではあるが、前もって分かっていれば対応は可能。
 その程度のリスクなら問題ない、と刹那達は了承する事にした。
   
「……分かりました。他には?」

「荷物持ちはするが、可能な限り魔力を節約したい。
ぶっちゃけてしまうと、戦闘時以外には極力魔法を使いたくない」

「となると、お水の調達とか調理用の火……後は掘った穴から出る時の飛翔魔法とかって事ですか?」

「ま、具体例としてはそんなとこだな」

 軽い口調だが、海人にとってこの条件は不可欠であった。

 海人はその特殊な魔力属性ゆえに基本属性魔法が使えないが、数日屋外で寝食共にしてそれを隠し通す事は難しい。
 飛翔魔法が使えない事は土の属性特化で誤魔化せなくもないが、火と水が出せない事は誤魔化しようがない。
 火か水の属性特化であってもどちらか片方は使えるはずなのだ。
 しかも生活に不可欠な魔法なので下位魔法なら三歳の子供でも覚えており、術式を覚えていないという言い訳も不可能。
  
 ゆえに、これは創造魔法の事を極力隠蔽したい海人にとっては一番肝心とも言える条件だった。

「それは全然問題ないですよ。他には何かあります?」

「そうだな――最後に一つ、守ってもらわなければならない条件がある。
これが受け入れられないようであれば、私としては絶対に引き受けられない」

「……はい。その条件とは?」

 目の前の男のこの上なく真剣な目に若干気圧されつつも、刹那は真っ直ぐに見つめ返した。
 ゴクリ、と生唾を飲み込みながら身構えていると、やがて海人の口が重々しく開かれた。

「――頼むから食材の調達に関しては絶対に刹那嬢は手を出さないでくれ。
料理に関しても雫嬢か私が用意した食材以外は使用しないでほしい」

 しばし、その場の時が止まった。
 空気までもが凍結したかのような静寂。
   
 最初にそれから開放されたのは雫だった。
 彼女は言葉の内容を理解した途端爆笑した。
 よほどツボに入ったのか、激しく咳き込みながらお腹を押さえている。

 そんな妹の様子とは対照的に刹那は固まっていた。
 要求は至極当然で、受け入れなければならないと理解は出来る。
 この間のロゼルアード草など食べさせられれば、海人は確実に即死なのだから。
 
 とはいえ、理性がこれ以上ないほど納得していてもすんなり受け入れられるとは限らないのが人間。
 刹那の目からはささやかな感情の抵抗が大量の液体となって溢れ出していた。

「あ~、笑った笑った。いや~、ごもっともな条件です。
この宝蔵院雫、全身全霊を持って海人さんの毒殺を防いでご覧に入れましょう。
姉の一挙手一投足まで監視し、不穏な動きを見せた瞬間に叩き潰します」

 まるで忠実な従者の如く恭しい一礼をする雫。
 それに対しやたら尊大そうな態度で頷きを返そうとした海人だったが、途中でふと真面目な顔になった。

「……いや、ちょっと待て。そういえば刹那嬢は今まで植物関係の知識を覚えようとした事はないのか?」

「な、何度となく覚えようとはしたのですが、その……」

「お姉ちゃんは武術系の知識と物の値段以外は異様に物覚えが悪いんですよ。
いい加減あからさまな毒草ぐらいは覚えてほしいんですけどね……」

「ふむ、それなら丁度良いな。
先程の弁償の件だが、私が道すがら見かけた植物の知識を覚えさせる事で相殺というのでどうだ?」

「それではどう考えても相殺にはならないと思うのですが……」

「いや、実は今度シェリス嬢のとこの使用人に授業をする事が決まったんだが、
どうにもならないほど物覚えの悪い人間、あるいはどうしても短時間で覚えなければならない人間用の候補で幾つか試したい手法があってな。
いきなり本人達に試すには人道的にどうかと思う手法もあるんで、前もって試しておきたいんだ」

「あ、あの~、果てしなく嫌な予感がするのですが……」

「肉体的にも精神的にも後に残るような事はしないつもりだし、
教えた内容を覚えれば使う機会もないが……まあ、嫌なら無理にとは言わんよ」

「……受ければ弁償はチャラなんですね?」

「当然だな」

「受けましょう」

「何を勝手に決めてる!?」

 姉の意思を無視して勝手に話を決めた妹に抗議の声を上げる。
 やたらと嫌な予感がするだけにその声は必死だった。

 が、雫は心底不思議そうな顔で問い返してきた。

「え? だってお姉ちゃん償うつもりはあるんでしょ? 
毎度のようなおっちょこちょいで人様の所有物粉々にぶっ壊した事反省してるんだよね?」

「そ、それはそうだが……」

「なら、多少無茶な要求ぐらい飲むのが筋ってもんじゃないかなー?
それともお姉ちゃんの謝意ってその程度の物なのかなー?」

 けけけ、と邪悪に笑う雫。
 乗せられていると分かっていても、刹那の答えは一つしかなかった。

「うぐぐ……分かりました! やらせていただきます!」

 刹那は威勢良く、迷いを振り切るかのように宣言した。
 この決断の先に待ち受けている地獄を知る由もなく。

 















 ドースラズガンの森。
 海人の屋敷の裏手に位置するこの広大な森は、奥地で採れる純度の高いミドガルズ鉱石だけでなく
魔物が少ない地帯では多様な薬草も採取できる。
 もっともそれほど珍しい物はなく、他の魔物のいない安全な森や山で採取可能な物ばかりなので、進んで取りにくる人間はいない。 
 が、ここは毒草の種類も多いため、実地で食用の草を覚えるのには丁度良い環境ではあった。

「さて、これは何だ?」

 そう言って海人から差し出された草を見た瞬間、刹那は即座に説明を始めた。

「エンディメック草です! 効果は滋養強壮! ほんのりと苦味があるため料理のアクセントには使い勝手が良いそうですね!」

 どもりはしないものの、刹那はやたらと早口で一気呵成に説明を終えた。
 その目は海人に固定されており、えらい神経質に彼の様子を観察している。 

「うむ、完璧だ。なんだ、思ったより物覚えが良いじゃないか」

「や、そりゃあんな目にあうぐらいだったら必死で覚えるでしょ」

 満足そうに頷く海人に、雫が冷や汗混じりに突っ込みを入れた。

 海人の手法は、色々と凄かった。

 まず、知らない時はちゃんと懇切丁寧に説明する。
 覚える内容自体は多くないが、より覚えやすいように具体的に何に使えるかなども解説している。
 それで覚えられなかった時も、三度目までは解説の仕方を変えて覚えやすいよう丁寧に教えてくれていた。
 雫などは知らなかった知識も横で一度聞いてるだけで身につけてしまい、ほとんど覚えられない姉に呆れていた程だ。
 四度目には罰を与えると言われていたが、この調子なら厳しくはないのではないか、そんな事を姉妹は思っていた。

 が、四度目に達した瞬間に下された罰は本気で容赦が無かった。

 最初に行われたのはツボ押し。海人は刹那の全身の激痛を伴うツボを情け容赦なく押しまくった。
 その痛みたるや、修行で痛みに耐性がある彼女が森中に響き渡りそうな苦悶の絶叫を上げるほどだった。
 しかも雫にツボの見極め方と押し方の解説までしていたので、地獄の時間はいっそう長く続いた。
 
 そのおかげで一気に刹那の真剣味が増して急速に覚えが良くなったが、
それでも四度目に達する事はかなりあった。
 やはり痛みだけでは記憶力の上昇にも限度があるということだろう。

 そこで、今度は罰の方法が変わった。
 激痛を伴うツボ押しから、強制的な呼吸困難を強いるくすぐりへと。 
 この効果はまさに絶大だった。

 ツボ押しは痛みから逃れるために反射的に振り払う事も出来たが、これは出来なかった。
 
 あまりに強烈に噴出してくる笑いに肉体強化がままならず、暴れてもやや限界を超えて肉体強化していた海人にダメージを与えられない。
 そう、くすぐりには緩む瞬間というものがなかった。
 そのため、最初から最後までなすがままに笑い死に寸前までくすぐられ続けた。  

 その後、本気で命に関わると思った刹那は実戦ですら見せた事がないほどの緊張感を漂わせていた。   
 おかげで、罰がくすぐりになってから刹那は一度も間違えていない。
   
 そこまで考え、雫はボソリと結論を呟いた。 

「……そーか、今まで甘やかしてたのが良くなかったのか」

 今までの自分の教え方を顧みて、反省する。

 嫌な罰があるから覚えられるという事は、今まで覚えられなかったのは集中力が足りなかったという事だ。
 おそらく自覚は無いだろうが、雫が見分けられるので覚えなくても大丈夫、という安心感がどこかにあったのだろう。
 さらに言えば、肉体強化がある以上毒を食べてもそうそう死にはしないという認識も手伝っていただろう。
 
 一応雫も教えた事を忘れるたびに姉をどついていたが、やはり相手が最愛の姉ゆえに手加減があった。
 これからはもっと厳しく教えよう、雫はそう思った。
 幸い、くすぐりの絶妙な指の動きはそうそう真似できそうにないが、ツボ押しならば雫でも可能である。

 いや、むしろくすぐりのやり方を海人に教えてもらって、などと雫が呟いていると、刹那が怯えた声で懇願した。
 
「これからは一生懸命覚えるから許してくれ! こんなの毎回続けられては気が狂ってしまう!」

「刹那嬢、これは?」

「アガディック草! 下位の魔物あたりなら一房煮溶かした物を飲ませれば数分で死に至る毒草です!」

「正解だが……困ったな。この調子だと他の手法が試せん」

 まるでミスをしなくなった刹那に、大真面目な顔で考え込む腐れ外道。
 
 元々どうしても覚えられない人間になんとしても覚えたいと頼まれた時用に考えていた手法だし、
一人のデータだけではそれほど役に立たないので、もう十分といえば十分なのだが、それでもデータの種類が多いに越した事はない。
 
 そんな事を考えていると、ついに刹那の涙ながらの抗議が入った。
 
「今の手法で十分でしょう!? あれで覚えない人間なんて不感症か人間やめてるか人生捨ててるかです!」

「そうとも断言できん。擽りは慣れる事もあるしな。
保険として後幾つか試したいが……ま、どのみち次忘れていた時だな。ちなみにこの草は?」

「……ア、アルゲニック草! 成人なら一房、子供なら一口で数分体に痺れが出る毒草です!」

 しばしの熟考の末に刹那は答えを出した。

 今回教えてもらった草の中で刹那が未だ草の形状と名前を一致させていない物は十種類。
 これはその内の一つだが、勘で答えても確率は十分の一。
 
 だが、刹那の頭脳は地獄のくすぐりを逃れるためにフル回転してさらに絞り込んだ。
 目の前の葉の色と一致するのは十種類の内二種類だったと。
 これで確率は二分の一まで絞り込まれた。
 あとは五割の確率の正解を引き当て、それと同時に二度と忘れないよう記憶するのみ。

 しかし、刹那は肝心な事を失念していた。  

 ――自分の運が致命的なまでに悪いという事を。
 
「外れだ。正解はティオントラ草。清涼感の強いハーブで、普通に食べられる。
ま、草の名前と効用は一致してたし、くすぐりより過酷な手法は使わないでおこう」

「それでもいやあぁぁぁぁぁっ!?」

 五割の外れを引き当ててしまった女性の、本日何度目とも分からぬ絶叫が虚しく森の中に木霊した。

























 いつの間にか、日が暮れ始めていた。
 深い森の隙間から僅かに覗く空は、既に夕焼け色に染まっている。
 そんな中、海人達三人は足を止め、とりあえず腰を下ろして一休みしていた。
  
「ま、これで道中拾った草は全て覚えたな。お疲れ様」

「ありがとう……ございました……」

 今日は一度も戦闘していないというのに、いかなる修行よりも疲れきってしまった刹那がへたり込んだ。
 その姿にはもはや普段の凛々しさなぞ微塵も残っておらず、ひたすらに可愛らしい。
 が、一応教えてもらったのは事実なので感謝はしているらしいが、やはり彼女が海人を見る目には恨みが滲んでいる。
 海人はそれを受け流しながら苦笑し、白衣のポケットに手を突っ込んだ。

「ほら、ちゃんと全部覚えられた御褒美だ」

 大福を取り出し、刹那に手渡す。
 しばし若干不貞腐れた目で海人と大福を交互に見つめていた刹那だったが、そのうちに大福を口に入れた。 
 そして一口齧った瞬間、驚く事となった。

「中に苺が……? ああ、この酸味と甘味の取り合わせ、凄く美味しいです」

 じゅわっと滲み出る果汁をこぼさないようにしつつ、大福を噛み切る。
 苺大福の組み合わせの妙に、刹那は顔を綻ばせた。

「苦労した甲斐はあったかな?」

「……はい。ありがとうございます」

 海人の問いに、満面の笑みで答える刹那。
 本音を言えばまだ大赤字ではあったが、刹那は負の感情を持続させる気にはならなかった。

 元々銅鑼を破壊した詫びの一環なので怒るのは筋違いであるし、
長年身に付かなかった知識を与えてもらったのだから納得はいかずともむしろ礼を言うべきところではある。
 
 だが、刹那の鬱憤を霧散させたのはそこではない。
 
 あくまでさり気なくではあるが、海人は先程から刹那の顔色を窺っていた。
 気になって彼と視線を合わせると何でも無さそうに視線を外すが、
よくよくその横顔を観察すると申し訳無さそうにしている事が分かる。 
 やりすぎたと反省はしているようだが、どうにも素直に謝れないらしい。

 そんな様子が妙に可愛らしく思え、いつの間にか負の感情が霧散してしまっていた。 

「お姉ちゃんだけずるいですよー。あたしにはないんですかー?」

「あくまで御褒美だからな。頑張った刹那嬢だけじゃないと不公平だろう?」

 不平を言う雫を受け流しつつ、海人は近くの樹に背中を預ける。
 そうやって体を休めつつ二人と雑談をしていると、次第に辺りが暗くなり始めた。
 みるみるうちに周囲が暗くなり、程なくして完全に夜になった。 

「それじゃ、そろそろ始めましょっか。海人さん、近くで発光は見当たります?」

「まだ分からんが、丁度雫嬢の足元辺りが候補だな。その辺りだけ周囲と土の色が違う」

「――へ?」

 自分の足元を指され、雫は間抜けた声を上げた。

「あの、まったく違いが分からないのですが」

「色が違うのは確かだ。ただ、それが発光によるものかどうかまでは判別できんが」

「ま、まあとりあえず掘ってみますね。しばらく掘ってれば変化があるかもしれないし」

 そう言って雫はスコップで足元をザクザクと掘り始めた。
 外見に見合わぬ膂力を持って、足を使う事もなく腕の力だけで次から次へと土を脇に飛ばす。
 刹那はさらに器用な掘り方をしている。
 両手にスコップを携えて掘る事で雫の倍近い掘削速度を実現している。

 海人はと言えば、そんな二人を眺めているだけだった。
 面倒だから、という理由もあるが、海人が手伝わないのはそれでかえって速度が落ちる可能性を考えての事だ。 
 流石は姉妹と言うべきか、刹那達は一度もお互いのスコップをぶつける事無く軽快に掘り進めている。
 ここに海人という異分子が加わると、身体能力差の分かえって効率を落とす事になりかねないのだ。

 しばらくそんな状態が続いていたが、その内に刹那がある事に気付いて口を開いた。

「――――土の色が淡い青に変わったな」

 淡く、注意深く観察しなければ分からないほど淡く輝く足元を見下ろし、息を吐く。
 五階建ての建物の高さと同程度に掘ってようやくこの程度。
 掘る前の違いの判別など、本気で人間業ではない。 

「特徴はぴったりだね。よ~っし、俄然やる気出てきた」

 雫は腕まくりすると、先程までに倍する速度で掘り始めた。
 刹那も負けじと速度を上げ、みるみるうちに穴が掘り下げられていく。
 それに従い、土に現れた青い輝きも徐々に強まっていく。
 
 そうして掘リ続ける事一時間弱。雫のスコップが固い物にぶつかった。  
 ぶつかったあたりを手で掘り、土をどける。
 
 すると、暗い穴の中で眩いばかりに輝く大きな石が現れた。
 ついでに周囲も掘ると、それよりは小さいながらも同じ石が幾つか出てきた。
 
「……これがミドガルズ鉱石なのか?」

「うん。硬度からしても間違いないと思う。
うっわ、凄い。この短時間でいきなり見つけちゃったよ」

「海人殿のおかげですね。ありがとうございます」

「引き受けた役目を果たしただけだよ。
それに、この後も当たるかどうかは分からんからな。礼を言うなら仕事が終わった後、だ」

「謙虚ですね~。そんじゃ、この調子でどんどん探していきましょうか」

 そう言うと、雫は海人を抱きかかえて飛翔魔法で穴の出口へと上って行った。 
































 数時間後、海人達一行はやたらハイペースで集まるミドガルズ鉱石に拍子抜けしていた。
 
 量の違いはあるが、海人が指摘する場所を掘れば間違いなく鉱石が存在するため、見つける事は難しくない。
 その上普通なら大変な掘削作業も刹那と雫にとっては少し面倒なだけなので、肉体的な苦労はあまりない。
 
 前回来た時にやたらと苦労して収穫がなかった姉妹は、むしろ精神的な意味で疲れていた。

「既に袋一つは半分以上埋まったか……この間の苦労はなんだったんだかな」

「まったくだねぇ……そんじゃ、そろそろお腹空いたし御飯に――」

 ピクリ、と雫の耳が動き、やや遅れて刹那が周囲に視線を走らせた。
 すると、明らかな敵意を持つ気配が複数こちらへと視線を送っている事に気付いた。
  
 距離はそこそこ開いているため逃げる事は容易だが、
海人という足手纏いを抱えて鬼ごっこになる可能性を考慮すれば、動かずに迎え撃つ方が面倒が少ない。

 そう判断し、刹那は刀を抜いた。

「海人殿、拙者の背後から動かないでいただけますか」

「分かった。だが、ちょっと手出しをさせてもらうぞ」

「承知しました。攻撃魔法を使う場合は仰ってください」

「いや、攻撃魔法は使わない」

 その言葉と同時に、魔物が一斉に襲い掛かってきた。
 
 最初に、雫が動いた。

 彼女は袖の中から金属製の糸を取り出すと、周囲の樹に引っ掛けた。
 瞬く間に即席のネットが完成し、突進してきた猪型の魔物は数本の樹木を軋ませて跳ね返った。
 すかさず懐の短刀を抜き、ネットの隙間から猪の眉間へと投擲する。
 
 その小柄な体格からは想像も出来ない速度で投げられた刃物は、刀身全てを体内に滑り込ませるだけでは飽き足らず、
そのさらに先――柄の部分までも頭骨を砕いて捻じ込んだ。
 
 一匹仕留めた事に特に感慨もなく次の獲物へと視線を走らせると、梟型の魔物が彼女の正面に突っ込んできていた。
 体躯こそ通常の梟と変わらないが、その丸々とした姿の印象とは正反対の突撃速度は鉄すらも容易に貫く。
 瞬く間に雫の眼前に嘴が到達する。

 が、その直後魔物の動きが止まった――下から雫の左手に串刺しにされて。
 
 ポタポタと己の腕を伝う魔物の体液に構う事も無く、雫は小太刀を抜いて横に向かって突き出した。
 一見何もない空間に揺らぎが生まれ、直後そこに大きなカメレオンのような魔物が姿を現した。
 体表の色を自在に変化させて潜む暗殺者のような魔物は、紫色の体液を口から吐き、動かなくなった。

 そして次――そこで雫の動きが若干淀んだ。

(っと……まずいまずい。危うく自制忘れるとこだった)
 
 軽く息を吐いて気分を落ち着かせるが、それは僅かながらも隙となった。
 それを狙いすましたかのように襲い掛かってきた魔物に、左腕に刺さったままの亡骸を投げつける。
 グシャ、という音と共に魔物の頭部が吹き飛んだ事を確認した後、雫は目を閉じた。 
 
 雫の経験上、昂ぶった心を静めるにはこれが一番良かった。
 飛び散る鮮血や無惨に潰れた敵の死骸といった――己を昂ぶらせる物を見ない事が。
      
 とはいえ、この方法は危険だ。
 五感の一つ、しかも一番的確に周囲の状況を把握できる感覚を縛るのだから。
 控え目に言っても三割は性能が落ちる。
 
 だが、雫の実力を持ってすればこの状態でも十分に敵を潰せる。
 
 早速それを証明すべく、残りの感覚を研ぎ澄まし――直後、おかしな事が起きた。

 ゴンッ、という鈍い音と共に何かが地面に崩れ落ちる音がした。
 姉の打撃ではない。集中している今なら、姉の動きで生じる僅かな風も感じ取れる。
 今感じたのは間違いなく魔物が動いた時に生じた風のみだった。 
 
 さらに言えば、姉の気配がおかしな事になっている。
 生真面目すぎる姉は残心を怠る事はない。
 だが、今は戦闘時の殺気はあるのだが、妙に間が抜けたように感じる。
 
 疑念の思考が強まったせいか徐々に気分が落ち着き始める。
 しかもその間もなぜか敵は襲い掛かって来ず、気は抜かないものの徐々に緊張が解けてくる。
 雫は程なくして気分が落ち着いてしまったその原因を確認すべく目を開けた。  
 
「えっと……いったい何が?」

 地面でビクビクと痙攣していた二頭の魔物に姉がトドメを刺すのを見届けつつ、ポリポリと頬を掻く。

 状況から考えて今仕留められた二頭は姉が伸したわけではない。
 動いた気配は無かったし、なにより姉がやったのなら一刀で斬り捨てられているはずだ。
 だが、止めを刺されるまで、二頭にこれといった外傷はなかった。

 おそらくは元凶であろう人間に視線を向けると、

「おや、見ていなかったのか……ん~、端的に言えば魔物が自滅したといったところか」

「自滅させた、が正解かと。よくもまあ、あんな器用な戦法を……」

 刹那は呆れ半分、称賛半分といった顔で海人を見ていた。
 
 実際、海人の使った戦法は器用だった。
 刹那が同じ事をやれと言われても、出来なくはないが慣れが必要だ。
 
 どう評価したものか、と悩んでる姉の顔を見て、雫の好奇心はますます膨れ上がった。 

「何やったんですか?」

「秘密だ。刹那嬢も黙っておくように」

「え? なぜです?」

「どうせ教えるんだったら驚く顔が見たいじゃないか」

 人の悪そうな笑みを浮かべ、唇に人差し指を当てる海人。
 苦笑しつつ、刹那もそれを承諾した。

「ぬうう…………ええい、御飯です! 食事にしますよ!
ケチンボな海人さんへの不満は御飯と一緒に飲み込みます!」

「はっはっは、それなら米を出さんとな」

 海人はそう言うと、リュックを下ろして中を漁り始めた。
 自然、彼の視線が刹那達から外れる。
 それを見計らって、刹那は妹を手招きした。
    
「何、お姉ちゃん?」

「……さっきはちゃんと自制できたな。偉いぞ」
 
 耳元で優しく囁き、雫の頭を撫でる。
 その手つきは優しく、なんとも暖かな慈愛に満ちていた。
 
 最初キョトンとしていた雫だったが――その意味に気付くと、すぐに嬉しそうな笑顔を浮かべた。


























 所変わってグランベルズ帝国のとある酒場。
 ここは現在とある傭兵団に貸し切られており、百を超える男女がその中で酒盛りを繰り広げている。
 飲み比べ、大食い競争、多種多様な馬鹿騒ぎでしっちゃかめっちゃかである。

 それもそのはずで、今日は団長の計らいで飲み放題食い放題。
 流石に全団員参加とはいかず、参加者は一部を除き抽選で決められたのだが、
当選した者達は仲間の分まで満喫してやろうと、多いに盛り上がっていた。

 そんな中、唯一騒ぎに飲み込まれていない一角があった。

「……すんません。隊長の顔に泥塗っちまいまして」

「んな事はいいんだけどね……第三の連中に接戦って、少し鈍りすぎじゃない?」

 ルミナスは頭を下げる部下に、嘆かわしそうに頭を抱えた。

 理由は今日までの試合内容。
 実力の次元が違う副隊長以上は抜きでのトーナメント戦。
 そして自分の部隊はエアウォリアーズ三部隊中最強と自他共に認める隊。
 
 だというのに、今回の試合はそれを覆しかねないほどに危うかった。
 一応全員上位には入っていたものの、最後に集合した時と比較して実力差が埋まりすぎていた。
 休暇期間が長かったとはいえ、このままの調子では遠からず追い抜かれてしまうだろう。

 休暇の間ほとんど正気を保っていた人間がいなかった事は聞き出したが、それにしても無惨だ。
 同じく観戦していた団長と副団長は悪くない、と合格点を出していたが隊を束ねる者としてこのまま放置は出来ない。
 様子見に行ってやらなかった分も含め、自分の休暇を返上して強引にでも鍛え直すべきか、などと考えていると

「い、いや、なんかあいつらメチャクチャ腕上げてんですよ!
いくらなんでも最後に会った時のあいつら相手に接戦はないですって!」

「……確かに基礎能力はかなり上がってたわね。でも、その分動きが少し単調だったわ。
もう少しあんたらの試合運びが上手かったらもっと簡単に勝てたはずよ」

「そいつは聞き捨てならねえな」

 ルミナスの言葉に、背後にいた男が反応した。

 立ち上がってルミナスの方へやってきた男の名は、ケルヴィン・マクギネス。
 純血の獣人族であり、顔は狼そのもの、身長も二メートルを超す迫力満点な巨漢の斧使いだ。
 そして今話題に上っていた第三部隊を束ねる隊長でもある。

「……誤解させたんなら謝るけど、あんたんとこの部下を馬鹿にしてるわけじゃないわよ?
というか、多少鈍ってるって言ってもこいつらと良い勝負したんだから上出来よ。
ただ、訓練が偏りすぎたせいだかなんだか知らないけど、攻撃が少し単調だったってだけ」

 威圧するようなケルヴィンの態度にもまるで臆する事無く、
ルミナスは喧嘩を売っているようにも聞こえる分析を語る。
 
「今回はきっちり俺が全員鍛えたから、抜かりはねえはずだぜ。
聞いた話じゃ色男と同居してたそうだが、それにうつつ抜かして見る目が鈍ったんじゃねえか?」

「ったく……誰に聞いたのか知らないけど、あんたが思ってるような関係じゃないわよ」

 やれやれ、とルミナスは溜息を吐いた。

 ここに来る道中同じ内容で何度となく部下に揶揄され、いい加減否定するのも疲れてきていた。
 若い男女が一つ屋根の下で二ヶ月以上暮らしていたのだからそういった憶測は仕方ないとは思うのだが、
現実には海人は自分やシリルにそういった視線を向ける事はなかったし、自分達も彼に向ける事はなかった。

 が、そんな事をいちいち説明する気もないので、ルミナスはとりあえず言うべき事を言う事にした。 

「つーか、あんたがきっちり鍛えたって……そのせいじゃないの?
力押し一辺倒のあんたに鍛えられたら嫌でもそっちに傾くでしょ」

 遠慮のないルミナスの言葉に、ケルヴィンは呻いた。
 身体能力だけならその種族ゆえに隊長格中トップを誇る彼だが、実力では最下位だ。
 その理由は、彼の戦闘技術の未熟さにある。
  
 空中戦を除けばパワーもスピードも隊長格最強たるルミナスを上回っているのだが、
その高すぎる身体能力を制御しきれずどうしても攻撃が単調になるのだ。 
 これは種族の全体的な特徴でもあるので一概に彼の怠惰とも言えないのだが、
熟練した獣人族の戦士なら上手く力を加減する事によって、高い身体能力を活かした上で巧みな戦闘を行えるため、
ケルヴィンが未熟であることは間違いない。 
 
 そんな人間が指導したと言われれば、ルミナスの疑問ももっともだろう。
 が、今回は少し事情が違った。
 
「今回は自分も加わりましたんでそれはないっすよ。
ちょーど自分も暇でしたんで、ケルヴィンと半々でしごいたんっすから」

 ケルヴィンの背後から第二部隊隊長のアンリがひょいっと顔を覗かせた。

 顔には爽やかそうな笑みが浮かんでおり、口唇から除く歯もそれを引き立てんばかりに白い。
 身長も海人と同等か少し上程度で、若干細身ながらも引き締まった肉体が軽快感を演出している。
 しかもパリッとした軍服系の服が、ともすれば軽薄とも受け取られそうな本人の雰囲気を引き締めている。
 狙ったのではないかと思うほど女性受けしそうな容姿である。 

 が、ルミナスはそれをまるで気にする事無く考え込み始めた。

「ん~、アンリも加わっての訓練か……半々とは言っても、そうなると私の勘違いかしらねぇ」

 目の前の人物は三人の隊長の中で最も身体能力が低いが、高い戦闘技術によって実力的には二番手だ。
 しかもその技量という一点では一番手であるルミナスもアンリには敵わない。

 剣技だけならばルミナスの方が上なのだが、アンリは大概の武器を一流のレベルで使いこなせるためだ。
 本人曰く器用貧乏らしいが、毎回敵軍の編成に合わせて一番効率的な武器を選ぶような人間が言っても説得力に乏しい。
 部下への指導能力も高く、アンリの部隊は三つの部隊の中で一番の技巧派部隊である。

 それが指導に携わっていたとなると、ルミナスは自分の感覚を疑わざるをえなかった。
 そもそもケルヴィンの第三部隊は獣人族が多いわけではないので、筋力強化に重点を置いたとしても技巧を磨く事を怠る可能性は低い。
 上達はせずとも、劣化する事は考えにくかった。
 
 これは平穏な生活で自分の目が曇ったか、などとルミナスが唸っていると今度はそれを否定する人物が現れた。  

「いえ、私も同じ事を思いましたし、勘違いではないと思いますわ」

 先程からルミナスの向かいの席で黙していたシリルは、そう言うと目の前の紅茶を飲み干した。
 
「……お前もか?」

 今度はケルヴィンが唸る番だった。

 副隊長という立場ではあるものの、シリルは隊長になっていても遜色ない人材だ。
 通常、弓兵は武器の性質上接近されると脆く、しかも彼女のように小柄な体型であれば余計に不利になる。
 
 だが、それを彼女は類稀な読みの鋭さでカバーする。

 攻撃の流れを見事に読んでかわし、場合によってはカウンターまで叩きこんであっさりと相手の体勢を崩してしまう。
 しかもルミナス仕込の格闘術と剣術があるため、大概の相手はその隙を逃してもらえず命を絶たれる。
 結果としてシリルは副隊長中唯一の後衛系でありながら、最強の近接戦能力を誇っている。
 
 その本来なら補えない要素を補って余りある読みの鋭さからの判断は、とても無視は出来なかった。

「ええ。失礼ですけれど、私が見た試合に限って言えば全員最低五手先の動きまでは予想が的中しましたわ。
とはいえ客席から見ていた時の予測ですから、自分が戦った場合にどうなるかは分かりませんけど」

「へえ~……ま、どのみち当面は明日の事が最優先っしょ。
結果次第で二人の目が曇ってんのかどうか分かる可能性もありますしね」

 穏やかに微笑みながら、アンリは明日へと思いを馳せた。

 明日は隊長と副隊長に加え、今日までのトーナメントの決勝進出者を加えた八人でのトーナメント戦。
 抽選の結果、順当に行けばアンリは準決勝でシリル、決勝でルミナスと戦う事になる。
 
 もしも順当にいかなかった場合は、二人が鈍っている可能性――ひいては目が曇っている可能性が高いという事になる。

「その通りですわね。お手柔らかにお願いいたしますわ」

「無理っすね~。シリルさん相手に手を抜いたらあっという間に負けちゃいますし」
 
 シリルの言葉に、アンリは冗談交じりにそんな返答を返した。
 どちらも穏やかな微笑を浮かべており、清々しい武人の鑑な態度である。

 それとは対照的に、やや好戦的な二人は獣のような獰猛な笑みで睨み合っていた。

「ま、多少鈍ってたところであんたには負けないけどね」

「ぬかせ。恋愛にうつつ抜かしてるような奴に負けてたまっか」

「だーから違う……っていうか今日は妙に絡むわね。また振られたの?」

 ふと、ルミナスが思いついた疑問を問いかけた。
 目の前の男は粗野で乱雑な男だが、その分性格的にはさっぱりしており、人にしつこく絡む事は稀だ。
 そして、稀にそうなる時は大体パターンが決まっている。

 ――それは実に五十を超えたとも言われる失恋記録を更新した場合。

 案の定、呆れたようなその言葉にケルヴィンは劇的な反応を示した。

「ち、ち、ち、ちげえぇぇぇぇっ! 俺が振ったんだ! 
俺がいない間に男連れ込むような奴は願い下げだってこっちから振ってやったんだ!
振られたんじゃねえ! 断じて振られたんじゃねえぇぇぇっ!」

 言葉とは裏腹にケルヴィンは狼そのままな顔からだばだばと滝のような涙を流し、
外まで響きそうな遠吠えを放っているが、ルミナスはあえて指摘しなかった。
 哀れむのもかえって傷つきそうなので、ひたすらに自分を誤魔化そうとしている男から視線を切って無言でグラスを傾ける。
 
 第三部隊の面子は知っていたのか、自分達の隊長の哀れな姿に涙を堪えながら無言で酒を傾け、
数人がこの後必要となるであろう自棄酒用の樽酒を注文している。

 他の者達の反応も大体似たり寄ったりではあったのだが、一人だけ周囲とはまるで違う反応をした。
 その人物はポンポンとケルヴィンの肩を叩きながら、優しげに語りかけた。 
 
「まあまあ。わざわざ自宅から離れた宿取って丸三日夜な夜な啜り泣いてたんだから、
いい加減吹っ切っちゃった方が良いっすよ?」

「何で知ってやがるっ!?」

 アンリの胸倉を掴み上げ、睨み殺さんばかりの視線で見据える。
 が、その表情には怒り以上に慄きが見え隠れしている。

「そりゃまあ、情報収集は自分の趣味な訳で。
面白ネタ抱えた同僚が『偶然』隣の部屋泊まってたら盗聴もしてみたくなるじゃないっすか」

 にっこりと微笑み、問題発言をするアンリ。
 ちなみにケルヴィンは両隣に客がいない事を確認してから部屋を取ったはずであった。

「こ、この腐れ男女が……! 絶対明日ぶちのめしてやっかんな! 覚えてやがれ!」

 そう捨て台詞を残すと、ケルヴィンは一気に酒を呷ってから酒場の外へと駆け出していった。
 それを見ていた彼の部下達もその後を追いかけていく。
 律儀に自棄酒用の酒樽を抱えたまま出て行っているあたり、ケルヴィンの人望はかなり厚そうだ。
 
 それを楽しげに見送ったアンリの顔を見ながら、ルミナスは一際大きな溜息を吐いた。 

「……あんたも素直じゃないわよねえ。で、その女どうなったの?」

「なんかこの間酒に酔った勢いで街中で素っ裸のまま寝っ転がって騎士団に連行されたらしいっすよ?」

 クスクスと笑いながらアンリ――アンリエッタ・マーキュレイは楽しそうに相手の女の末路を語った。

 その性別を問わず見入ってしまう妖艶な微笑みを見て、ルミナスは頭を抱えた。

 相変わらずの口調と本人が好む愛称に加え、男物の服装と髪型、そして女性らしからぬ高身長と薄い胸。
 それらの要素で頻繁に誤解されるが――アンリは掛け値なしの美女である。
 
 流石に神の芸術としか形容できないローラには及ぶべくもないが、
それでも女性らしい服装と髪型にさえすれば、見惚れない男などいないだろう。

 もう少し人格がまともならケルヴィンの記録更新にも歯止めがかかるだろうに、などと哀れんでいると、

「ま、あの鈍感馬鹿の事はさておき、明日はお互い頑張りましょう。
ルミナスさんが鈍ってるとは思わないっすけど、
自分もケルヴィンもかな~り鍛えたんで、今回は本気で優勝狙ってますよ?」

「あら、私は眼中にありませんの?」

「あのさして広くもない闘技場で隊長がシリルさんに負けたらそれこそ問題っしょ。
うちのテリーも張り切ってますし、今回は初戦敗退かもしんないっすよ?」

 にっ、と挑むような笑みを返す。
 
 自分がシリルに負けるつもりがないのは当然だが、 
何より今回はアンリの部隊の副隊長がかなり腕を磨いている。
 当の本人は抽選でいきなり前回ボコボコにされたシリルとぶつかった事を嘆いていたが、
アンリは今の彼ならシリルとぶつかっても四割程度の勝率はあると読んでいた。

 もしも彼がシリルから上手く勝ちを拾えれば、それは大きな自信となる。
 負けたとしてもそれなりに接戦はするだろうから、多少の自信はつくはずだ。
 やや弱気な所が欠点な副官にはいずれにせよ良い経験になるだろう。

 ――が、一つだけ気がかりな事があった。

(団長達も認めるほど皆上達してんのに、どーしてこの二人だけが単調になったって思ったんすかねぇ……)

 才覚においては団随一、さらに団で一番真面目に鍛錬を積んでいる二人組の言葉に、アンリは猛烈に嫌な予感を覚えていた。  
 
 

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

コメント

お疲れ様です。
楽しく読ましていただきました。
個人的には、海人の父母が気になってます。
こっちの世界にいたりして・・・・・・
この世界?の名前はないんですか。
[2010/07/12 00:50] URL | ヤッホー #- [ 編集 ]

第29話も楽しかった
予告通りに更新されている。今回も面白かったです。

ドースラズガンの森では海人先生の青空授業・教育実習編(生徒・刹那)って感じでしたね。スパルタとも言い難い感じでしたが。ミドガルズ鉱石の発光も海人があっさりと発見し順調に進むのかな。ただ雫の暴走が無かったのは次回以降に持ち越しなのかな。

一方ルミナス、シリス達傭兵のトーナメント戦も始まるみたいですね。ルミナスとシリルが他のメンバーの戦い方が単調に思えたのはひょっとして、あのカナールでの戦いで色々予想外の事が戦いの中で起こりうる事を知ったからでは無いのか…と勝手に思ってみたり。
[2010/07/12 00:55] URL | 戸次 #Wjzbkqqg [ 編集 ]


笑った…かなり刹那にしてやられました(笑)

海人 ルミナス シリルの組み合わせと同じくらい
海人 刹那 雫もいいですねこれからどのように仲が深まるのか楽しみです
[2010/07/12 01:20] URL | さとやん #6x2ZnSGE [ 編集 ]


今回思ったこと
海人は家庭教師にだけはなってはいけない
学校みたいに多数に教えるなら大丈夫でしょうけどマンツーマンで教えたら多かれ少なかれ被害があるはず……
まあ、どんな馬鹿でも秀才レベルになれそうではありますが

更新お疲れ様です
今回久々にルミナスたちがでてきましたね
ただギャグ系というか弄られ役は刹那たちに全部持っていかれましたが
さて、次回は海人の器用戦法の種明かしとトーナメント結果ぐらいですかね?
それとも雫の秘密がわかる?
いやはやどれが来ても、もしくは全く違う内容が来ても楽しみです
しかしルミナスとシリルが(おそらく)レベルアップしてるのはいろいろ巻き込まれたせい?
それとも海人(化け物)と住んでたから知らぬ間にレベルアップした?
まあ、結果はトーナメント結果が出たときにわかるでしょうが
……こういう予想は個人的に楽しいので書きますけど書かないほうがいいですか?
ちょっとふと思ったので
どうせ九重さんが答える=本編が更新ですし

結局雫はなんなんですかねぇ?
なんかただのバーサーカーにも見えてきましたけどそれだけならそこまで神経質になる必要もないでしょうし……

なんか半分ぐらいが自分の予想になってしまいましたけどスルーしてもらっても結構ですんで
次回更新……は没かな?あ、でももうあまりないらしいですし生存報告(?)かな?
それともまさかの本編連続更新!?
長くなりましたがどれにせよ楽しみに待っています!
[2010/07/12 03:08] URL | 華羅巣 #zR7lJLBY [ 編集 ]


更新お疲れ様です。
海人の授業怖すぎるwww
激痛、くすぐりときてさらに上があるというのか!?
海人、恐ろしい子っ!www
最終的に激痛とくすぐりその他を同時にやったりしそうですな。
[2010/07/12 13:13] URL | ズー #B1FehmyE [ 編集 ]


激痛→くすぐり→・・・→洗脳!!

最終的には洗脳ですね!!(ぁ
[2010/07/12 19:15] URL | 牌 #2fLEWXmk [ 編集 ]


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